酔っ払い

 いつもの喫茶店のいつものカウンター席。
 しかしそのカウンター席では――なぜか銀次がカウンターに突っ伏して寝ていた。
 店にやって来た蛮は眠りこけている銀次以外、店に誰も人がいないことに首をひねりつつ取りあえず銀次を起こそうと相棒の肩をつかんで軽く揺する。
「おい銀次起きろよ」
「んーっ………もー飲めない……むにゃ、むにゃ……」
「うわっ、酒くせーなコイツ」
 ころんとこっちをむいた銀次の吐く息は酒の臭いがした。
 パタパタ。
「ん?」
 奥の階段を駆け下りる音がしたと同時にバタンとドアが開き、夏実が走りこんできた。
「あ、蛮さん! よかった〜来てたんですね。もうどうしようかと……」
 蛮の姿を見つけるや否や一息にそう言う夏実の勢いにやや押されながらも、蛮はカウンター席で酔いつぶれている銀次を指差して尋ねた。
「それはそうと、あれは一体どーしたんだ?」
「それが……その」
 急に言葉をにごす夏実。
「それがどうした?」
 蛮が先を促すと夏実はおずおずと口を開いた。
「銀ちゃんったらマスターがこっそり隠してたお酒、勝手に全部飲んじゃったんです……」
 どうしよう……と夏実に上目遣いで言われて蛮も頭を抱えた。
 よく見れば、銀次の足元には高級そうなブランデーの瓶が何本も転がっている。
「これ、全部一人で飲んだのか?」
「……たぶん。ツケ増えちゃいますね…」
 しんみりと夏実に言われて返す言葉もない。
 これだけの量のブランデー――ましてや波児の秘蔵の品――いったいいくらするかなんて考えたくもない。
「……………………」
 無言で頭を抱える蛮の横では、ようやく目が覚めたのか銀次がのろのろと起き上がっていた。
「むぅ〜?」
 ぼんやりとした顔で店内をきょろきょろと見回している。
 ――あきらかに酔っ払ってるな――
 銀次のその様子に、蛮はどうしたものかと頭を悩ませていた。
 その間に、酔っ払いの銀次は夏見を見つけたようだった。
「あ〜っ。夏実ちゃんだ〜〜」
 言いながらがばっと夏実に抱きつくと、銀次はその頬にちゅっ、とキス。
「ななななっ! 銀ちゃん?!」
 頬を押さえて慌てふためく夏実にむかってへへへっ、と笑うと、銀次はもう一度夏実の頬にキスをしようと顔を近づけた――途端。
「ていっ!」
 蛮に襟首をつかまれて引き剥がされた。
「あ〜〜っ。蛮ちゃん!!」
 その時になってようやく蛮の存在を認識したのか、銀次は嬉しそうに今度は蛮に向かって飛び掛っていった。
「わ〜い。蛮ちゃんだ〜!」
 ぎゅ〜ぅ。
 思いっきり首にしがみついてくる。
 そして、蛮の頬にもちゅっ、とキスをしてきた。
「おいこら銀次!」
 しかし蛮の怒声もどこ吹く風。
「蛮ちゃんーv」
 にへらっと笑うとまたぎゅーっと抱きついてくる。
 しかし、しばらくすると眠気に負けたのか、その腕にこもる力がだんだん弱くなっていった。
「蛮ちゃ…ん……すぴーっ……」
 そのまま眠ってしまった銀次を無理やり引き剥がして、取りあえずボックス席のイスに寝かせる。
「なぁ、何か二日酔いに効く薬とかある?」
「上にあると思う。ちょっと待ってて見てくるから」
 そう言うと夏見はまた奥に入っていった。
(どーすっかなコレ。波児に見つかるのは時間の問題だ…ってゆーか、この件については素直に謝るしかねーよなー……たぶん)
 それよりも、完全な酔っ払いと化した銀次がいったいこの次、どんな奇行に出てくるか予想もつかない。前にみんなでビールを飲んでいた時は量がたいしたことなかったせいか、それほど酔って暴れていたような記憶はない。が、すでに第一の犠牲者(夏実)に続いて第二の犠牲者(自分)を出したこともあり、このまま素面に戻るまでここにいたら、たまたま入ってきたほかの客に迷惑がかかる恐れもある。
 ――士度や花月なんぞが来ようものなら何といって責められるやら…想像するだけで怖い……
「蛮さん。コレでいい?」
「おお、サンキュ」
 夏実が持ってきてくれた液○ャベをスラックスのポケットにねじ込むと、蛮はぐーぐー寝こける銀次の腕をつかんで引き起こすと、そのままよいしょ、と背負う。
「蛮さん?」
 不思議そうに見上げてくる夏実に、
「悪いな、夏実。銀次の酔いが覚めるまでしばらくどっかで時間潰すから、波児にはうまいこと言っといてくれ」
「えーっ!」
 当然のごとく抗議の声が上がる。夏実としては波児に一緒に謝ってもらおうと思っていただけに、ここで逃げられては大変! とばかりに必死で蛮に食い下がった。
「マスターになんて言うんですか!」
「銀次がほかの客にからんだり、突然暴れだして店の備品が壊れるよりましだろ?」
「うっ……」
「じゃ! そーゆー事で後よろしく!」
 痛いところを突かれて夏実がひるんだスキに、蛮は銀次を背負ってさっさと店を出て行ってしまう。
「ずるーい! 蛮さんのばかぁ!!」
 一人店に取り残された夏実の悲痛な叫びが、誰もいなくなった店内にこだました。


end