「あーあ、いい天気だなー。こんな日はどこかに行きたくなるよね。……ビラ配るのサボると後で蛮ちゃんが怖いけど……」
立ち並ぶビルの隙間から見上げる空は青空。吹いてくる風もやわらかいこんなぽかぽかと暖かい日はついどこかへ出かけたくなってくる。そんな絶好の行楽日和……だが、GetBackersのお二人さんは今日も相変わらず、ビラ配りに精を出していた。
それでもあまりの天気のよさにつられてついつい手が止まりがちになってしまうのは仕方のないことで……後で蛮になんて言おうかな、とぼんやりしていた銀次の緑色のベストの裾が急に重たくなった。
「?」
不審に思いベストを見下ろすと、服の裾をしっかりと握っている小さい手が見えた。その手の先を辿っていくと――人懐っこく笑う小さな女の子と目が合った。
「えへへっ」
銀次を見上げにっこりと笑う女の子。頭の左右で二つにくくった長い髪が、女の子の動きに合わせてぴょんぴょんと元気よく動く。
「あー、えっと……」
銀次が声をかけようとするよりも早く女の子が銀次に聞いてきた。
「お兄さん、なにしてるの?」
「あ、その……ビラ配りです」
答えに困った銀次が手に持っていたビラを一枚、女の子に掲げて見せる。
「うーっ。よくわかんない〜」
女の子の文句に、銀次は丁寧にビラの内容を説明する。
「うーんと、じゃあ。何でも屋さん?」
「ちょっと違うんだけどね。取られたものを取り返すのがおシゴト」
「ふーん? よくわかんないや」
そうやって銀次が女の子と話していると後ろから伸びてきた拳骨が、ぽかりと銀次の頭を叩いた。
「イターい」
「おいこら銀次。何サボってやがる!」
あわてて振り向くと、銀次と同じくビラを片手に持った蛮が仁王立ちで立っていた。
「ば、蛮ちゃん。あのね女の子が……」
銀次が説明するより早く、とうとつに女の子は蛮に向かって飛びついた。
「パパ!」
「うえぇぇ?」
「あああぁ?」
その女の子の行動に驚いた蛮と銀次が目をむいたままで硬直していると、
「ねぇ、真穂のパパでしょ? パパ!」
女の子、真穂といったが。その真穂ちゃんは蛮に抱きついたままで必死に言ってくる。
「蛮ちゃん………」
「何だ銀次その目は! オレに子供なんぞいてたまるか!」
ジト目で蛮を見つめてくる銀次を怒鳴り飛ばしてから、蛮はいまだに抱きついてはなれない真穂を見下ろして、
「……なあ、なんでオレがアンタのパパなワケ?」
「えーっ、だってパパは、髪がくろくて、背がたかくてサングラスしてて……えーっとそれから……」
「あのな、その条件だったら、この街だけでも掃いて捨てる程いるぞ! ったく……」
「えー? ちがうの?」
「当たり前だ! だいたいオメーいくつだよ」
「真穂はね。こんど一年生!」
「ってことは5、6歳か。オレは18なの。どう考えてもおかしいだろ!」
そういわれて真穂はしぶしぶ蛮のシャツから手をはなした。
「えっとさ、真穂ちゃんだっけ、パパの顔覚えてないの?」
やっと正気に戻った銀次が優しく話しかけると真穂はちょっとしょんぼりしながら、
「ちっちゃいときはいっしょにいたけど、今はいないの。だいぶん会ってないからあんまり顔とかおぼえてない……」
「やっぱり当てずっぽうだったのか」
蛮の言葉に、泣き出しそうになった真穂を銀次が必死に慰めた。
「あのさ、蛮ちゃんも悪気があったわけじゃないんだよ。ほら、ちょっと言い方がきついだけでさ。本当は優しいとこもあるんだよ」
銀次の必死さをよそに、さっきまで泣き出しそうだった真穂は何か思いついたのか
にっこりと無邪気な笑みを浮かべて銀次を見上げた。
「そうだ、いいこと思いだした」
「?」
「お兄さんって、なんでもとりかえしてくれるんだったよね?」
「ん、で。真穂に一体何をどう説明したのかな? 銀次クンは」
蛮の冷たい言葉がぐさりと銀次に突き刺さる。
真穂の『依頼』とやらで現在、銀次と蛮+真穂の三人は遊園地に来ていた。
絶好の行楽日和のためか、休日ほどではないにしろ結構な人出で賑わっていた。子供たちのはしゃぐ声に混じって真穂の声も聞こえる。
「蛮お兄さん! 銀次お兄さん!」
声のする方を見てみると、ご機嫌でメリーゴーランドに乗った真穂が二人に向かって小さい手を一生懸命に振っていた。銀次が手を振り返してやると嬉しそうにまた手を振る。
「ったく。何が『楽しい思い出を取り返してくれ』だ。ようするに遊んでほしかっただけだろうが」
メリーゴーランドのすぐ脇にあるベンチに腰掛けぶちぶち文句を言いながら煙草を吸っている蛮に対して銀次はと言うと、
「ほら、でもさ。真穂ちゃんだってお父さんと会えなくて寂しかったんだよきっと。それに依頼料だってくれたしさ」
「ああ、たしかにな。全額前払いで頂いたぜ、五百円。……ボランティアじゃねえってーの」
