フシギなつながり

Act.1
−王波児−


 波児はいつものようにHONKY TONKのカウンターの中に座って、のんびりと新聞を読んでいた。今はお客も来ておらず、アルバイトの夏実も出かけているので店にいるのは波児ひとりだけだった。
 店内に流れるBGMと、新聞をめくる音だけがする静かな時間。
 その静かな店内にごく小さな物音がした。
「?」
 顔を上げ、店内を見回すが特に変わった様子は無い。
 聞き間違いかなにかだと思い、波児はまた新聞へと目を落とした。
 すると、また物音がした。
 …カリ
 今度ははっきりと聞こえた。なにかを引っ掻いているような音。
 波児は持っていた新聞をカウンターの上に置くと、ゆっくりと立ち上がった。あたりを見回すと、入り口のドアの下。ガラスの向こう側に小さい影が見え隠れしているのが見えた。
「なんだ猫か…」
 ドアを引っかいていたのは、白黒のぶちの猫だった。鼻の辺りが不細工な形で黒くなっていて、なんだかそれが妙に愛嬌があった。小さかったのでカウンター越しでは見えなかったのだろう。
 その猫は波児がそばに近づいてきても、気にせず小さな爪でドアを引っかいている。波児が仕方なく追い払おうとドアを少し開けると、その隙間からするりと身体を滑り込ませて店内へ入り込んできてしまった。
「お、おい! 勘弁してくれよ…」
 うろたえる波児を尻目に、猫は行儀よく店の床に腰を降ろすと波児を見上げ、
「みやぁ」
 と、鳴いてみせた。
 困ったのは波児の方だ。どうやらこの猫はあまり人を怖がらないようで、じっと波児を見つめたまま動こうとしない。声を出しても、手を叩いてみてもまったく動こうとしないのだ。
「みやぁぁ」
 また猫が鳴いた。
 今度の鳴き声には催促するような響きがある。尻尾をパタパタとふり、態度でも催促しているようだった。
「……わかったよ。腹減ってるんだよな。たぶん…」
 先に折れたのは波児の方。
 仕方なしに冷蔵庫のドアを開けて中を覗く。猫が食べそうな物がなにかあるかとしばらく悩んだ末、スタンダードに牛乳パックを取り出した。食器棚から深めの皿を取り出し、なみなみと注いでやる。
「これ飲んだら大人しく出て行けよ!」
 猫の目の前にミルクの入った皿を置いてやりながら必死に言い聞かせるが、猫は聞いているのか、いないのか。黙々と食事をしていた。
「ほら、もういいだろ。頼むよ、出て行ってくれよ」
 そんな波児に対して、猫は口のまわりについたミルクを満足そうに舐め取りながら一声、
「ニャーァ」
 と鳴くと、開いたままだったドアからのんびりと外へ出て、町のほうへと消えていってしまった。

Act.2
−水城夏実−


 夏実は波児に頼まれた買い物を終え、HONKY TONKへと戻る途中だった。
「うん。忘れ物はないよね」
 メモを確認しながら大きな買い物袋を持ち直す。横断歩道まで差し掛かった時に信号が赤になってしまい足止めを食らったのだ。
「重ーい。早く青にならないかな、ん?」
 ふと夏実の視界にあるものが飛び込んできた。
 車道を挟んで横断歩道の向こう側。夏実のちょうど真ん前に一匹の猫がちょこんと座り込んでいたのだ。
 それは白黒のぶちの猫だった。鼻の辺りが不細工な形で黒くなっていて、なんだかそれが妙に愛嬌がある。その猫がじっとこちらを見つめていた。
 夏実はなんとはなしにその猫を見ていたが、ふと視線が合ったような気がした。
 じー
 じー
 やはり夏実を見つめている。
 じー
 じー
 夏実はその猫に変なプレッシャーを感じてしまい、視線を外すに外せないでいた。
 しかたがなく視線を合わせたままで、そろりと右側へ一歩移動してみた。すると、座っていた猫が立ち上がり二、三歩左へと移動してくると、また夏実の真ん前で立ち止まった。
「うっ……。なんだか動けない…」
 固まった夏実を尻目に、信号は赤から青へと変わる。
 まわりの通行人たちが次々に横断歩道を渡り始める中、夏実はいまだに猫と見つめ合ったままだった
 しばらくすると、向こう側から横断歩道を渡ってきた自転車が、夏実と猫との間を遮るように通過した。
 その一瞬、二人(一人と一匹)の視線が遮られた。
 自転車が通り過ぎて、次に夏実が見たものは、こちらにくるりと背を向けて何ごともなかったかのようにすたすたと人ごみを抜けて裏通りへと続く路地に入っていく猫の姿だった。
 横断歩道の信号は、すでに赤信号へと変わっていた。

