朝、カーテンを開けると、窓の外は一面の銀世界だった。
「うわ……ぁ」
寝起きの蛮の目に飛び込んできたその光景に、眠気なんて一気に吹き飛んだ。夜のうちにかなり降ったのか、見渡す限りの雪景色。道路も、隣の家の屋根だって真っ白だ。
「パパ! ママ!」
パジャマのままで部屋から飛び出す。目指すはキッチン。
「パパ、ママ。外見た? 雪がたくさん積もってる!」
パタパタと蛮がキッチンに駆け込むと、今日の食事当番だった卑弥呼が朝食の準備をしていた。
「あら、おはよう蛮。ずいぶんと早起きね」
「雪だよ! 雪が積もってる! 遊びにいこうよ!」
よほど嬉しいのか、卑弥呼の服の裾をくいくい引っ張りながら必死にまくしたてる。そんな蛮をほほえましく見つめていた卑弥呼はちょっと思案してから、
「そうね……邪馬人と行ってくれば? 今日、休みだし。まだ部屋で寝てるよ」
蛮は『うん!』と嬉しそうにうなずくと今度は邪馬人の部屋に向かって走り出した。
「ついでに、ご飯出来たから起こしてきて」
後ろから追いかけてくる卑弥呼の声に返事をしつつも蛮の足は止まらない。
邪馬人の部屋までたどりついて勢いよくドアを開けると、そのまま、スピードを緩めずに蛮は部屋の中に駆け込んだ。
室内をぐるりと見回せば、ベッドの上には、頭まで布団をかぶって丸くなって寝ている邪馬人の姿。
「パパ、雪だよ、雪! 起きて!」
大きな声で言いながらベッドの上の布団の塊へと、勢いよくダイブ!
「ぐえっ!」
蛮が布団に飛びのったのと同時に聞こえたのは、つぶれたかえるのようなうめき声。
いくら蛮の体重が子供だから軽いといっても、重いものは重い。
突然のしかかってきた蛮に驚いた邪馬人が、寝ぼけ眼でもそもそと布団から這い出した。背中の上にのっかっている、布団にしがみついたままの蛮と目が合う。
「? 蛮? なんだいったい?」
ぼけーっとしたままだったが、取りあえずこっちを向いてくれた邪馬人に蛮は、
「パパ、雪が積もってるよ! 遊びに行こう!」
キラキラと瞳を輝かせながら、窓の外を指し示して見せた。
その蛮の言葉に邪馬人は『ああ、だからやけに寒いのか』と、心の中で何やら納得した様子。
「ねぇ、いいでしょ? 行こうよ!」
足元にじゃれついて一生懸命に催促する蛮を連れて、邪馬人は取りあえず卑弥呼のいるキッチンへ向かった。
「いってきまーす!」
完全防寒装備に身を包んで上機嫌に卑弥呼へと手をふる蛮と、こちらも同じく防寒対策ばっちりの邪馬人は、蛮の希望通り雪遊びをするために近くの公園へと向かった。
公園へ向かう道すがら、蛮は道路の端のまだ足跡の無いところへ走っていっては、まっさらな新雪に自分の足跡をつけて遊んでいる。
「蛮、走るとすべって転ぶぞ」
「大丈夫……うわっ!」
言ったそばから転んだ。その蛮を助け起こそうと走り寄った邪馬人も――
「うわっ」
やはり転んだ。
二人して雪の上に尻餅をついたままで座り込んでいると、どちらからともなく笑いがこみ上げてきた。
「ぷ、ぷぷぷっ」
「……笑うなよ。蛮」
先に立ち上がった邪馬人が、蛮を抱き上げて立たせてやってから服についた雪を払ってやる。
どうやらどこも怪我をしていないようだ。
それを確認してから邪馬人は、また蛮が転ばないように手を繋ぐと公園へと歩き出した。
公園ではすでに、小学生たちが何人かで遊んでいた。かまくらを作っている最中のようで大きな雪山が出来上がりつつある。その横にはすでに完成した大きな雪だるまが、愛嬌のある顔で二人を出迎えてくれた。
「パパ、蛮も雪だるま作りたい!」
小学生作の雪だるまを見て闘志を燃やしたのだろうか、びしっと指を突きつけて『あのぐらい大きいの作る!』とやけに燃えている。
「あんなに大きいのは蛮には無理だろ?」
蛮の背丈以上ある大作に、邪馬人が思わずそうもらすと、
「パパが手伝ってくれたら出来るもん!」
と言い張って一歩も引かない。
こうなったら、もうお手上げ。
最終的には邪馬人が折れるしかなくて……我が家の可愛い王子サマのために、やれやれとため息をつきつつも、蛮と一緒に雪だるまを作り始める邪馬人だった。
数時間後……
出来上がった雪だるまを前に腕を組んで満足げな蛮。その後ろで、やや疲れた顔の邪馬人が蛮の様子をほほえましく眺めていた。
「蛮ちゃーん!」
「あっ。銀次くん!」
公園の入り口からぶんぶんと手をふりながら走り寄ってきたのは、蛮の友達の銀次。
「あ、転ぶぞ」
邪馬人が気付いて声をかけたが時すでにおそし。銀次は二人のもとへたどり着く前にずべっ、と転んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫か」
駆け寄る二人にむかってへへっ、と照れ笑いをしながらも何とか立ち上がる。銀次も怪我は無かったようだ。
「蛮ちゃん、蛮ちゃんのパパも一緒にみんなで雪合戦しようよ!」
「へっ?」
突然の展開についていけなかったのは、大人だけだったらしい。
蛮はすぐさま、
「うん、しよう! じゃあね、蛮と銀次くんが同じチームで、パパは敵チームね」
などと役割をさっさと決めてしまう。
「お、おい蛮。オレ一人か?」
とりあえず抗議の声を上げるが取り合ってはもらえなかった。
「パパは大人なんだからハンデがないとダメなの」
よくわからないが、どうやらこのまま強制的に雪合戦が始まってしまうようである。
「それじゃあ、いっくよー」
蛮の声を合図に、邪馬人に向かっていくつもの雪玉が飛んできた。
さらに数時間後……
蛮の家の玄関先にて。
雪合戦でぶつけ合った雪玉が溶けて、濡れねずみになって帰ってきた二人に向かって卑弥呼は呆れたように言った。
「アンタたち……一体公園で何してきたの?」
end