「……ごめんね蛮ちゃん」
「オメーのごめんは聞き飽きた。ま、乗りかかった船だから今日一日は我慢してやるけどな」
「ありがとう蛮ちゃん!」
蛮は満面の笑みで笑う銀次から照れたようにぷいっと視線を外した。
次から次に出てくる真穂のリクエストに蛮と銀次はすっかり疲れてしまった。だが子供は元気だ、ひっきりなしにあちこちに走っていく。
「蛮お兄さん! 真穂ね、こんどはあれにのりたい!」
「つぎ、あれね。いっしょにのろう蛮お兄さん!」
そして一緒に乗り物に乗るのはほとんどが蛮。
真穂が『蛮と一緒がいい』というのだから仕方がない。
「ジェットコースターにのろうよ!」
「あれは駄目だ。年齢制限があるだろうが」
「えーっ」
なんだかんだ言いながらも蛮は結構面倒見がよかった。
甘えても怒られないと分かってからは、真穂はよりいっそう蛮にべったりだ。だが、銀次としてはこれが面白くない。
「うまいか?」
「うん」
ベンチに腰掛けて三人でアイスクリームを食べていても、銀次はろくにアイスを味わう余裕も無かった。
「………………」
「ほら、口の周りについてるぞ」
「ん」
なんて言いながら真穂の口を拭いてやる蛮を見て、ちょっと羨ましかったりイライラしたり――自分の心が全然わからなくなってきた。
(蛮ちゃんは真穂ちゃんのパパじゃないのに〜)
子供相手に大人気ないとは思いながらも、イライラはおさまってくれない。一人でぐるぐるまわっていると、
「何してんだ銀次? 次行くぞ」
声をかけられて振り向いた先、真穂と手を繋いで先に歩き出した蛮の背中が目に入った。――それを見て銀次はちょっとヘコんだ。
(ずるい。オレだって蛮ちゃんと手を繋いで歩いたことなんて、あんまりないのに……)
子供相手に本気で悔しがっている自分を自覚して――さらにヘコむ。
「銀次、さっさとこいよ」
「…………今行く」
自分を呼ぶ蛮の声に促されて重い腰を上げると、銀次はのろのろと蛮と真穂の後を追った。
最後に三人で観覧車に乗った――これも真穂のリクエスト。
「うわー、たかーい」
窓に張り付くようにして夕焼けに染まる外の景色を眺める真穂の背中を蛮が微笑ましく見守る。その横でちょっと眉間にしわがよったままの銀次もなんとなく窓の外を見ていた。
「何むくれてんだよ銀次」
小声で蛮に指摘されて銀次も慌てて小声で返した。
「べ、べつにむくれてなんか……」
「眉間にしわよったままだぞ」
「!」
「この依頼受けようって言い出したのはお前だろうが」
「……………」
無言でだんまりを決め込んだ銀次に対して、蛮はひょいと肩をすくめて見せた。
「まあ、いいけどな」
そのとき、二人の耳に真穂の呟きが聞こえた。
「こんどは、パパとママと三人で来たいな……」
ポツリと漏れた言葉に、真穂の心の内が透けて見えたような気がした。
「遊園地につれてってくれてありがとう!」
真穂を家まで送っていった銀次と蛮は、玄関の前でこっちを振り返りにっこりと無邪気に微笑む彼女を見送っていた。
「真穂! いったい今までどこに行ってたの!」
その時、玄関の扉が勢いよく開き母親らしき女性が駆け出してきた。真穂の無事な姿を確認するとその小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「ただいまママ。『だっかんや』のお兄さんたちと遊園地にいってきたの!」
真穂は今日一日の出来事を小さな手をいっぱいに広げて懸命に母親に話して見せた。
「そうだったんですか。うちの子が御世話になりました」
母親は先に真穂を家に入らせると、蛮と銀次に向かって丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず」
つられて銀次も頭を下げる。
「父親がいなくて母一人子一人で、あの子も寂しかったんでしょう。私も仕事が忙しくてあまりかまってもやれませんし……」
それじゃあと蛮が銀次を促して帰ろうとしたとき、母親が二人を呼び止めて茶封筒を手渡してきた。
「あの、これ?」
「真穂の依頼料です。少ないですけど、どうぞ受け取ってください」
そういって母親は真穂にそっくりな笑顔でにっこり笑った。
「まあ、なんにしろタダ働きにならなくてよかったじゃねーか」
真穂の母親から貰った茶封筒の中には3万円が入っていた。危険もまったくないバイト料としてはけっこういい額かもしれない。
「まだむくれてんのか銀次?」
「べつに……もう済んだ事だしね」
「?」
(そうだよ、真穂ちゃんは今日だけなんだしさ、いつも蛮ちゃんの隣にいるのはオレだけだもんね)
黙りこんだ銀次の様子をいぶかしむ蛮をよそに、銀次は何かを吹っ切るようにぐっと拳を握り締めて力一杯いった。
「蛮ちゃんはオレのだもん!」
「はぁ?」
end