始まりは……
−2−

「いらっしゃい」
 無限城の最奥では朔羅がにこやかに二人を出迎えてくれた。
「で、小僧のハナシってのは何なんだ?」
「それはMAKUBEXに直接聞いてください。奥にいますから」
 と、朔羅は二人を部屋へと案内した。
 部屋の中は少しひんやりとしていた。たくさんあるパソコンが放出する熱を冷やすために空調の温度を低めに設定しているようだ。
 その中央でたくさんのモニターを前に、ものすごい速さでキーボードを叩く一人の少年がいた。この無限城下層階の支配者MAKUBEXである。
「おう小僧、銀次がどーしてもって言うからわざわざオレ様たちが出向いてやったぜ」
「ああ。いらっしゃい二人とも」
 二人が来たのを確認するとMAKUBEXはキーボードを叩く手を休めて蛮たちの方へとやってきた。
「で、何の用だ?」
「ええ、それが……」
 くらっ……
 二人の側にやってきたMAKUBEXは、急にふらついたかと思うと蛮の胸元にいきなり抱きついてきた。
「お、おい小僧! 何の冗談だ?」
 突然のことに慌てる蛮。
「え? どうかしたんですかMAKUBEX?」
 後ろで待機していた朔羅も、突然のMAKUBEXの行動に戸惑いの声を上げた。
「すいません……なんかこう……急にあなたに抱き付きたくなって……」
 いいながらも抱きつく腕にさらに力を込めるMAKUBEX。
 すると蛮の肩の上でまだたれたままだった銀次が、
「そうなんだよね〜今日の蛮ちゃんやけに気持ちいいってゆーか。こー抱き付きたいってゆーか……」
 などと平気で言ってくれる。その銀次の発言に、蛮はふとある一つのことに思い当たった。
 開いている手でポケットに入っている携帯を探り当てて取り出すと、慣れた手つきでボタンをプッシュする。何度目かのコールの後、電話がつながった。
 相手が電話に出た瞬間、
「おいこら卑弥呼!」
「ちょっと蛮!」
 二人の怒鳴り声が重なる。
「…………」
「…………」
 思わず同時に口をつぐんでしまい――しばし沈黙が流れた。
 その沈黙を先に破ったのは、やはり蛮で……
「こら卑弥呼! お前、オレにかけた毒香水……ありゃ何香だ?」
「う゛っ」
 その質問に思わず口ごもった。
 冷汗がひとすじ、つーっと卑弥呼の頬をつたう。
「…………」
 しかし、モノがモノなだけにしらばっくれる訳にもいかなかった。悩んだ末、卑弥呼はしぶしぶ口を開いた。
「――アンタが浴びた毒香水。あれは試作品の眩惑香、相手を惑わし知っている人間だと思わせる毒香水なの。今日のは男にしか効かないっていう調合を試そうと思ってた分で……だからあたしや『HONKY TONK』のバイトの子には影響がなかったってワケ」
 で、それで……とさらに言いにくそうに卑弥呼が続けた。
「普通、あれは少し纏うだけで効果が得られるようにしてあるものだから、その……思いっきり浴びたアンタだと、そのね……なんていうか……どのぐらい効果があるか予想できないのよ」
 その卑弥呼の言い訳めいた説明を聞いて蛮は今、自分がどういう状態にあるのかなんとなく分かってきた。
「おいおいマジかよ。たのむぜ卑弥呼……」
 思わずグチる蛮に卑弥呼は、
「で、でも大丈夫。解毒香で効果が消えるから」
 と、つとめて明るく言ってみせる。蛮は思わずこめかみを指で押さえつつ、
「なあ卑弥呼、解毒香ここまで持ってこいよ」
 苛立ちを何とか押し殺している気配が携帯越しに感じられた。
 もともと、少しは悪かったかな〜と思っていたりもした卑弥呼は「いいわよ」とあっさりとうなずいた。
「で、それはそうと今どこにいるのよ?」
「ああ。無限城の一番奥だ」
「はあ〜? なんでそんなトコに?」
 思わず呆れ声になる卑弥呼に、
「いから早く持ってきてくれ」
 と蛮は疲れたため息をひとつついた。

◆◆◆


 ――数時間後。
 落ち着きなく部屋の入り口で右往左往していた朔羅は、視界に卑弥呼の姿を認めると弾かれた様に卑弥呼の側へと駆け寄ってきた。
 その綺麗な顔を青ざめさせつつ、卑弥呼に早口でまくしたてる。
「卑弥呼さん早く美堂さんを! これ以上犠牲者が出ないうちに!」
 その朔羅のただならぬ様子に、そんなに大変なことになっているのかと、卑弥呼は少し顔を強張らせた。
 覚悟を決めると、奥の部屋へと続く扉を乱暴に開け放つ。
「蛮!」
 そこで卑弥呼が見たものは――


 胡坐を掻いて床に直に座り込んでいる蛮と、その膝の上でてれっとたれている銀次。
 その銀次の横で、蛮の膝を枕代わりにすこやかな寝息を立てているMAKUBEX。
 そして、蛮の左腕に両腕を絡めて抱きついている(というかへばりついている)笑師。
 とどめに、背中には十兵衛と雨流がもたれかかっていた。
 運悪くこの部屋にやってきた人間(男)の、ほぼすべてが毒香水(眩惑香)を浴びた蛮の犠牲になっているようだ。
「…………男ハーレム状態?」
 思わず、素直な感想をぽつりともらす卑弥呼に、
「いいからなんとかしろ……卑弥呼」
 文句を言う気力もなく脱力しきった蛮がなさけなさそうに助けを求めてくる。膝の上に乗っかられている上に、横から、後ろから抱きつかれて立つに立てない状態なのだ。
 卑弥呼の後ろの方では朔羅が、
「ああ〜MAKUBEXが〜十兵衛が〜」
 と、錯乱してうろたえまくっていた。
 その部屋の惨状(?)に卑弥呼は思わずぷっと吹き出した。
「っ……くくっ」
 必死に笑いをこらえようとしているのか、卑弥呼の肩が小刻みに震えている。
「卑弥呼……いいから、笑ってねーで早く解毒香」
「はいはい」
 蛮の疲れ果てたセリフに卑弥呼は何とか笑いをおさめると、解毒香を使うべく蛮の元へと駆け寄った。

◆◆◆


「けっきょく、もとはと言えばテメーが原因じゃねーか!」
 ばしっ!
「いたーい。ぶつことないじゃん蛮ちゃん」
「うるせー」
 げしっ!
 その後、蛮が正気に戻った銀次に思いっ切りげんこつと蹴りをを食らわせたのは言うまでもない……


end