はじめてのおともだち

      パパの名前は邪馬人。
      ママの名前は卑弥呼。
      これは二人に引き取られたちいさな男の子のお話。


「うにゃ〜…パパおはよ〜」
 朝のあわただしいキッチンに少し寝ぼけたようなかわいらしい声が聞こえた。
 この家の主、工藤邪馬人が朝食の支度をしている手を止め後ろを振り返ると、キッチンの入り口に5〜6歳ぐらいのかわいらしい男の子が立っていた。
 やわらかそうな黒髪と、夜の空を映しこんだ様な深い藍色の大きな瞳がとても印象的だ。
「ああ、蛮おはよ」
 蛮と呼ばれたその男の子は、まだ眠いのだろう両手で目をこしこしとこすりつつ邪馬人のいるテーブルまでやってくるとよいしょ、とイスに座る。
「メシ出来てるぞ。トーストに何つける?」
「んっと、蛮ねチョコがいい!」
 はいはい、と笑い邪馬人は淹れたコーヒーを二つのカップに注ぎ、それから蛮のトーストにチョコクリームを塗ってやる。
「よく噛んで食えよ。じゃないと顎が丈夫にならんぞ」
 チョコを塗ってもらったトーストをかじりつつ蛮がこくこくと頷く。
 その蛮のしぐさに思わず口元に笑みが浮かぶ。二人で朝食を取っていると、キッチンの入り口に女性が現れた。ショートカットのボーイッシュな女性だ。
「兄貴あたしそろそろ行くわ」
「おう、卑弥呼コーヒーぐらい飲んでけよ」
「あ、うん」
 彼女の名は工藤卑弥呼。工藤邪馬人の妹である。
 卑弥呼はテーブルの側に来ると、その上に置かれているカップを手に取りコーヒーに口をつける。
「ママ仕事?」
 卑弥呼の方を見上げ首をちょっと傾げて聞いてくる蛮に卑弥呼はそうよ、と言いながら蛮のやわらかな髪に優しく指を滑らせる。
「夕方まで帰らないから。邪馬人の言うことよく聞いていい子にしてるのよ」
「うん!」
 元気よく頷く。その蛮の様子に卑弥呼の口元にも笑みが浮かんだ。
「ねぇねぇパパ」
 仕事に出かけていった卑弥呼を見送る邪馬人のシャツの袖口を、蛮がくいくいと引っぱる。
 ん? と目を向けると、
「きのう新しくみつけた公園に行ってもいい?」
「? ああ、あそこか。かまわねーぜあそこなら家から近いし」
「ほんと? わーい」
「暗くなる前に帰ってこいよ」
「はーい!」
 蛮は片手を挙げると元気よく返事をした。

◆◆◆


 公園にやって来た蛮は、まず公園内の探索を始めた。
 初めて来たこの公園は、出来上がってからそんなに経ってはおらず、滑り台やブランコ、ジャングルジムなど色々な遊具がありどれも真新しかった。花壇には色々な花が咲き、鳩がたくさん飛び交っていた。
 今日は暖かく天気もいいので親子連れや、たくさんの子供達も遊んでいてとても賑やかだ。
 そんな中、砂場でぽつんと一人、砂遊びをしている5〜6歳の少年が目に入った。金色の短めの髪と、金色の瞳をしたどこか寂しそうな少年だった。周りで遊んでいる子供達に話し掛けるでもなく、それでいて時折羨ましそうに遊んでいる子供達の輪を眺めてはまた一人遊びに戻っていく。そんな少年だった。
 その少年を見つけた時、蛮はその少年から目が離せなくなった。何がどうというわけではないのだが、なんとなくほっておくことが出来なかったのだ。
 次の瞬間。蛮はその少年に声をかけていた。
「ねぇ、キミなまえは?」
「?」
 顔を上げた少年が不思議な物でも見るように蛮の顔をじっと見詰め返してきた。
「なまえなんていうの? 蛮はね蛮っていうの」
 再び同じ問いを繰り返す蛮。少年はしばらくためらった後ぽつりと答えた。
「…………銀次…」
「そっか銀次くんっていうんだ」
 やっと返事をした銀次に向かって蛮はにこっ、と笑って見せる。
「銀次くんはみんなと遊ばないの? おともだちは?」
「……ボクは……」
 そこまで言うと再び下を向いてしまった。その肩がすこし震えている。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
 気まずい沈黙が辺りをつつむ。
 その沈黙に耐え切れず声を発したのは蛮だった。
「あ、あのね。蛮もね、まだおともだちいないの」
 その蛮の言葉に銀次がゆっくりと顔を上げる。
「だから蛮。銀次くんとおともだちになりたいな」
 と、銀次に向かって手を差し伸べてくる。
 その手をじっと見つめる銀次。
 しばらくそのままの状態で時間だけが流れた。
 蛮があきらめかけた時。銀次の手がゆっくりと動き、差し伸べていた蛮の手を躊躇いがちに握り返してきた。
 蛮がにっこり笑いかけると、銀次がぎこちなくだが笑い返してきた。


