春の潜入捜査週間
○潜入初日○

 ……朝。
 人々が慌ただしく通勤、通学していくそんな中。ある高校の正門を前にそこから一歩も動けないでいる二人の学生がいた。
 蛮と銀次である。
「…とうとうここまで来ちゃったね…蛮ちゃん」
「…ああ」
 さすがにいつもの格好では登校できないので、二人ともヘヴンの用意したこの学校の制服。学ランに着替えてある。
 蛮にいたっては邪眼避けのサングラスをはずし、かわりに茶色のカラーコンタクトをしていた。
 潜入捜査、というかこの依頼に何日ぐらいかかるのか不明だが、無用なごたごたはなるべく避けたい。サングラスもそうだが、あの不思議な色の瞳をさらして校内を歩いた日には何人の不良に絡まれることやら……一度絡まれたが最後。相手が足腰立たなくなるまで制裁を加えてしまいそうな蛮である。
(なんでオレが高校なんかに来なきゃなんねーんだよ。しかも全寮制の男子校。ったく、ヘヴンのヤロー)
 胸中で、今ここにいないヘヴンに対して悪態をつく。
 転入に必要な諸々の書類から制服にいたるまで、すべてヘヴンがどこからともなく調達してきた物だった。
(アイツ絶対に楽しんでやがるっ!)
 にやにやと、人の悪い笑みを浮かべながら二人を送り出したヘヴンの姿を思い出してさらに蛮の機嫌が悪くなる。
 その蛮の隣では、銀次がどうしていいのかわからずにおろおろと機嫌の悪そうな蛮の方を伺っていた。
 しばらくそうやって正門前で立ち往生していると、学校の方から先生らしい若い男が蛮達のほうへやって来るではないか。
(ば、蛮ちゃん! こっちくるよ)
(なにっ?)
(どうしよう?)
(どうしようったって…)
 二人がこそこそと小声で相談していると、やって来た先生は二人にむかって怒鳴りつけた。
「ほらキミ達。さっさと教室に入らないか! それとそっちの金髪のキミ、頭髪違反だぞ!」
 見ると男の腕には風紀委員の腕章が。どうやら蛮たちのことを自分の学校の生徒だと思っているようだ。
「あ、あのオレたち…」
「言い訳は後で聞くから、クラスと名前は?」
 銀次の声に耳を貸さず、校舎へと二人を引っ張っていこうとする。
「いや、あのさ…オレら来たばっかりで、クラスとか言われても……」
「え?」
 蛮の言葉にやっと話を聞く気になってくれた先生は、今度は急にばしばしと銀次の背中を叩きながら、
「なんだ、転校生か。だったら先にそう言ってくれないと。そうかそうか……」
 なにやら一人で納得したらしい。
「だが、うちの生徒になる以上、規則どおりに頭は黒く染めてもらうぞ」
 それじゃあ、職員室に行こうか、と一方的に話を打ち切ると、その先生は二人を引きずってずんずんと職員室に向かって歩き出した。


 …あれから二時間後…
 担任の先生に引き渡され、寮の寮長のところに連れて行かれ、と、あちこち連れまわされた後。やっと蛮は寮の自室で一息つくことができた。
 一方、銀次はといえば、蛮と同じく連れまわされた後、風紀の先生に言われたとおりに髪を染めるため、理髪店へと半強制的に連れて行かれた。
「ったく。めんどくせーなー。この髪型にもケチつけやがるし」
 蛮のトレードマーク(?)のつんつんと立てた髪型も、先生たちのお小言の対称になったらしい。
「……………っ。くそっ!」
 無意識に学ランの胸のポケットを探っていた指先が探している物を見つけられないことに腹を立てる。
 学校内は禁煙だから、とHONKYTONKを出てくる前に煙草とライターを取り上げられたのを今思い出した。
「ここにいるあいだずっと禁煙かよ〜」
 勘弁してくれ、と嘆いて天井を見上げていると控えめなノックが聞こえた。
 続いて銀次の声も。
「…蛮ちゃん…いる?」
「? おう、入れよ」
 なぜかおどおどしている銀次の声を不審に思いながらも、返事をして部屋に入れと促してやるが、銀次は少しだけドアを開けただけで、一向に部屋の中に入ってこようとしない。
「? どうした銀次。入ってこ…い……」
 振り返って銀次に声をかけようとした蛮の言葉尻がかすれた。
「!!」
「蛮ちゃん〜〜」
 涙目で蛮を見つめかえしてくる銀次。その銀次が……
「ぶはっ!」
 そこが蛮の我慢の限界だった。
「あははははっ。なん、なんだソレーー。ひゃははははっ」
 部屋の入り口で立ち尽くす銀次の姿を見て大爆笑。
 あの銀次が、あの金髪の刈上げが、ものの見事に真っ黒になっていた。
 あまりの想像を超える仕上がりに、驚きを通り越してもはや笑うしかない。
 銀次が泣きそうになっても蛮の笑いはおさまらず、ばんばんと床を叩いて涙を流しながら笑い転げる。
「ひーーっひっひっ。ハラいてー。はははははっ」
「ひどいや蛮ちゃん!」
「だってさー。うぷぷぷっ」
 何とか笑を堪えようとすればするほど、おかしくてたまらない。
 金髪の銀次を見なれているせいで、真っ黒の頭というのが物凄く違和感がありすぎるのだ。
 床に指でのの字を書いていじけだす銀次を尻目に、蛮の笑い声はしばらくの間おさまらなかった。


→ It continues.