「銀次、すまんが今日は外に遊びに行かないでくれ」
天子峰の言葉に銀次は『?』を浮かべた。
「? どぉーして? 蛮ちゃんのトコ行っちゃだめなの?」
かわいらしく小首をかしげて聞いてくる。そんな銀次の頭を大きな手でわしわしと撫でながら、
「そうじゃないが、今日オレ宛に荷物が来るんだ。誰かが家にいないとダメだろ?」
「ポストに入んないの?」
「けっこう大きいものなんだ。だから銀次にお願いしてるの」
仕事に行くための身支度をしつつ再度、天子峰が銀次に『お願い』をする。
「う〜っ」
不服そうに上目遣いで天子峰を見つめていたが、大好きなぱぱをあんまり困らせるのもいやなので銀次はしぶしぶうなずいた。
「……わかった」
「よし、いい子だ」
銀次が承知してくれたのを見て天子峰はひょいと銀次を抱き上げた。視線の高さをあわせて、
「銀次、ひとつ約束してくれ。知らない人が来ても玄関のドアを開けちゃダメだぞ!」
「? それだと荷物もらえないよ?」
不思議そうに尋ね返してくる銀次に天子峰は、
「大丈夫、大丈夫。波児のことは知ってるな?」
「うん」
「あいつが荷物を持ってくる予定だから、波児が来たら玄関を開けてやってくれ。あとは誰が来てもドアは開けるなよ」
「うん、わかった。……それでね、荷物が来たら遊びに行っていい?」
おずおずと聞いてくる銀次ににっこりと笑い返してうなずいた。
「ああ、いいよ。それに昼までで帰ってくるつもりだしな」
「ぱぱいってらっしゃーい!」
マンションのベランダから天子峰が見えなくなるまで元気にぶんぶんと手を振っていた銀次だったが、誰もいなくなり急にしんと静かになった室内に寂しさを覚えたのか、寝室まで走っていくとベッドの脇に置いてある大きなクマのぬいぐるみをしっかりと抱きしめてテレビのスイッチを入れた。
見るともなしにテレビを眺めていると、
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る音がした。
(もうきたのかな?)
取りあえずクマのぬいぐるみを適当に床に置き玄関へと走る。背伸びをしてインターフォンの受話器を取ると、恐る恐る耳を押し当てた。
「はい?」
『あ! 銀次くんの声だ。銀次く−ん!』
『こら蛮。マンションの廊下は響くんだから大きな声出しちゃだめよ』
男の子と女の人の声がした。
「蛮ちゃん!?」
『遊びに来たよ!』
びっくりして問い返すと、蛮の元気な返事。
『銀次くんごめんね急に。天子峰さんいる?』
「ちょっとまってて」
卑弥呼の声に銀次は受話器を置くと玄関のドアへむかってダッシュで走る。鍵に手をかけたところで、さっきしたばかりの天子峰との約束を思い出した。
『知らない人が来ても玄関のドアを開けちゃダメだぞ!』
ぴたりと動きが止まる。
「………」
(でも、でも。蛮ちゃんも蛮ちゃんのママも知らない人じゃないし……)
しばしの葛藤の後、蛮に会いたいという気持ちに負けて結局銀次はドアの鍵をはずしてしまった。
「銀次くん!」
ドアが開くと同時に蛮が銀次に抱きついてきた。それをぎゅっと抱き返す。
「公園に行ってもいなかったから、会いに来ちゃった」
へへっと、銀次に抱きついたままでにっこり笑う。
「ほんとに急にごめんね。それで天子峰さんは?」
卑弥呼の問いに銀次は先ほどの事情を説明した。
「うーん……困ったな。蛮を見ててもらおうと思ってたのに……」
「蛮ちゃんのママもお仕事?」
「ちょっと二人とも用事でね……」
卑弥呼は曖昧に答えながら何やら考え込んでいたが急に、
「あっそうだ! 銀次くん天子峰さんの連絡先ってわかる?」
銀次はこくんとうなずくと部屋から携帯を持ってきた。
「これで、ココ押すとパパにつながるの! 何かあったらかけなさいって」
「ちょっと借りるね」
銀次の小さい手から携帯を受け取ると、卑弥呼は教えてもらったとおりかけてみた。
ワンコールで電話が繋がる。
『銀次! 何かあったのか!?』
かなり切羽詰った天子峰の声。銀次から電話なんてほとんどしていないのだろう、もしかしたらこれが初めての電話かもしれない。天子峰のあまりの余裕の無さに卑弥呼は笑いをかみ殺しつつ、
「ごめんなさいあたし卑弥呼です。銀次くんじゃないの」
その卑弥呼の声を聞いたとたん、今度は天子峰が噛付かんばかりの勢いで聞き返してきた。
『銀次に何かあったんですか!!』
「落ち着いて、そういうわけでもないから」
取りあえず天子峰を宥めてから、卑弥呼は手早く用件を伝えた。
『……銀次と変わってください』
はーっという気の抜けたため息とともに吐き出された言葉に笑いながら、卑弥呼は隣で蛮と遊んでいた銀次に向かって携帯を差し出した。
「はい。パパからよ」
「ぱぱ?」
『銀次――オレの言ったことちゃんと覚えてるか……?』
いつもより1オクターブほど低い声で唸る天子峰に、銀次があわてて言い訳を並べる。
「で、でも。蛮ちゃんも蛮ちゃんのママも知らない人じゃないし……一緒に遊びたかったし、それで、それで……」
受話器越しにだんだん涙声になってくる銀次がなんだかかわいそうになって結局、天子峰が折れた。
『わかった、わかった。それでな、夕方まで蛮くんを家で預かることになったから二人でいい子に留守番してろ、オレも昼には帰るから。できるな?』
思いがけない話に銀次がきょとんとする。が、次の瞬間。満面の笑みでこくこくと首を縦に振る。そんな銀次に向かって卑弥呼がくすくす笑いながら突っ込みをいれた。
「銀次くん。電話なんだからうなずいたって分からないわよ」
「それじゃ、いい子でね蛮」
ちょっと心配そうな卑弥呼を見送ってから、二人はリビングで遊びだした。
さっき独りぼっちになった時とはうって変わって全然寂しくない。時間がたつのも忘れて遊んでいると、
ピンポーン
再び玄関のチャイムが鳴る音がした。
銀次がインターフォンにでると今度は全然知らない男の人の声がした。
『天子峰いるかい?』
(誰?)