 空がしだいにオレンジ色から藍色へと変わっていく。
 公園にいた人達も家路につき徐々に人が少なくなっていく。
 そんな中、まだ公園内に元気な笑い声を響かせて走り回っている少年達がいた。
「銀次くん早く、早く」
「まってよ蛮ちゃん」
 蛮と銀次であった。
 すっかり仲良くなった二人。他人から見るとずっと前からの友達のようだ。
「そろそろ帰らなきゃぱぱがしんぱいするや」
「そうだね。蛮も帰らなきゃ」
 二人が帰ろうとした時、公園のすぐ横の通りを一人の女性が通りかかった。
「あ! ママだ!」
 そう言うと蛮はその女性。卑弥呼の元へとダッシュで走り出した。銀次が慌てて後を追う。
「ママ!」
「蛮?」
 突然の声にそちらを振り返れば走り寄ってくる蛮の姿。
 駆け寄ってきて膝に甘えて抱きつく蛮を卑弥呼はそっと抱き上げて、
「もう暗いから帰らなきゃダメでしょ?」
「いまから帰るとこなの」
 その卑弥呼たちの元へやっと追いついた銀次がやって来た。
「? この子……」
 すこし戸惑う卑弥呼に蛮がエヘン、と胸を張り誇らしげに言ってきた。
「銀次くんっていうの! 蛮のおともだち!」
 その蛮の様子に卑弥呼は一人納得すると蛮を片腕で抱きかかえなおしてから、しゃがんで銀次と目線の高さを合わせた。
「銀次くんっていうの? 蛮と仲良くしてやってね」
 と銀次の髪を優しく撫でる。
 はじめはびっくりしていた銀次だったが、すぐにこくこくと首を何度も縦に振った。その様子ににっこり笑うと卑弥呼は立ち上がりそろそろ帰ろう、と蛮を促した。
「じゃーね銀次くん」
「ばいばい」
 バイバイと手を振る蛮と卑弥呼。
 銀次は二人が見えなくなるまでずっとずっと、手を振り続けた。
 空はもうすっかり藍色に変わって、星が輝きはじめていた。

◆◆◆


「ただいまっ!」
 玄関から蛮の元気な声が聞こえた。
 キッチンにいた邪馬人は、蛮を出迎えてやるために玄関へと向かう。すると、玄関には邪馬人の姿を認め駆け寄ってくる蛮と、靴を脱ぎ終えたばかりの卑弥呼の姿。
「おう、卑弥呼。蛮と一緒だったのか」
「そこの公園で偶然ね」
 その二人の間に割って入るように蛮が、
「あのねパパ。蛮ね、今日ね…」
 息せき切ってしゃべり出す蛮の背中を卑弥呼がそっと押した。
「ほらほら。ごはん食べながらにしよう。お腹すいたでしょ? 手、洗ってらっしゃい」
 蛮を追いやるようなその卑弥呼の態度に、邪馬人が物言いたげな視線を向ける。蛮が洗面所に行ったのを確認してから卑弥呼が口を開いた。
「新しい公園で友達が出来たみたいなのよ」
「いいじゃねぇか。初めてのダチだな」
「そうなんだけど…ちょっと気になることがあって…」
「? 何だ気になることって?」
「やっ…べつに邪馬人が問題なけりゃあたしはそれでいいんだけど」
「オレに?」
 邪馬人がきょとんと聞き返そうとした時。
 パパ、ママ、ごはん食べよーよ。という蛮の声。
 二人は急ぎ足でキッチンへと向かった。


