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薄暗い部屋の中、窓すらないその部屋の真ん中に一人の男が座り込んでいた。
直に床に腰を下ろし、ただじっと虚空を睨みつけている。
わずかに開いたままになっていた部屋の入り口の扉――そこからもれてくる光が、彼の姿を暗闇の中に浮かび上がらせる。後ろからの光に照らし出された男の整った横顔には、苛立ちがはっきりと見て取れた。
男の名は美堂蛮。奪還屋Get Bakersの一人である。
蛮はただひたすらに待っていた――今、彼にできることはそれだけだった。
薄暗い空間。入り口からもれる光の届かない部屋の隅には闇がわだかまり、まるでこの場所だけが闇の中に取り残されたような、そんな錯覚すら覚える。
どれ程の時間が経過しただろうか……
時間感覚すらあいまいで、とてつもなく長い時間が過ぎたような、それでいてまだほんの数十分程しか経過していないような――
じっと待っていることしかできない、その歯がゆさが彼の苛立ちをさらに募らせていく。
「早く……早く来い卑弥呼!」
◆◆◆
――始まりは些細な事だった。
いつもの様に『HONKY TONK』に来た蛮と銀次は、カウンターで一人、皿洗いをしていた夏実を見つけて声をかけた。
「こんにちは」
「波児は?」
「マスターなら買い物です」
皿洗いの手を休めて答える夏実。
「ちっ。しゃーねーな」
蛮は軽く舌打ちをするとわしわしと片手で頭をかく。そんな蛮をよそに、銀次は軽い足取りでカウンターに近寄ってくると、無邪気に夏実に話しかけた。
「ねー夏実ちゃんあのさ、あのさ……」
「え〜そうなんだ」
「そう、それでね……」
二人して、なにやらわいわいと話に花を咲かせている。それを横目に見ながら蛮が何気なく店内を見回すと、奥の席に客が一人。
知り合いだと頭が判断するより早く足が自然とそちらへと向いた。
「よお卑弥呼」
テーブルに近づいてきた蛮に気付いた卑弥呼が軽く手を上げて挨拶を返してくる。
「めずらしいな、何だ? 仕事か?」
「そーゆーワケじゃないんだけどね」
といいつつテーブルに視線を戻す。つられて視線を向けた蛮の目に飛び込んできたのは見慣れない毒香水が入ったいくつかの小瓶。
蛮の物珍しそうな視線に気が付いたのか、テーブルに広げられたいくつかの小瓶を前に卑弥呼が少し得意げに説明してくれた。
「新しい毒香水よ。まだ試作段階だけど……」
蛮がテーブルの上の小瓶をひとつ手に取り軽く振る。
「ふ―ん。で、これの効果は?」
「ああ、蛮が今持ってるそれはたしか――」
卑弥呼が言いかけたその時――
「蛮ちゃ〜ん! あのね!」
蛮の後ろから甘えた声が聞こえた。声と同時に、もはや慣れた衝撃が背中にぶつかってくる。
がばっ!
いきなり背後から飛びついてきた銀次の腕が、運悪く蛮の持っていた小瓶を弾き飛ばした。
カツンと軽い音を立てて壁にぶつかった小瓶の口から、少しゆるんでいたコルク栓があっけなく外れ、瓶の中身が盛大に蛮へと降りかかる。
「うわっ!?」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
思わず慌てる蛮と卑弥呼。だが、銀次だけはなぜかノーリアクションでてれっとたれたまま、蛮の肩にしがみついていた。
「う……ん? なんともないぞ?」
その蛮の答えに卑弥呼は「え?」と急いでテーブルの上の残りの毒香水を確認する。
「えっと……何がかかったんだろう? 本当に大丈夫なの? 蛮」
「おおかた失敗したやつじゃねーの?」
その蛮のセリフに卑弥呼がピクッと反応した。
「そんなことないわよ! たぶん……」
最初こそ強気だったものの、最後の方の言葉は聞こえないほど小さくなっていく。口の中でもごもごと言いながらとりあえず解毒香を、と瓶を探していた卑弥呼の顔がサッと青ざめた。
どうしたのかと卑弥呼の視線の先を見てみると、さっき銀次に弾き飛ばされた瓶の直撃を食らったのか、倒れた瓶がテーブルの下で割れていた。
床にシミを広げつつある香水が、どうやら解毒香(の成れの果て)らしい。
「ど、どーしよう……そ、そうだ。家に帰って解毒香取って来るから待ってなさいよ!」
おろおろとうろたえていた卑弥呼は、蛮にむかってものすごい勢いでそう言い捨てるとダッシュで店を飛び出していった。
「待ってろったってなぁ。オレ今から出かけなきゃなんねーし」
「蛮さん出かけるんですか?」
カウンターで皿洗いを再開していた夏実がのんびりとそう聞いてきた。
「ああ」
蛮はとりあえず卑弥呼への伝言を夏実に頼み、いまだたれたまま蛮の肩にしがみついている銀次を連れて『無限城』へと出かけていった。
→ It continues.