Act.3
−天野銀次−


 銀次は裏通りの一角で座り込んでいた。
 食べ物屋の裏の路地。ゴミ袋やダンボール、ビールケースなどが積んであるその物陰に壁に背をつけて座っていた。
「ふーっ。オレ張り込みってニガテなんだよね。どっちかっていうと、殴り込んでいくほうが楽…」
 今回の依頼はダイヤの指輪の奪還。
 その依頼の品を持った奴が、この裏通りにあるビルのどこかに隠れているらしいと蛮が突き止めたのだ。
 現在、二ヶ所にあたりをつけて、二人で手分けして見張っている状態だが、見張りを始めてから二時間が経過。はっきり言って銀次はすでに飽きていた。
「あーあ。退屈だな、誰も来ないし」
 見張りを始めてから出会った人といえば、食べ物屋の店員がゴミを捨てに出てきたぐらいだ。すごく胡散臭げに見られたのでよく覚えている。
 銀次が退屈をもてあまし、本来の見張りの任務を忘れそうになった頃、横手の路地の隙間から一匹の猫が出てきた。
 その猫は白黒のぶちで鼻の辺りが不細工な形で黒くなっていて、なんだかそれが妙に愛嬌があった。
「あ、猫だ。おいで、おいで」
 銀次が呼ぶと、その猫はあまり人間を怖がらないようで、まっすぐ銀次のそばまでやってきた。
「首輪してないってことは……ノラかな?」
 のどを撫でてやると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「かわいいー。人に慣れてるみたいだね」
 銀次は猫の身体の下に手を入れてそっと抱き上げると、座っている自分の膝の上に降ろした。猫は別段抵抗もせず大人しく銀次のするがままになっていた。
 ごろごろ
 頭を銀次の胸にこすり付けて甘えてくる。
「えへへっ。くすぐったいよ」
 ご機嫌で猫と戯れていると、ドアの開く音に次いで足音が聞こえた。慌てて振り向くと、さっきまで見張っていたビルから出てきたと思われる、紺のトレーナーを着た男がジーンズのポケットに手を入れながら歩き去っていくのが見えた。
 ちらりと見えた横顔。
 ターゲットに間違いなかった。
「え? あ!」
 慌てて立ち上がろうとするけれど、膝の上に猫を抱いているため素早く立てない。銀次がもたもたしている間に、男は路地から出て裏通りへと入っていった。何とか追いかけたものの途中で見失ってしまった。
「見失っちゃった。どうしよう……」
 あたりを見ると、さっきの猫ももうどこかへ行ってしまった後だった。