 夕食のカレーを食べながら、先ほどから蛮はずっと上機嫌でしゃべり続けていた。
 話題は例の『銀次くん』
 初めて友達が出来たことが余程嬉しいらしく、スプーンを振り回しつつ銀次がどうしたこうしたと、そればかりである。
 その蛮の話を「うんうん。そうか」と言いながら嬉しそうに聞いてやっているのは邪馬人。
 その邪馬人と蛮を卑弥呼は少し複雑な表情で見つめていた。

◆◆◆


 次の日。
 蛮は銀次に会うために、またあの公園に足を運んでいた。
 ぐるりと園内を見回すと、隅のベンチに一人座り、ぼーっと空を眺めている銀次を見つけた。
「銀次くーん!」
 手を振りながら駆け寄ると銀次は最初びっくりした顔をしていたが次の瞬間。ぱぁっと満面の笑みを浮かべて蛮の元へと駆け出した。
 初めて会った時とはうってかわって、見ているこっちまでしあわせになれそうなそんな笑顔だった。
 銀次の笑顔がなんだかとても嬉しくて、蛮も自然と笑顔になる。
 天使のような、という形容がぴったりの笑顔を振りまきつつ、二人は今日も元気に公園内に駆け出した。


 昼過ぎ。公園の入り口できょろきょろと誰かを探している人物がいた。天子峰猛である。
彼は自分が引き取った子供『銀次』を探していた。
 いつもならぼーっとベンチに座っているか、砂場で一人寂しく遊んでいるかなので探すのにたいした時間は要らないが今日に限ってそのどちらでもなかった。
 迷子か? 怪我でもして動けない? ま、まさか。誘拐なんてことは…?!
 天子峰の心の中で危険な想像がどんどん膨らんでいく。
 自分の勝手な想像に自分で青くなりながら、必死に目を凝らし小さな銀次の姿を捜し求めた。
「銀次くん! 次はすべり台に行こーよ」
「まってよ蛮ちゃん!」
 声がしたかと思う間もなく天子峰の足元を、少年が二人駆け抜けていく。その片方が、探していた銀次だと頭で判断するより先に手が出ていた。
 がしっ! と、その細い腕を掴んでその場に引き止める。
「え?」
 びっくりして見上げてくる銀次に、
「やっと見つけた」
 と、ほっとした様子の天子峰。さっきまで自分の勝手な想像で銀次の安否が気になり、気が気ではなかったのだ。無事な姿に、安堵の溜め息が漏れる。
 それにしても…いつもいつも自分がいない時には一人ぼっちでいるのかと心配していた銀次が、友達と一緒に楽しそうに遊んでいる姿を初めて見て天子峰は感動を覚えた。
(あの銀次が……そうか…友達ができたか)
わが子の成長を目の当たりにした瞬間であった。
 そんな天子峰の感動をよそに、腕を掴まれたままの銀次がきょとんとしてきいてくる。
「ぱぱどーしたの? 仕事じゃなかったの?」
「あ、ああ。急に用事が入ってな。すまんが家で……」
「えーっ? 銀次くんもう帰っちゃうの?」
 その天子峰の声を掻き消すように蛮の不満の声が上がる。
 天子峰がそちらに目を向けると、少し潤んだ深い藍色の大きな瞳と目が合った。
 蛮が泣きそうな顔で天子峰を見上げてくる。その隣で銀次も泣きそうな顔で天子峰を見詰めていた。
「う゛っ……」
 泣きそうな顔で見詰めてくる二人に、思わず声を詰まらせる。
 だが、こちらも仕事があるのだ。ここで流されるワケにはいかない。
 心を鬼にして銀次をつれて帰ろうと天子峰が口を開きかけたとき……男の声がした。
「おーい! 蛮どこだー?」
「あっ、パパだ! パパー!」
 その声に銀次の隣にいた少年。蛮は声の主に向かって大きく手を振る。
 こちらに走り寄ってきた男。 邪馬人の側まで走って行くと蛮は邪馬人にむかって、
「パパこの子がきのう言ってた銀次くんなの!」
 と、嬉しそうににっこり笑って銀次を紹介する。
 その蛮の言葉に銀次が慌てて邪馬人に頭を下げる。「そうか」などと言いながら銀次の方を見て、その銀児の腕を掴んだまますぐ横に立っている天子峰に目をとめると、邪馬人の表情がみるみる険しくなった。
「……そっちの男の人は?」
 邪馬人の声のトーンが下がった気がするが銀次はまったく気づいていない。
「ボクのぱぱなの」
 空いている手で天子峰のズボンを引っ張りながら二人にそう紹介した。
 見ると、天子峰の表情もさっきまでとは打って変わって険しいものへと変っていた。
 グッと睨み合う二人。
 急に不穏な空気が辺りに漂う。訳も分からずおびえる子供達をよそに、大の大人二人は睨み合いを続けた。
 「「ふん!」」 
 二人同時に視線を外すと邪馬人は蛮の腕を、天子峰は銀次の腕を、それぞれ引っ掴み「「帰るぞ!」」と声をハモらせて言い放つとそのまま有無も言わさずに引っ張っていこうとする。
「蛮ちゃん!」
「銀次くん!」
 銀次と蛮が互いに腕を伸ばすがその指先が触れるより早く、パパ達に強引に引きずられて二人はその場を去るしかなかった。

