「銀ちゃん、お誕生日おめでと〜!」
「ありがとう!」
にぎやかな声が店の中から聞こえてくる。
今日は銀次の誕生日。せっかくだから、と夏実が波児と蛮を説得して店で誕生日パーティーを開いてくれたのだ。
「はい。これあたしからのプレゼント」
「ありがとう夏実ちゃん!」
夏実からきれいにラッピングされたプレゼントをもらった銀次は、嬉しくてたまらないのかそわそわと落ち着きなくプレゼントと夏実の顔を見比べてたずねる。
「ねえねえ、開けてもいい?」
「もちろん」
「わーい」
にっこりと笑った夏実に負けないくらい銀次もにっこりと笑い返してからプレゼントの包みを開く――中から出てきたのは、缶入りのクッキーとおそろいのマグカップがふたつ。
「あ、おんなじカップがふたつ。もしかしてペア?」
「うん。蛮さんのと銀ちゃんの分ね」
「わー。ありがとう夏実ちゃん!」
笑顔で礼を言う銀次につづいて蛮も礼を言った。
「夏実さんきゅ、な」
「そうだ、蛮さんからのプレゼントは?」
思い出したように夏実がたずねると、銀次は得意げに胸を反らせた。
「蛮ちゃんからはもうもらったもんねv」
銀次がちらっと蛮のほうを見ると、蛮はなんだか照れくさそうにそっぽを向いて、
「ここでその話すんな」
「へへっ」
「オレからのプレゼントはこれだ」
そう言って、奥から姿をあらわした波児が手にしているのは――寿司。
「今日はオレの奢りだ」
気前よくそう言ってテーブルに寿司を置いていく。
「わーいありがとうマスター!!」
「わりーな、波児」
「マスターあたしも食べていいですか?」
「もちろん」
みんなでわいわいと寿司を食べていると、店の入り口のドアが開いた。
「すいませーん。お届け物です」
「は、はーい」
もぐもぐと口の中の物を飲み込んでから慌てて夏実が応対に出る。
荷物を受け取り、運送業者を送り出してから、夏実は改めて手の中の小包に視線を落として首をかしげた。
「うーん……あれ?」
「誰から?」
「それが……送り主が書いてないんですよ」
波児に小包を手渡す。波児はしばらくそれを眺めていたが、届け先のところに小さく『天野 銀次様』と書いてあることに気付いて銀次にその小包を渡した。
「ほれ、お前宛だ」
「ええっ!? オレ?」
予想もしない届け物に銀次は驚いた声を上げた。蛮が横から銀次の手元を覗き込んで送り状を確かめたが――間違いなく『天野 銀次様』と書いてある。
「開けてみろよ銀次。中になんか書いてあるかもしんねーしな」
「そう?」
蛮にうながされるままに小包の封を開けると――中から出てきたのは、赤ワインのボトルと箱に入ったチョコレートがひとつ。
「ワインとチョコ?」
「ん? カードが入ってるな」
銀次と一緒に箱の中を覗き込んでいた蛮は、箱の隅に挟まっていたカードに目を留めた。
「どれどれ、えーっと……
『銀次さん。
お誕生日おめでとうございます。
これはボクからのプレゼントです。
もしよければ試してみてください。
MAKUBEXより』
……だとさ」
「MAKUBEX、オレの誕生日覚えててくれたんだ……」
何となくほろりとしている銀次をよそに、蛮は赤ワインを手に取ると勝手に封を切ってしまう。
「蛮さん、それ銀ちゃんのプレゼント!」
たしなめようとする夏実を、わかってるって、と手で軽くあしらいながら蛮は勝手に食器棚からグラスを四つ出すとワインを注いでしまう。
「いいのか銀次。プレゼント勝手に食われちまうぞ?」
新聞を読みながら事の成り行きを見守っていた波児が銀次を振り返ると、
「ん、ふぁかってふ。もぐもぐ……」
銀次はワインと一緒に入っていたチョコレートを食べるのに夢中だった――結構大きなそのチョコレートをひと口で食べたためうまくしゃべれないらしい。
「それじゃ銀次の了解もとれたってことで……」
と、勝手に決めて蛮はグラスをみんなの前に置くと、
「乾杯!」
蛮のセリフに思わずほかの二人もつられて、
「乾杯」
と、グラスを傾け始めた。やっとチョコを食べ終わった銀次も他の三人と同じようにワインの入ったグラスに口をつけて――
「?」
「??」
最初にその異変に気が付いたのは――銀次だった。
「マスター、どうしたのそれ!」
ビシッと指を差されて波児がきょとんと銀次を見返す。
「何が」
