Shape Change

「蛮ちゃん遅いなー」
 ため息とともに助手席のシートを倒して、銀次はごろんと寝転がった。
 半分開けたスバルの窓から見える空は快晴。
 雲ひとつない青空を見上げているとぽかぽかとした陽気に思わずあくびが出た。
 コンコン。
「あ、お帰り蛮ちゃ……ん?」
 窓ガラスを叩く音がして慌てて起き上がった銀次の視界に入ってきた光景は、銀次が想像していたものとはだいぶ違っていた。
 そこに立っていたのは、さらさらのストレートの黒髪。長めの前髪に隠れて目元はよくわからないが、ぶかぶかの白いシャツに、裾をかなり折り返した黒いスラックスをはいた小学生ぐらいの子供だった。
 もしかして知ってる人なのかな? と必死に記憶の糸をたどるが心当たりがない。
「あの………どちら様でしょうか?」
 しげしげと相手を眺めた後、銀次がためらいがちに声をかけると相手の人物は無言でキッと睨み付けてきた。
 その感じがどこかで見たことがあるような、とてもよく知っているような……
 ますます悩む銀次に向かって子供はぶっきらぼうに言った。
「まだわかんねーのかよ? オレだよ、オレ。っ、たく世話の焼けるやつだな……」
 と、片手で前髪をかき上げポケットから取り出したぶかぶかのサングラスをかけて見せた。
「っ! もしかして蛮ちゃんなの!?」
 びっくりしてスバルの助手席から飛び出すと、蛮のそばに駆け寄った。
 近くで見る蛮は本当に小さくて、身長なんて銀次の胸ぐらいまでしかない。白いシャツから伸びた腕なんて折れてしまいそうなほど細かった。
「何でこんな姿になってんの蛮ちゃん?」
 銀次の問いに、蛮は決まり悪げにそっぽを向いた。
 それより、と銀次の質問には答えずに話を切り出してくる。
「いいから、こんぐらいの水晶球を探せ」
 小さい手でテニスボールぐらいの大きさの丸を示して見せる。
「おい銀次。水晶球ってどんなだか知ってんだろうな?」
「う……うん大体」
「よし行くぞ」
 そう言うが早いか、蛮は銀次を引きつれてぶかぶかのシャツを風になびかせて走り出した。


 ………数時間後。
 銀次と蛮は公園のベンチに座り込んでいた。
「蛮ちゃん……ないね」
「くそっ。なんで見つかんねーんだ!」
 イライラしている蛮の横顔をぼけーっと眺めていた銀次は、
(蛮ちゃんってば、ちっちゃい頃から可愛かったんだなー。髪がもっと長かったら十分女の子で通りそう……ま、おっきくなった姿も十分過ぎるほど綺麗だけどね)
 などと、探し物とは全然関係ないことを考えていた。
「――ったよな、今度はそこ行くぞ銀次!」
「え? 何が?」
 急に話を振られて慌てた。蛮の顔を眺めるのに必死になって話を全然聞いていなかったのだ。
「オイ真面目にやれよな! オレが元に戻れるかどうかがかかってんだから」
「ごめんごめん」
 蛮の横顔に見惚れてました。なんて言えなくてとりあえず素直に謝っておく。謝りながら銀次はふと、あることに思い当たった。
「ねえ、ところで蛮ちゃん。そんな姿になったワケ、そういえばまだ聞いてなかったよ?」
「う゛っ」
 途端に口ごもる。なにやら言いづらいらしい。
「蛮ちゃん。理由が分かればほかのいい案だって浮かぶかも。ね?」
 上から優しく見下ろされて、かわいく小首を傾げられて『ね?』なんて言われてしまってはおれるしかなかった。
 しぶしぶ重い口を開きポツリと、
「………マリーアのとこでちょっと…」
「マリーアさんのところだね!」
 それだけ聞くや否や、銀次は小さな蛮をがばっと横抱きに抱え上げてマリーアの店のある通りへ向かって一目散に駆け出した。


