夏祭り
〜十兵衛編〜

 一人の青年が強い決意を胸に、話を切り出すタイミングを計っていた。
 彼の名は筧十兵衛。筧流針術の使い手である。
 だが、なぜか彼はプライベートなことに関してはあまり報われなかった。


「なあ花月」
「んー? なに?」
 風鳥院花月はその長い黒髪を揺らして、読んでいた資料から顔を上げた。
 たまたまMAKUBEXの所に来ていたのだが、後ろからやってきた十兵衛に呼び止められたのだ。
「あ、あの……だな」
「うん?」
 なぜかへんに緊張している親友を不思議に思いつつ、彼の言葉の続きを辛抱強く待ってやる。しばらくしてやっと意を決したのか十兵衛が話を切り出してきた。
「こ……今夜、夏祭りがあるらしいんだが、その……一緒に行かないか?」
 よし言えた……と、十兵衛は内心安堵のため息をついた。
「で、どうだ? 何か用でもあるのか?」
 あらためて花月の返事を聞こうとした矢先、後ろから花月ではない声で返事が返ってきた。
「ほー、夏祭りでっか」
 十兵衛と花月が振り返ると、たまたま通りかかったらしい笑師春樹が腕を組んでなにやら一人で悦に入っていた。
 うっとりとした顔で勝手に一人でしゃべっている。
「いいねぇ、夏祭り。金魚すくいに射的に輪投げ。たこ焼きに綿あめにりんご飴にヤキソバとそれからえーっと、まだまだあるでー……うわっ、めっちゃ行きとうなってしもーたがな。よっしゃ、みんなでパーッといきましょ! そうと決まればMAKUBEXと朔羅はんも誘わなな。よっしゃまっときや」
 一方的にそれだけしゃべると、十兵衛たちの返事も待たずだだだだっと駆け出していった。
「………」
「……笑師?」
 取り残された二人はぽかーんとして笑師を見送った。あまりの展開になにもいえない。
「………………」
 なんともいえない顔で憮然と立ちつくす十兵衛に気づいた花月が、あわててフォローを入れる。
「ほ……ほら十兵衛、みんなで行くともっと楽しいよ! そうと決まれば準備しないと。十兵衛も浴衣着ていくだろ?」
 しらじらしく話題を変える花月。
 一人そそくさと部屋を出て行ってしまった。
 あとに残されたのは、いまだに憮然としたまま立ちつくしている十兵衛のみ。
(久しぶりに花月と二人っきりで出かけたかったのだが……)
 それがこの展開……


 相変わらずプライベートなことに関してはあまり報われない彼。
 こんど彼が報われるのはいつの日か……


end