第一話 出会い編
オレの名前は美堂蛮。
見りゃぁわかんだろ、ネコだ。
ここらへんはもともとオレの縄張りじゃねーが、この辺りでオレより強いヤツはもういねーだろうな。
売られたケンカは買う主義だし、なんたってオレは無敵だしな。
そのオレ様も今回ばかりはドジっちまったぜ。
襲い掛かってきたヤツを返り討ちにしたまではよかったんだが、最後の悪あがきでそいつに塀の上から突き落とされちまった。
普通ならこのぐらいの高さの塀、どーってこともなかったんだが運悪く下はゴミ捨て場。着地した時にガラスの破片で右の前足をケガしちまった。
まったくツイてねーにも程があるぜ。雨まで降り出しやがった。
そんな時、アイツと出会ったんだ。
邪馬人と。
◆◆◆
土砂降りの雨が視界を悪くさせていた。
もう夕暮れ時だ。厚く垂れ込めた雨雲のせいで太陽の光が届かず、暗くなるのがいつもより早く感じられる。
そんな雨の中、傘を片手に工藤邪馬人は家路を急いでいた。
仕事が片付いたのはついさっき。さあ、帰ろうというところで雨に降られてしまった。
「ついてねーな…」
ぼやきつつ早足で歩いていると、ゴミ捨て場から少し離れた場所に黒い物体が落ちているのに気が付いた。
(車にはねられた動物の死骸か何かか? まあ、ここじゃ珍しくもないが…)
そう思いながら近づく。
猫だろうか、黒い毛並みが雨にぐっしょりと濡れていた。道路に流れている真っ赤な血も、降りしきる雨に薄められて、わずかにその痕跡を残すだけだった。
邪馬人が側までくると、その猫の尻尾がわずかにピクリと動いた。
「! 生きてるのかコイツ」
慌てて傘を差しかけてやり雨を遮る。空いている方の手で猫の首筋をそっと触るとわずかだが鼓動が感じられた。それに、雨にだいぶん体温を奪われてはいたがまだあったかい。
邪馬人は着ていたジャケットを脱ぐと、アスファルトに横たわったままの猫をそっと拾い上げジャケットで包んでやる。そして少しでも、これ以上体温が奪われないようにと、大事そうに胸に抱き先ほどよりももっと早足で家路を急いだ。
「兄貴お帰り」
家に着いた邪馬人は出迎えた妹の顔を見るなり、
「卑弥呼、動物病院を探してくれ。早く!」
と、頼むと自分はさっさとリビングへと向かった。
頭に「?」マークを浮かべつつも卑弥呼はいわれたとおりに電話帳を引っ張り出して取りあえず近くにある動物病院を探した。
リビングに入った邪馬人は持ってきたタオルで猫を拭いてやり、新しい乾いたタオルで包みなおす。猫はまったく鳴かず、弱々しい呼吸を繰り返すだけだった。
「あ、猫! 怪我してんの?」
「ああ、それより卑弥呼。動物病院は見つかったのか」
邪馬人の腕に抱かれた猫を見つつ卑弥呼は頷いた。
「時間外だったけど、電話したらかまわないから来いってさ」
その卑弥呼の言葉を聞くや否や邪馬人は猫を抱いたまま立ち上がりまた玄関へと取って返した。
邪馬人と卑弥呼は雨の中、近くの動物病院へと駆け込んだ。
「ああ、大丈夫…切り傷は深そうですが骨や筋肉に異常は見られませんよ。だいぶん出血もしてるようですが、発見が早くてよかった…」
そう言った獣医の言葉に邪馬人はほっと胸をなで下ろした。
その動物病院の獣医は、時間外だというのに快く猫の診察をしてくれ、念のためにとレントゲンまでとってくれたのだった。
「それにしても、ずいぶんと綺麗な猫だ…どうです、私にこの猫を譲ってもらえませんか?」
突然の獣医の申し出に邪馬人は目を瞬かせた。
きょとんとその獣医の顔を見詰め返す。