◆◆◆


 早朝のいつもの公園。
 蛮と銀次がブランコに乗りながらどうしようかと困っていると、黒いコートに黒いつばの広い帽子をかぶった男が子供達を集めて、何やら話をしているのが目に入った。
「死は誰にでも等しく訪れるのです」
 だから教会へ来て自らの罪を懺悔しなさい。というような教会の勧誘の様だ。
 蛮と銀次が物珍しそうにその男を見ていると、視線が合った。
「おや、ずいぶんとかわいらしい子供達だ。キミたちもよかったら教会へいらっしゃい」
 その男はコートのポケットから名刺を取り出した。名刺には聖書の一節と教会の住所、そしてこの男の名前であろう『赤屍蔵人』という名が書いてあった。
 蛮たちが貰った名刺をしげしげと眺めていると赤屍が、
「何か悩み事でも? よければ相談に乗りますよ」
 と、にこやかなそれでいてどこかちょっぴり怖い笑顔を向けて聞いてきた。
 その笑顔に、二人はどうしようかと顔を見合わせ小声で相談してから、口を開いた。
「パパがね、銀次くんと遊んじゃいけませんっていうの」
「ボクのぱぱも、蛮ちゃんと遊んじゃダメって…」
 しょんぼりとしながら呟く。
 それを聞いた赤屍は、笑顔を崩さないまま「そうですか、それは困りましたね…」などと全然困っているように聴こえない声音で言った。
 んー、と少し考える素振りを見せてから、おもむろにポンと手を打ちあわせると、
「そうだ、いい方法がありますよ」
 と、二人を側まで呼び寄せると、その耳元に唇を寄せてなにやらごにょごにょと耳打ちをしはじめた。


