第二話 敵との遭遇? 編
オレの名前は天野銀次。
見てのとおりのネコ。
ちょっと前までは野良ネコだったんだけど、今は違う。
天子峰とMAKUBEXに拾われて、飼われてるんだ。
まだ拾われてからそんなに日にちもたってないけど、オレは二人が大好きだよ。
天子峰はオレの言葉がだいたい分かるらしいし、MAKUBEXはゴハンをくれるし、二人ともとっても優しくしてくれる。
それにここ、無限城っていうらしいけどいろんな変な物とかがあってぜんぜん飽きない。
その無限城の探検の途中に彼らと会ったんだ。
花月達と。
◆◆◆
朝というほど早くもなく、昼というほど遅くもない時間。
MAKUBEXのベッドを占領して惰眠を貪っていた銀次はいつもどおりの遅起きで、ごそごそとベッドから這い出すとMAKUBEX達がいつもいるコンピュータールームへと足を向けた。
ここは『無限城』の最下層。MAKUBEX達の居住スペースがある場所だ。
明るい色の茶トラのしっぽをふりふりとふりつつ部屋に足を踏み入れると、天子峰が紙の束と睨めっこしていた。
「にぃー(おはよー)」
銀次の鳴き声に気が付いた天子峰は持っていた書類の束から顔を上げた。
「ああ、起きたのか」
「にゃ、うにぁ!(うん。遊びに行ってくるよ!)」
元気よくしっぽを振ってみせる銀次に天子峰がしょうがないな、といった笑顔でうなずく。
「気をつけてな」
その天子峰の声が聞こえたのか、奥にあるパソコンを操作していたMAKUBEXが振り返って、
「あ! 銀次さん起きたんだ。今日も出掛けるの?」
「ああ、また探検みたいだぞ」
「気をつけてね銀次さん。ゴハンまでには帰ってきてね」
「にゃ!(うん!)」
そのMAKUBEXの言葉に銀次は元気いっぱいに返事をした。
ここに来てから日課になりつつある無限城の探検。
だが、まだあまり遠くには行ったことがない。
なにせ、銀次は方向音痴だったから……
だからといって、この溢れるほどの好奇心が、ただMAKUBEXの部屋でじっとしていることを許さない。もともとじっとしていることはあまり得意じゃなかったのだ。(そのせいでよく迷子になったが……)
銀次は通り馴れてきた道を進み地上へと出た。
もう少しむこうへ行くと天子峰と始めて会った場所に出る。でも今日の目的地はそこじゃない。
本日の目的地は、昨日初めて見つけた場所。
裏路地を中ほどまで入り、壊れた塀から中へと忍び込む。
そこは一面に緑が茂る庭。
銀次が見たこともない奇妙な形の葉っぱが、所狭しとプランターや植木鉢に植えられていた。
所々に花も咲いている。中には銀次が知っている花もあった。
「あ! あれ知ってる。MAKUBEXに本で見せてもらった。たしか『芥子』とかいうやつだ」
知っている物があったり、まったく見たこともない物があったりと、ここはけっこう面白い。
昨日の続きを堪能するようにあっちこっちを見てまわる。
一通り見て周りそろそろ次の場所へと移動しようとしたとき、それが銀次の視界に飛び込んできた。
小さな鉢植えの木に、赤いつやつやとした実がたくさんなっている。
銀次がそっと手で木の幹を押すと、よく熟した実がひとつ、ふたつと落ちてきた。
近くに落ちてきた実をひとつ手にとって匂いを嗅いでみる。
甘い、良い匂いがした。とてもおいしそうな匂いだ。
おもわず食べようとして口元まで持っていった時、銀次の脳裏に天子峰の声がよみがえった。
『いいか銀次。ここ無限城には外じゃ手に入らないような厄介なシロモノが沢山ある。例えどんなに見た目が良くても、何でもかんでも無闇やたらと口に入れるんじゃないぞ。わかったな』
ぴたりと銀次の手が止まる。
「そうだった。天子峰の言うことは守らなきゃ…」
そう呟くと銀次は手に持っていた赤い実をそっと元の植木鉢の中に戻した。
それから覚悟を決めて後ろを向くと、そのまま庭を出て行こうとする。
十歩ほど歩いたところで後ろ髪を惹かれるように振り返った。
視線の先にはさっきと変わらずに、甘い良い匂いを振りまいて赤い実。
「うっ…」
未練がある。未練はあるが天子峰の言うことは守らなきゃ…。しばらく赤い実のなる木を見詰めていた銀次だが意をけっして背中を向けるとダッシュで走り出した。
銀次が未練たらたらに、しっぽを力なくたれさせながら歩いていると裏路地と大通りの境目にある崩れかかった壁が目に入った。
「あ、あれなんだろう!」
急に元気になったかと思うと、その壁に向かって走り出していた。
壁の崩れた部分まで後少しという所まできたとき、銀次の頭上から声が振ってきた。
「ここから先はぼくたちの縄張りだ。さっさと立ち去るがいい」
見上げると壁の上に真っ白な毛足の長いネコがいた。
凛とした顔立ちのネコだった。その後ろに控えるようにして寡黙な薄茶色のネコと、神経質そうなグレーのネコが立っていた。
「誰?」
銀児が問いかけると真っ白なネコがゆっくりと口を開いた。
「僕の名は風鳥院花月。『風雅』のリーダーだ」
「へえー。花月っていうんだ。だったらカヅっちゃんだね」
嬉しそうに銀次がいうと花月の後ろに控えていた神経質そうなグレーのネコが、
「そういう問題ではないだろうが、キサマ花月の話を聞いていなかったのか! さっさとここから立ち去れ」
イライラした様子で銀次を怒鳴りつける。
銀次がびっくりして呆然と見上げていると、寡黙な薄茶色のネコがそっと横からグレーのネコを宥めた。
「少し落ち着け雨流」
「しかし筧…」
そのやりとりを聞いていた銀次が、ポツリと呟く。
「雨流と…筧?」
「オレの名は筧十兵衛。こっちが雨流俊樹だ」
律儀に答える十兵衛。
「じゃあ十兵衛と雨流だ。オレは天野銀次!」
にっこり笑ってそう言った銀次の態度に雨流がキレた。
「キサマ、ふざけるのもたいがいにしろ!」
花月と十兵衛が止める間もなく、壁からふわりと身を躍らせると雨流は銀次の手前で綺麗に着地し、すばやく間合いを取って対峙した。
(絶対、血の雨が降る…)
花月と十兵衛が対峙している二人を見守る。
ぐっと鋭い眼光で銀次を睨みつける雨流。
一方の銀次は、訳が分からないといった顔できょとんと目の前にいる雨流を見詰め返していた。
しばらくの沈黙。
痺れを切らせた雨流が、先手を取って行動を起こそうとした瞬間。
「銀次さーん、どこー? ゴハンだよー」
遠くでMAKUBEXの声がした。
「あ。MAKUBEXだ! MAKUBEXお腹すいたー!」
目の前にいる雨流のことなど忘れた、と言わんばかりの勢いでMAKUBEXのもとへ走り去る銀次。
三匹は呆然と走り去っていく銀次の背中を眺めていた。
その場に取り残された三匹の間を、風がむなしく吹き抜けていった。
end