獣医はといえば、にこにこと静かな笑顔で二人の返事を待っている。それに対して邪馬人が返事をするよりも早く、卑弥呼が口を開いた。
「ダ、ダメ! あたしが飼うんだもん!」
気が付くとそう口走っていた。
「そうですか、それは残念だ…。
そうそう、化膿止めの薬を出しておきますよ、それと包帯はまめに取り替えてくださいね。二〜三日してからまた診察に来てくださいね…くすっ。では……お大事に…」
そう言い残すと獣医は診察室から出て行った。
「赤屍蔵人…か」
貰った薬の入った袋に書かれている名前を読み上げる。さっきの獣医はどうやら院長だったようだ。
「何か胡散臭いヤツ」
「そうか? ちょっと変わってたけどいい人っぽかったように思うが…
それより卑弥呼。この猫飼ってもいいのか?」
「なんであたしに聞くの? 邪馬人だってそういうつもりで拾ってきたんでしょ?」
「そりゃまぁ…もし卑弥呼が反対しても貰い手ぐらいは探してやろうかなーなんて…」
口の中でもごもごと呟く。
そんな兄の姿を見つめながら卑弥呼はくすりと笑った。
「兄貴、ウチで飼ってもいいよその猫。だってあたしが飼うんだって言っちゃったし…」
「そうだったな。そうと決まれば早いとこ家に帰ろうぜ」
そう言うなり邪馬人は猫を抱きなおしてさっさと早足で先に行ってしまう。
「待ってよ邪馬人」
卑弥呼は急ぎ足で邪馬人の後を追った。
リビングの時計はいつしか深夜を指していた。
家へと帰った後、邪馬人と卑弥呼は猫の容態が気になって、二人で眠る猫の様子をずっと見ていた。
さっきまでは二人とも起きていたのだが、流石に仕事の疲れからか邪馬人はソファーに身体を預けてうとうとしはじめていた。
「あ、兄貴。猫が目覚ましたよ」
「! え? 何、なに?」
突然の卑弥呼の声に、眠りの淵に片足を突っ込んでいた邪馬人が慌てたように辺りを見回す。
そんな邪馬人の様子にくすくすと笑いながら卑弥呼は、目が覚めたばかりの猫を両手でそっと抱き上げて邪馬人の目の前に差し出した。
「ほら、猫。起きたよ」
「なーっ(よう)」
「よかった。けっこう元気そうじゃねーか」
「にゃ、にゃーっ(あ、コイツ覚えてる。オレを助けたヤツだ)」
思いのほか元気そうに鳴く猫に安心したのか邪馬人は指先で猫の喉を撫でてやる。目の前の猫と目が合った。
その猫は綺麗な深い藍色の瞳をしていた。
「綺麗な目してんな」
「あたしもそう思った」
すると猫がふいっ、とそっぽを向いた。
「な゛―っ(目の話はすんな)」
不服そうな響きで鳴き返す。
「くくっ、その話は嫌なんだと」
邪馬人の言葉に卑弥呼と猫は同時に邪馬人を見た。
「兄貴、猫の言ってること分かんの?」
「にゃっ? (オレの言葉分かんのか?)」
そのあまりにもそろった仕草におもわず笑い出す。
「おまえらなんか似てんぞ」
なおも笑い続ける邪馬人に、むうっとむくれつつ卑弥呼は同じ質問を繰り返す。
「ねぇ。さっきの答えは?」
「ああ、猫の言ったことが分かるかどうかってやつだろ。答えはだいたいは分かるってトコだな」
そんな邪馬人の腕に猫が左の前足を押し付けて鳴いた。
「にゃー(腹が減った)」
「腹が減ったってさ」
「わかった、ちょっと待ってね」
そういって立ち上がった卑弥呼を見送りつつ、
「うにゃ、にゃぅ…(まっ、命の恩人だしな…しばらくはお前らの飼い猫になってやるよ。ありがたく思えよな)」
などと言ってのけ、だいたいの意味が分かった邪馬人が隣で一人げらげらと笑い転げていた。
end