【銀次 編】
第一話 出会い編

 オレの名前は天野銀次。
 見てのとおりのネコ。
 オレはこの街のネコじゃない。ほかの街で生まれたんだ。………なんていうとカッコよく聞こえるけど本当はそうじゃない。
 道端に止まってたトラックの荷台で昼寝してたら知らない間にここに捨てられてたんだ。たぶん、運転手のおっちゃんに見つかったんだろう。
 はっきりいってオレは方向音痴だ。自分の街でもちょっと遠くに行くとすぐに迷子になって……みんなどうしてるかな。…くすん。
 ここは何処だろう。コンクリートの瓦礫ばっかりで木も、草もなんにもない。
 ひとりぼっちで、心細くなってわんわん泣いた。
 そんな時、あの人と出会ったんだ。
 天子峰と。

◆◆◆


 この場所だけがまるで外界から切り離されたように独自のルールに従って動いている。
 裏新宿の無法地帯『無限城』
 裏新宿にそびえる無限城に一般の人間が足を踏み入れることはほとんど無い。ここは普通の生活とは無縁の場所なのだ。
 その無限城の入り口。外界との接点。そこを目指して歩いてくる一人の男がいた。
 男の名前は天子峰猛。片手に食料品の入った大きな紙袋を抱えて裏新宿の路地からひょっこりと姿を現す。そしてそのまま何の躊躇いもなく無限城へと足を踏み入れた……否、入れようとした。
 踏み出した足をおもわず止めてしまう物がそこにあった。
 無限城の入り口のすぐ側。コンクリートの瓦礫が散乱した、すでに何屋なんだか分からなくなりつつある潰れた店の前にそれはいた。
 明るい色をした茶トラの猫が一匹。光の加減で金色のようにも見える毛並み。くりくりとした瞳は金色だ。
 その猫が天子峰を見上げている。
 目が合ってしまった……
 天子峰が視線を逸らそうとした瞬間。
「みにゃー、みにゃー、みにゃー(うわーん、うわーん、うわーん)」
 泣かれてしまった。
 仕方なしに猫の側にしゃがみ込む。機嫌を取るようにそっと頭を撫でてやるとひしっ、と胸元に飛びつかれてしまった。
「うわっ?」
 びっくりして思わず手で触れようとしたら思いのほか激しい抵抗にあう。天子峰の胸元に思いっ切り爪を立てて逃げられないようにと必死にしがみついてくる。
「にゃー、にやー! (いやー、いやー!)」
「嫌なのは分かったけど爪が痛いって…」
 困ったような天子峰の声に、しがみついていた猫が大人しくなる。
「うーん、迷子か? それとも捨てられた?」
 優しく猫を撫でながら天子峰はどうしようかと思案していた。
「うににゃ〜(ここどこ〜お腹すいた〜)」
「腹が減ったのか? 仕方ないな、ちょっとだけなら中に入れても大丈夫かな…ふむ」
 そういった天子峰のセリフに猫が顔を上げた。
「にやっ?(オレの言葉分かるの?)」
「ん? ああ何となく、な」
 その猫の声に答えるように頷くと、天子峰は仕方なしに猫を胸元にぶら下げたまま(離れないので)紙袋片手に無限城へと入っていった。


「お帰りなさい。ずいぶん遅かったから心配したよ」
 そういって出迎えたのは現在の『無限城の王』MAKUBEX。
 MAKUBEXは天子峰の胸元にぶら下がったままの物体に目を留めた。そしてその猫を指差して聞いてくる。
「どうしたの? その猫」
「入り口で鳴いててな。どうやら腹が減ったらしいから何か食わしてやろうかと思ってな」
「ふーん」
 MAKUBEXはゆっくりと猫に手を伸ばして少し撫でてみた。毛並みが柔らかくて気持ちいい。そっと持ち上げようとすると別段抵抗するでもなくMAKUBEXの腕の中にすっぽりとおさまる。
「わー、かわいい」
 どうやら気に入ったらしい。猫の方も悪くはないらしくされるがままになっていた。
「ねえ。この猫ここで飼っていいかな?」
 突然のMAKUBEXの申し出に天子峰が目を見開いた。
「おい、ここは無限城だぞ。色々危ないことだってある。こんなところで猫を飼うなんて……」
 その天子峰の言葉にMAKUBEXはにこっと笑って見せた。
「大丈夫だって。ここには野良猫だって沢山いるんだし、猫にとってそう悪い環境でもないはずだよ」
「うにゃん!(オレもともと野良猫だから大丈夫!)」
 猫にまで力強く断言されて天子峰はがくっと肩をおとした。
 そうまで言われて反対できるほど天子峰も大人気なくはないし。それに現在のここの主はMAKUBEXの方だ。
 そういう訳で、しぶしぶだがここで猫を飼うことを認めるしかなかった。
「わかった……ただし、条件がある。MAKUBEXがちゃんと世話するんだぞ」
 その天子峰の言葉に一人と一匹はとても喜んだ。
「わかってる。ありがとう!」
「にゃ〜っ(わ〜い)」
 無邪気に喜ぶ一人と一匹を眺めつつ天子峰は大きな溜め息をついた。


end