Act.4
−美堂蛮−


 蛮はパチンコ店の裏側の路地に潜み、少し離れた場所にある雑居ビルを見張っていた。
 銀時と二手に別れてから、かれこれ二時間。
 そろそろターゲットが動いてもよさそうなものだが、目の前のビルからはまだ誰も出てきていなかった。
 壁にもたれながらポケットから煙草を取り出し火を点ける。
「これは……、銀次の見張ってる方がアタリかな?」
 煙を吐き出しつつ毒づく。
 蛮が煙草の吸殻を足で踏み消していると、向こうで見張りをしているはずの銀次がこちらに向かって走ってきた。
「蛮ちゃんごめーん! ターゲット見失っちゃった!」
「なにっ!」
 その言葉に蛮は思わず銀次に詰め寄る。
「どういうことだ?」
「こっちのビルにターゲットの男がいたんだけど、裏通りで見失っちゃって…」
「裏通りで? 出てきたところを押さえなかったのか?」
「それが…見過ごしちゃって…」
 銀次の声がだんだん小さくなってくる。
「おい銀次。おまえ…なんかしてただろ? 寝てたとか」
 ぴんときたらしい蛮は鋭く聞いてみた。すると銀次はわたわた慌てて、
「ね、寝てなんかないよ。ちょっと猫がきて…」
「なるほど。それで猫にかまけてて見過ごしたのか」
「うっ」
 自ら墓穴を掘ってしまった。
「まあいい、それに関しては後で追求するとして、だ。問題は指輪の行方だな」
 蛮は腕を組んで考え込み始めた、その横で『すいません。反省してます』的態度でタレていた銀次は、パチンコ店と隣のビルとの隙間からひょっこり顔を出した猫を見つけた。
 その猫は白黒のぶちの猫だった。鼻の辺りが不細工な形で黒くなっていて、なんだかそれが妙に愛嬌がる。銀次にはその猫に見覚えがあった。
(さっきの猫だ!)
 銀次が気がついて近寄ると、猫は一声大きく鳴いて、くるりと後ろを振り向くと、まるで銀次を呼んでいるかのごとく尻尾を振った。
「ん? 何だ、猫か?」
 蛮も猫に気がついたらしい。
「ついて来いってか」
 猫の仕草に何かあると感じた蛮は、銀次を促すとその猫の後をついて歩き始めた。
 最初は普通の裏路地を通っていた猫だったが、だんだん入り組んだ場所へと二人を案内し始めた。生垣をかき分け、塀の上を歩き、フェンスをよじ登る。崩れた壁を乗り越えて猫が案内した場所は、三階建てのボロボロの雑居ビルだった。
 放置されてから、かなり時間が経過しているらしく、入り口のドアは半分外れて内側へ向かって崩れ落ちていた。そのドアをくぐり建物の中へと侵入する。
 猫の案内はビルの中に入ってもまだ続いた。階段を上り三階まで上がると、するりと角の一室に入り込んでしまう。
 そこは、もとはオフィスか何かだったらしく柱があるだけのだだっ広い空間だった。
 その横手、隣のビルとの間にベランダがあった。猫はそのベランダへ迷うことなく出ると、手すりの上に飛び乗ってそこに座り込んだ。
「にゃあぁ」
 二人を呼ぶように鳴く。
 顔を見合わせた蛮と銀次は、仕方なくベランダへと足を踏み出した。
 途端。
 ごばぁ!
 突然ベランダの床がぬけ、蛮と銀次は空中に放り出された。
「うわぁーっ!」
「どわぁっ!」
 老朽化した建物は二人分の体重を支えきれなかったらしい。地上に向けまっ逆さまに落ちる。
「蛮ちゃん!」
 必死に手を伸ばして蛮の腕を掴むと、銀次は力を最大で放出して、ビルの側面に引っ付こうとがんばる。
「もうちょい!」
 銀次の努力の甲斐あってか、少し落下スピードが落ちてきた。
 蛮はほかに出来ることもないので、自分の足元。着地予定地点に目を向けた。するとそこには、どうやら先客がいたらしく、紺のトレーナーの男と黒いスーツの男が、何ごとかと呆然と上を見上げていた。
「ん、アイツは!」
 紺のトレーナーの男の顔には見覚えがあった。依頼の品であるダイヤの指輪を盗んだヤツだ。
「おい銀…」
 ガシャン!
 蛮が銀次の名前を呼び終わる前に落下が終わった。
 落下を止めきれなかったものの、銀次の努力でかなりスピードが落ちていたせいもあって、蛮たちは怪我ひとつせずに無事着地できた。
 ただし、下で呆然と見上げていた二人組はそうはいかない。
 蛮たちと共に落ちてきた瓦礫に埋もれてかなりのダメージを受けたようだ。(まあ、死んではいないだろうが……)
「あ! コイツ!」
 ひっくり返った紺のトレーナーの男を見つけた銀次が、素早くその身体を押さえつけて逃げられないように捕縛する。そして蛮が素早く男のポケットを調べ依頼の品を奪還した。
「うっ……ん! その指輪を渡してもらおうか!」
 さっきまで目を回していた黒スーツの男が、身体を半分瓦礫に埋めたままで態度もでかく言い放った。
「盗れるもんなら取ってみやがれ」
 蛮の啖呵に黒スーツの男は大声で仲間を呼んだ。さっきの轟音で近くまで様子を見に来ていた同じ黒スーツの男たちが数人、この狭い空き地へ雪崩れ込んでくる。
「おう銀次」
「わかってるよ! 蛮ちゃん」
 二人は素早く体制を整えると、雪崩れ込んできた男たちに向かって走り出した。


 無事指輪の奪還に成功した蛮たちは、さっさとあの廃ビルから離れて近くの路地に入り込んでいた。
 しばらくするとどこからともなく、さっきのぶち猫が姿を見せた。
「よかった無事だったんだね」
 銀次が嬉しそうに手を伸ばすと、猫はするりと銀次の肩に飛び乗った。
「ねぇ蛮ちゃん…この猫…」
「ストップ!」
 銀次の言葉を遮って蛮が待ったをかけた。
「猫を飼いたいっていうセリフなら聞かないぞ」
「うっ…」
「いいか、よく考えてもみろ。今の生活パターンの一体どこに、猫を飼う余裕があるって言うんだ!」
 そう言われると黙るしかない。銀次とて無理は十分承知なのだ。
「しかし、だ。今回の奪還成功はその猫によるものが大きい…ような気がしないでもないな。そうだな…一回ぐらいならメシをやってもかまわないぞ」
 蛮の口から出た、思ってもみない提案に銀次の顔がみるみる輝いた。
「ほんと?! ありがとう。蛮ちゃん大好き!」
 猫を肩に乗せたまま、銀次は嬉しそうに蛮に飛び付いた。

Act.5
−オールキャスト−


 カランとベルが鳴りHONKY TONKのドアが開いた。
 カウンターで波児としゃべっていた夏実は、入ってきた蛮と銀次を確認するとにっこりと笑って二人を出迎えた。
「二人ともいらっしゃい!」
「よう」
 新聞片手に軽く挨拶をする波児に向かって、
「波児。ブルマン一つな!」
「オレ、ブレンドコーヒー!」
 注文しながらカウンター席に着く。
「あ、それから。コイツになんかうまいモン出してやってくれや」
 蛮がピッと親指で指し示したのは銀次のお腹の辺り。
「?」
「コイツって?」
「へへっ、あのね」
 不思議そうな二人に向かって、銀次が嬉しそうに、閉めていたベストのファスナーを開けてその中を見せた。
「にゃあ!」
 銀次のベストの中からひょっこりと顔を出したのは、鼻の辺りが不細工な形で黒くなっている白黒のぶちの猫だった。
「「あ! その猫」」
 猫を指差した波児と夏実の声が、ハモって店内に響いた。


end