〜士度編〜
何の前触れもなく、突然子供の姿になってしまったのは数十分前……
怒りにまかせて『HONKYTONK』から飛び出してきたものの――蛮は早々に問題にぶち当たっていた。
「つ……疲れた……」
店からここまで歩いて移動していたのだが、いかんせん。身体が子供化したのにともなって、体力も子供並みにまで落ちてしまっていた。コンパスが短くなったこともあり、店からそれほど遠くに来たわけでもないのに蛮はすっかり疲れきっていた。
「使えねぇな……この身体……」
ぜはぜはと荒い息を吐いて手近な壁に寄りかかる。自分の身体に文句をつけていると、道の向こうから見慣れた人物が歩いてきた。
一人はビーストマスター冬木士度。もう一人は盲目の天才バイオリニスト音羽マドカと彼女の飼っている犬――名は確かモーツアルトといったか。
仲良さげに歩いてくるその二人(と一匹)を見ていた蛮の脳裏にふとひらめくものがあった。
ニヤリ。
どうやら面白いイタズラを思いついたらしい。一瞬、黒く先のとがった悪魔のシッポが見えた気がする。
蛮はこっそりとほくそ笑むと、もたれていた壁から身体を離した。
自然な様子を装って士度たちへと近づいていく。そして、士度とすれ違う瞬間――
「パパ!」
だきっ!
おもいっきり士度に抱きついた。身長が低いため士度の腰の辺りにしがみついているような格好になる。
「うぉ!? な、なんだこの子供?」
突然抱きついてきた子供に驚いた士度が思わず立ち止まった。それにつられてマドカも何事かと立ち止まる。
「パパ!」
蛮がそう言いながらぎゅっと抱きつくと、あまりに突然の出来事にパニックをおこした士度がワケのわからないことを口走り始めた。
「マ、マドカ? い、いや誤解だ! オレは子供なんて産んだ覚えはねぇ!」
当たり前だ。男が子供を生めるはずがない――だが今の士度にはその一般常識が思い出せないほどパニックに陥っているようだった。
蛮の予想通り――いや、それ以上にあたふたと慌てふためいている士度の様子に思わず笑がこみ上げてくる。
「くくっ」
かみ殺しきれなくなった笑い声が口から漏れる。だがそれも混乱している士度の耳には入っていないらしい。
「ちがうんだマドカ! ってゆーか本当に知らないんだ!」
両手を大きく振り、必死にマドカへの言い訳のような意味のわからない言葉をわめいている。
「…………あの」
士度の混乱ぶりに困惑しながらも、マドカはおずおずといまだに士度に抱きついたままの蛮に向かって声をかけた。
「何してらっしゃるんですか? 蛮さん」
「へっ!?」
わたわたとしていた士度の動きが、間の抜けた声とともに止まった。
そのまま視線を下に下げて、自分の腰にしがみついている子供を見下ろす。
蛮と目が合った。
「……………………」
「……………………」
しばしの沈黙。
「み、美堂〜〜?」
素っ頓狂な声が上がった。
「ちっ、やっぱ嬢ちゃんはだましきれねーか」
舌打ちしつつ、さっと士度から離れて距離をとる。
「オイ、どーゆうことか説明しろよ! だいたいなんで子供なんかに……」
士度の言葉をさえぎって、一言。
「企業秘密だ」
「なんだと!?」
その答えにいきりたつ士度にむかって蛮は意地悪くにやりと笑って、
「そうそう、結構面白かったぜテメーがあわてふためく姿ってのもな! じゃーな」
そう言って、くるりと士度に背中を向けると蛮はだっと駆け出した。
士度をその場に残して――
「おい待て美堂〜!」
走り去る蛮の背中に向かって怒声が飛ぶ。
その後、街中に士度の罵詈雑言が聞こえたとか聞こえなかったとか……
end