とりあえず勇気を振り絞って答えてみた。
「ぱぱは仕事でいません」
『パパ? えーっと……天子峰の子供……かな? キミは』
(どうしよう、やっぱり知らない人だ)
おろおろする銀次と、その横で話が分からずただ成り行きを見守っていた蛮が同じくおろおろしていた。
『もしもしキミ。えーっとオレの話聞いてるかい?』
銀次がおろおろしている間に何かしゃべっていたらい。
「な、なに?」
『だから、オレは天子峰に荷物を届けに来ただけなんだよ。よかったら受け取るだけ受け取ってもらえないかな?』
「荷物? でも波児さんが持ってくるって……」
『ああ、そのことか。彼、急用が入ってね。代わりにオレが届けることになったんだ。オレは鏡 形而っていうんだけどさ』
受話器を手で押さえて銀次が蛮を振り返る。
「どうしよ〜蛮ちゃん……」
「どうしようっていわれても……」
「…………」
「…………」
お子様二人でしばし沈黙。
あまりに沈黙が長いのでドアの外にいる男が思わず声をかけてくるほどだった。
『えっと、開けてくれないかい?』
「………。開けてみようよ銀次くん」
「え?」
「荷物だけもらってすぐ閉めちゃえばいいんだよ」
じゃなけりゃずっとこのまま、ここにいる羽目になるし。
蛮の言葉にさらにしばらく悩んでから、銀次は意を決してインターフォンを置くと、玄関に走っていってドアを少しだけ開けた。
「ああよかった。このまま無視されたらどうしようかと思ったよ」
陽気な男は銀次ににっこり笑いかけながらしゃべけかけてきた。
白いスーツの上下を着たオニイサン。
(名前はたしか鏡 形而っていったっけ?)
鏡は銀次にわかるように荷物を差し出して見せると、ぐいっとドアノブを掴んでドアを開け玄関先に入ってきた。
びっくりして後ずさる子供たち。
「わー。ずいぶん可愛いね。兄弟?」
手近にあった下駄箱の上へ荷物を置くと、しゃがみこんで銀次と蛮を眺め回した。
「ち、違うよ。蛮ちゃんはボクのお友達だもん!」
鏡は必死で返事をする銀次をにこにこと眺めつつ、
「そっか、じゃキミが銀次クンで、後ろの黒髪のキミが蛮クンか」
何やら納得したように立ち上がると、
「うーん……じゃ、蛮クンを貰っていこうかな。銀次クンは天子峰のみたいだし」
言うなりがばっと蛮を抱き上げ小脇に抱える。
「へっ?」
「え? ば、蛮ちゃんつれてっちゃダメ!!」
突然のできことに言葉を失う蛮。
その蛮を取り戻そうと涙を浮かべて必死に鏡にしがみつく銀次。
一体子供たちはどうなってしまうのか?
その時!
バタン!!
ものすごい勢いで鍵のかかっていない玄関のドアが開け放たれる。
「ぱぱ!」
飛び込んできたのは誰であろう、仕事に行っているはずの天子峰だった。
呼吸も荒く乱暴に玄関のドアを閉めると一目散に銀次へと駆け寄る。
「銀次! 無事だったか!」
「やあ、天子峰ひさしぶり」
その天子峰に向かって鏡が、空いてる手をちょこっと上げておきらくに挨拶して見せた。
「『ひさしぶり』じゃないだろう! 波児に電話をもらって飛んで帰ってきたんだぞ!」
銀次を自分の後ろに庇いつつ、鏡と距離を置く天子峰。
その天子峰のズボンをくいくい引っ張って銀次が必死に訴える。
「ぱぱ。蛮ちゃんを助けて!」
その言葉に鏡の方を見れば、小脇に抱えられ何やら呆然としたまま固まった蛮の姿が。
「おい! その子をどうするつもりだ!」
「え? ああ、すっごく可愛いから気に入っちゃってね。もらってこうかと思って……」
そのとぼけた返事に天子峰は、がしっと鏡のスーツの襟を引っつかみがくがくと揺さぶった。
「そういうのは誘拐だと昔、何度も言っただろうが! まだわからんのかキサマは!」
「ははっ。あいかわらずだな、天子峰は」
天子峰にがくがく揺さぶられても、鏡は顔色ひとつ変えることなく笑いながらそのまま揺さぶられていた。だが今だに鏡に捕まったままの蛮はたまったもんじゃない。一緒に揺さぶられて目を回し、すでに昏倒状態だ。
「きゅ〜〜っ」
「蛮ちゃん!」
目を回した蛮と、今だに鏡に怒鳴り続けている天子峰を交互に見やり銀次は途方にくれた。
「キサマというやつは!!」
マンションに天子峰の怒声が響く。
この騒ぎは、卑弥呼が蛮を迎えにきた時まで続いていたらしい。
end