 蛮が家に帰るとリビングから卑弥呼と邪馬人の話し声が聴こえた。
「だから言ったでしょ。邪馬人が問題なけりゃいいんだけどって。銀次くんには何の問題もないんだし別にいいじゃない。蛮が初めて自分で見つけてきた友達なんだし仲を引き裂くなんてかわいそすぎよ」
「でも、アイツの息子なんだぞ! アイツは商売敵だ。素直にはいそうですかってワケにいくか!」
 そこまで熱く語ってから邪馬人はふう、と息を吐き出しうつむいた。
「オレだって蛮がかわいそうだとは思うが…なあ、卑弥呼。お前…銀次のこと知ってたのか? アイツの息子だって」
 気まずげに人差し指でぽりぽりと頬をかきながら卑弥呼がうなずく。
「うん…少し前に仕事の途中ね。天子峰と一緒に手を繋いで歩いてたの見たのよ。それで、蛮と同じ年ぐらいの子供がいるんだなーとは思ってた。公園で見たときは驚いたけどね」
 だから卑弥呼はあんなことを邪馬人に言ったのかと、今にしてみれば納得がいく。
「だからって『銀次くんと遊んじゃダメ!』なんて蛮に言うのはただの邪馬人のワガママよ!」
 きっぱりと妹に叱られぐっ、と言葉に詰まる兄。
 その一部始終をドアの隙間からそっと見ていた蛮は、悲しそうにうつむくと意を決して赤屍に教えられたコトを実行すべく自分の部屋へと向かった。


 リビングの時計を見上げれば針はもう十二時をさしていた。
 そろそろ昼食の時間だ。
 昨日あんなことを言ってしまったのできっと今頃、一人寂しく公園で遊んでいるであろう蛮を迎えに行くべく玄関に向かった邪馬人が見たものは、玄関のドアにデカデカと貼られた置手紙(?)だった。
 それにはまだきれいに字が書けない蛮の字で、

『ぎんじくんとカケオチしなさいってあかばねさんがいうのでカケオチします。

                                            ばん 』

 と書かれてあった。
「なにーっ! 『あかばね』っつーのは何処のどいつだ!! それに駆け落ちだとー!」
 家中に響き渡るような怒声に卑弥呼が驚いて飛んでくる。
 その卑弥呼も蛮の置手紙を目にしてぴしっ、と固まってしまった。
「…っ! 邪馬人が銀次くんと遊ぶななんて言うから!」
 やっとのことで復活した卑弥呼の第一声はそれだった。
「それもあるが、これはどう見ても『あかばね』ってヤツの入れ知恵だろうが! 純粋で可愛いウチの蛮になんつーコトを教えやがるんだ!」
 面識のない赤屍に対して本気で怒る邪馬人。
「と、とりあえず蛮を探さないと」
 その卑弥呼の声に我に返った邪馬人は二人で手分けして蛮を探すべく街へと駆け出した。


 一方その頃。
 天子峰宅でも同じ様な現象が見られた。
 ご近所の人が驚くぐらいの怒声の後、荒々しく玄関のドアが閉まる音。
 そして悲痛な『銀次〜! どこだ〜!』という叫びが静かな住宅街に響き渡ったらしい。

◆◆◆


 そんなパパたちの騒ぎを知ってか知らずか、蛮と銀次はいつもの公園にいた。
 しばらくすると空が曇ってきて、ぽつりぽつりと雨が降り出してきた。
 二人は雨宿りの出来そうな場所を探して公園内を見回し、ちょうど視界に入った小さな休憩所の建物に逃げ込んだ。屋根の下にはいくつかのベンチもありとりあえずそこに腰を下ろす。
 早めに移動したせいもあって二人はほとんど濡れていなかったが、雨足は激しさを増しとても傘なしで出歩こうなんて思えないほどになってきていた。


 そんなどしゃ降りの雨の中。
 邪馬人は必死になって蛮の姿を捜し求めた。
 卑弥呼には雨が降り出した時点で傘を取りに帰らせたが、自分はそんな時間すら惜しく感じてそのままで蛮を探し続けた。
 雨足が弱かった時に一度、いつもの公園をのぞいたが、遊具や砂場などいつも遊んでいる辺りに蛮たちの姿はなく、仕方がないので他に蛮が行きそうな可能性のある場所へと足を運ぶ。
 走り疲れてきた頃、向こうの角を曲がりこっちに向かって走ってくる男の姿が見えた。
 邪馬人と同じく、傘も差さずにずぶ濡れのまま走るその男の顔には見覚えがある。天子峰だ。
 天子峰は邪馬人の姿を認めると、すばやく近寄りぐっと胸倉を掴んで引き寄せると怒りも露わに怒鳴りつけた。
「おい銀次はどこだ! 蛮っていう子と一緒にいるんだろ?」
 その様子に銀次もいなくなっている事に邪馬人は気づいた。ちっ、と舌打ちをしながら天子峰の腕を振り払うと逆にたずねた。
「うちの蛮もいなくなった。どこか行きそうなあては?」
 その邪馬人の言葉に力なく頭を振る。銀次の行きそうな所は大体探した。最後の望みで蛮の家を探していたのだ。
「しょうがねぇ。もう一度公園を探そう。なにか手がかりでもあれば…」
 呟く邪馬人。その言葉につられるように天子峰も黙って邪馬人の後をついていった。