「それ、その…む、胸が……」
「胸?」
言われるままに自分の胸元を見下ろした波児の動きが、しばし止まった。
「はぁ? なんだこれ?」
波児の胸が――シャツの上からでもわかるほどに――女性のようにふっくらと盛り上がっている。
「イヤー! なに!?」
夏実の声だろう――悲鳴に、銀次が驚いて声のしたほうを振り向くと、夏実がスカートの裾を両手で握り締めて涙ぐんでいる。
「ナニこれ? ないはずのモノが生えちゃった……」
泣きそうなその声も、いつもの彼女の声に比べてやや低いような気が……
「もしかして夏実ちゃん……男になっちゃったの!?」
銀次の問いに、夏実がびくっと過剰な反応を返す。
「じゃあ、オレは女になっちまったってワケか?」
そういう波児の声は女性のように高くなっていた。
「そうだ。蛮ちゃんは大丈夫?」
急いで蛮の姿を探すと、自分の胸を鷲掴みにしてビシッと凍りついている蛮の姿が……
「ば、蛮ちゃんも女の子になっちゃったの!?」
銀次が狼狽して蛮に抱きつくが――いつもとは違うその柔らかな感触に、思わず慌てて飛び退いた。
「!!!!」
(蛮ちゃんが――蛮ちゃんが女の子? なぜ? なんで女の人?)
ぐるぐると意味不明の考えが銀次の頭の中を駆け巡る。
両手をわきわきさせながら考え込むその様は、傍から見ているとただの変な人だが本人はいたって真剣そのものだった。
(いつもとは違う感じ……普段より一回り小柄になった感じだし、抱きついた時のやわらかい身体とか……腰もいつもより細いし……蛮ちゃん、けっこう胸大きかったよなー……)
どんどん脱線していく銀次の思考を止めたのは、やっと我に返った蛮の絶叫だった。
「なんだこりゃー!!」
その叫び声も女性のように高い。
「おい銀次、どういう事だ!」
すぐ側にいた銀次の胸倉を左手で掴み上げ――ようとして失敗した。腕力も女性並みにおちているようだ。
「蛮ちゃん落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
まだ胸倉を掴んだままの(持っているだけといった感じだが)蛮をなだめようと銀次が声をかける。
「ねぇ、とりあえずMAKUBEXに連絡を……」
「! そうだ……行くぞ銀次!!」
何かを思い立ったのか、急に銀次の服から手を放すと、蛮は入り口に向かって駆け出した。
「どこ行くの蛮ちゃん?」
「無限城だ!」
その答えを聞いた銀次は、大慌てで蛮の前に走りこむとその行く手を阻んだ。
「ダメだよ! あそこは危ないやつらがいっぱいいるんだよ! いまの蛮ちゃんは、すっごい可愛い女の子なんだからどんな悪い虫がつくか……」
ガスッ!
「うわっ」
銀次が言い終わる前に蛮の足が伸びてきて銀次の膝の後ろ側を器用に蹴り飛ばす。予想外のひざかっくん攻撃を受け、前のめりに膝を付いた銀次の頭の上を、軽々と飛び越えると、蛮はそのまま店から飛び出して表の通りへと走り出した。
「待ってよ蛮ちゃん。一人は危ないってば!」
急いで立ち上がると銀次も蛮を追って走り出す。
「あいつら元気だねー」
いつのまにか――女性になってしまったことまったく気にしていない様子で――椅子に腰を落ちつけてのんびりと新聞を読んでいた波児がそう呟いた。
「何のんびり新聞なんて読んでるんですかマスター! あたしたち性別が変わっちゃったんですよ!!」
波児の態度にキレた夏実がテーブルに置きっぱなしになっていた問題のワインの入っていたからっぽの小包をぶんぶんと振り回す。すると、ひらりと一枚のカードが落ちてきた。先ほど蛮が読み上げたMAKUBEXからのメッセージカードのようだったが、その裏側にもまだなにか文字が書かれているようだった。床に落ちてしまったそれを夏実が拾い上げる。
そのメッセージカードの裏側には、
『追伸
ちなみに、この性転換の薬の効果はしばらくたてば消えるので、
安心してください。
すぐに効果を消したい時は、一緒に入っているチョコレートを
食べてくださいね。
ちょっとした余興、楽しんでもらえましたか?』
と書かれていた。
「…………………」
「……………まあ、なるようになるだろう」
そう言うと、波児はまた新聞を読む作業へと戻っていった。
「………………」
マスターは大人だ……
なぜか、漠然とそう感じた夏実だった。
end