 胡散臭げな占いの店がひしめき合う通りを銀次は猛烈なスピードで駆け抜ける。
『カード屋カルタス』と書かれている看板のかかった店の前で急停止すると、銀次は蛮を抱きかかえたままドアが取れそうな勢いで店の中へと飛び込んだ。
 バンッ!
「マリーアさん!!」
「いらっしゃい。そろそろ来るころだと思ってたわ」
 薄暗い店の中央に置かれたテーブルの前に、悠然と座って銀次たちを出迎えたのはこの店の主、マリーア。
「マリーアさん……来るころだと思ってたって?」
 抱きかかえていた蛮をそっと床に立たせてやりながらたずねる銀次の言葉に、先に反応したのは蛮だった。
「ふん」
 不機嫌そうにぷいっと横をむく。その蛮の様子にくすくす笑いながら、マリーアがそっと蛮の側まで近寄ってきた。
「ホント小さくなっちゃってまー。昔を思い出すわ〜」
 嬉しそうに蛮の頭をなでなでする。
 そのマリーアの手を思いっきり振り払って、
「とりあえず、元の姿に戻せよ。水晶球は後で持ってくっから」
 ナリは小さいが態度はデカイ蛮であった。
「ん〜どーしようかな〜」
 頬に軽く人差し指をあててもったいぶるマリーアに対して、銀次がすかさず頭を下げた。
「マリーアさんオレからもお願いします。蛮ちゃんを元に戻してください!」
「あらあら。愛されちゃってるわね蛮。でもダメよ」
「なんでだ!」
「どーして!」
 二人で声をそろえて聞き返してくるその様子に、さらにくすくす笑いながらマリーアが理由を教えてくれた。
「だって、あの水晶球がないと私でも元の姿に戻すのは無理だもの」
 さらりと言うマリーアに蛮が食ってかかる。
「なんだと! んな物騒なモンそこいらにほいほい置いとくなよ!」
「あ〜ら〜。そういうこと言う? もとはといえば蛮が私のコレクションを勝手に持ち出したからこういうことになったんでしょ?」
「ぐっ!」
 ぽんぽんと小さい蛮の頭を軽く叩きながら言い返してくるマリーアに、蛮はそれ以上何も言えなかった。
「ねえマリーアさん。水晶球のある場所って占いでわかんないかな?」
「銀次、急になにを」
「だって水晶球見つけてこないと蛮ちゃんずっとこのままなんでしょ?」
 やけに必死な銀次を見てマリーアはくすりと微笑すると、ぽんと銀次の肩をたたいて机の上に並べられたカードを指し示して言った。
「銀ちゃん。水晶急のある場所ならもう占ってるわ。このカードが示している場所に探し物があるはずよ」
「ホントですか?」
「ええ」
 にっこり頷くマリーア。無邪気にわーいと喜ぶ銀次に向かって蛮が冷たく一言。
「銀次お前、このカードの意味わかんのか?」
「あ゛っ」
 さっきとは一転してズ−ンと落ち込む銀次にマリーアはすくすく笑いながら一枚のメモを差し出した。
「ほらこれあげるから」
「え? あ、地図が書いてある」
「これなら大丈夫でしょ?」
 よーし、と銀次は急に元気になって立ち上がると水晶球を探すべく、小さな蛮の背中を押して店の入り口へと向かった。ドアをくぐる前にもう一度マリーアのほうを振り返って、
「マリーアさん。ぜったい水晶球見つけてくるから蛮ちゃんを元に戻してくださいね!」
 しっかり念を押して店を出て行った。
 一方、蛮はといえばぶつぶつと一人で愚痴っていた。
「ちぇっ。結局タダ働きかよ……」
「でも、もとはと言えば蛮ちゃんが悪いんでしょ?」
「あのなー……」
 わいわい騒ぎながら店から出て行く二人を見送りながらマリーアは、
「蛮ったらホントいい友達を見つけたわね……」
 と、一人満足げに笑っていた。


end