「邪馬人! それにアンタ…」
 公園に向かう途中、傘とタオルを手にした卑弥呼と合流した。
「銀次君もいなくなったの?」
 卑弥呼の言葉に力なくうなずく天子峰。
「とりあえずもう一度公園をあたろうぜ」
 他に探す場所も思い当たらない。仕方なく三人はもう一度公園へと向かった。
 その道すがら、卑弥呼は大の大人二人を捕まえて延々と説教をしていた。
「アンタ達二人がどんなに仲が悪かろうと、それを子供達に押し付けるなんてガキのすることよ。蛮と銀次くんが見つかったらちゃんと謝って『遊ぶな』ってセリフ、取り消しなさいよ!」
 まったく、これじゃどっちがガキだかわかんないじゃない。とぶつぶつ怒りつつ卑弥呼が先頭を歩く。その後ろを邪馬人と天子峰が、叱られた犬のように肩を落としとぼとぼとついて行った。


 どしゃ降りの雨の公園はひとっこ一人おらず、花壇の花も悲しそうに雨にうたれて揺れていた。
 公園についた三人は、今度は雨宿りできそうな所を中心に再び公園内を探し始めた。三人で手分けして探していると、突然卑弥呼が呼ぶ声が聞こえた。
「ちょっと兄貴! こっち」
 卑弥呼に手招きされて邪馬人と天子峰が見たものは、小さな休憩所の建物の中、ベンチでまるまって眠っている子供達の姿。
 しっかりと手を握り、肩を寄せ合って眠るその姿に、邪馬人と天子峰の胸が痛んだ。自分達の『商売敵の息子だから遊ぶな』という言葉が、どれだけ子供達の小さな胸を傷付け、悲しませたかという事を心底思い知った。
 邪馬人はずぶ濡れの身体で、まだ眠っている小さな蛮を力いっぱい抱き締める。
「すまなかった蛮…」
「うーん…? パパ?」
 抱き締めてくる邪馬人の濡れた冷たい手で目が覚めた。
「蛮。家に帰ろう?」
 そういってくる邪馬人の手を振り払い、
「やだ! 銀次くんといっしょにいるの」
 涙で潤んだ藍色の大きな瞳で邪馬人を見詰める。
「…邪馬人」
 卑弥呼にそっと肩を叩かれた。しぶしぶといった顔で邪馬人が口を開く。
「あー、なんだ…その…なあ蛮。オレが悪かったよ。銀次くんと遊んでいいから…な? 帰ろう?」
 その邪馬人の言葉に蛮の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「ああ、マジだ」
 頷く邪馬人とその横で優しく微笑む卑弥呼。うれしくて蛮は二人に抱きついた。
「蛮ちゃんと遊んでいいの? わーい! ぱぱだいすき」
 その工藤一家の横で、天子峰一家も無事仲直りをしていた。

◆◆◆


 無事仲直りが出来た翌日。
 邪馬人は寝室のベッドの上にいた。
 傘も差さずにずぶ濡れのまま走り回っていたせいで、すっかり風邪を引いてしまったのだ。
「げほげほっ!」
「パパ大丈夫? はいお水」
 コップに入った水を邪馬人に渡しつつ、そっと邪馬人の様子を心配げに見上げる蛮。
 その横で卑弥呼が体温計を片手に自業自得ね、と呆れたように呟いた。


end