宿の窓から見上げた空はとても青くて、
まるでおいでおいでとよんでいるような気がした。
《side. エド》
「アルー。オレちょっと散歩してくる」
部屋の奥に向かって声をかけると、すぐにかえってきた弟の声。
「いってらっしゃい、兄さん」
その声に送り出されてオレ、エドワード・エルリックはぶらりと街に散歩に出かけた。
外はぽかぽかいい天気。
街をぶらぶらと歩きながら、ふと気がつくと足は無意識に東方司令部のほうへと向かっていた。
(そういえば、今日って休みだとかいってたような…)
いつも執務室で書類と睨めっこしているロイの姿を思い浮かべて自然と笑みがこぼれた。
(大佐がいないならいってもしょうがないか…)
何かほかに面白いものでもないかな、ときょろきょろしながら歩いているとどこからかただよってきた鼻先をくすぐる甘い匂い。
(ケーキ? 苺の匂いかな)
ふらふらと引き寄せられるように足がかってに動く。近くの路地に入るとその匂いの元がわかった。
路地を抜けた先。通りを挟んだ向こう側に、真っ白な壁に赤い屋根の可愛いケーキ屋があった。
最近できた店だろうか。大きな窓から見える店内は大勢の女性客でにぎわっているようだった。可愛い制服を着た店員の少女達がくるくると忙しそうに働いている。そんな様子をぼーっと見ていたら客の中に見知った顔を発見した。
(大佐? 大佐がケーキ屋なんて似合わねー)
くくっと苦笑しながらロイの姿を目でおう。
そのロイはといえば注文をし終えてからもまだ店員の少女としゃべっている。その様子がとても楽しげに見えた。
ズキッ。
(なんだ? 今の)
胸の奥が不意に痛んだ。
わけもなくイライラしてくる。
(…なんかすげームカついてきた)
その店員の少女の嬉しそうな笑顔を見ていると、さっき痛んだ胸がさらに痛み出す。
(……もう帰ろ)
もやもやする気持ちを無理やり押し込めて踵を返すと、こんどは花の匂いが漂ってきた。
「?」
きょとんと上を見上げると、二人の年上の女性がこっちを見ながらくすくすと笑っていた。
「どうしたのボウヤ。迷子なの?」
二人の女性のうちの一人がオレに声をかけてきた。金色の腰まである長い髪をかき上げる仕草がとても大人っぽくてドキッとした。目のやり場に困る胸を強調したデザインの赤いドレスも彼女の白い肌にとてもよく似合っていた。
「い、いえ…違います」
蚊の鳴くような声だと自分でも思ったが仕方がない。何とか絞り出した声に彼女達はさらに笑う。
「ねぇ、お姉さん達と遊んでいかない? 大丈夫。べつにとって食べたりしないから」
そういったのはもう一人の栗色の巻き毛の女性。こちらは身体のラインも露わなぴったりとした黒いドレスを着ている。
「いえ…エンリョしときます」
どう考えてもこの二人。オレをからかっているとしか思えなかったが、逃げ出そうにもすでに壁際まで追い詰められた格好になっていた。
辺りを見回しても助けてくれそうな人はいないし、女性相手に力ずくでどうこう、というのもイヤだった。
(あ〜もう。最悪。どうしよう…)
オレは頭の中で必死にこの場を切り抜ける方法を考えた。
《side. ロイ》
久しぶりの休み。
私、ロイ・マスタングは自分でも似合わないとわかってはいたが、噂に聞く『おいしいケーキ屋』に足を運んでいた。
そのケーキ屋の店内はまだ新しく、いたる所に女性が好むようなかわいらしい飾り付けがしてある。
客も八割以上が女性で店員ももちろん女性がほとんど。
その中に男である自分が一人で行くのだから居心地の悪さといったら…しかしそれも『可愛い恋人』のためだと思えば何の苦もない。
ふと、その恋人の可愛い笑顔を思い出してにやけそうになるのを何とか堪える。
(それにしても、混んでいるな…)
店員の少女に注文をしてから待つことしばし、まだ注文したケーキが来ない。しかも、その間ずっと店員の少女が嬉しそうに私に話しかけてくるのだ。私としては無視するわけにもいかず、しかたなくとりとめもない話をしていた。
「!」
「?」
店員の少女がなにやら見つけたらしく窓の外を見た。私もつられて窓の外を見れば、一目で娼婦だろうとわかる二人の女性が見えた。
彼女達はどうやら子供をからかって遊んでいるらしい。
見るともなしにその光景を見ていると、彼女達の影からちらりと見覚えのある赤いコートと蜂蜜色の三つ編みが見えた。
(ま、まさか!?)
そう思うと、いてもたってもいられなくなった。ちょうど出来上がってきたケーキの箱を受け取ると挨拶もそこそこに店を飛び出す。
通りを渡って彼女達に近づくと、それが自分の見間違えではなかったことをはっきりと確信した。
(やはり、エドワード)
大人の女性二人にからかわれて、赤い顔でおたおたしているエドワードの姿を見つけると頭で考えるより先に身体が動いた。
「私の連れが何か?」
そう言いながらエドワードの腕をぐいっと掴む。
「え!? たい…」
その言葉を聞き終わる前に、びっくりしているエドワードを無理やり傍に引き寄せる。
「あぁら、ちゃんとお連れさんがいたのね」
「ザンネン。また今度遊びましょうねボウヤ」
くすくすと笑いながら去っていく彼女達を見送ってから、私はエドワードの二の腕を掴んだまま有無を言わさず歩き出した。
《side. エド》
「た、大佐ちょっと…」
ロイに二の腕を掴まれて引きずられるようにその場を移動したが、はたと気がついて声を上げる。
「手、離してよ」
幸いまだ誰にも会ってはいないが、こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしい。背が低いために引っ張られているというより、なかばぶら下げられているといった感じなのだ。
「……」
ロイは無言で立ち止まるといったんオレの腕から手を離し、今度は手と手を繋ぐように持ち替える。そしてオレの手をきつく握り締めてまた歩き出す。
「……何怒ってんだよ?」
「……」
さっきから一言もしゃべらないロイに向かって問うが、ロイの横顔を見ていたらさっきのイライラがぶり返してきた。
(オレ、サイアクかも…)
ロイが手にしたケーキの箱が目に入る。それと同時に嬉しそうに笑う店員の少女の顔がちらりと脳裏に浮かんで、それがいつまでも消えない。
「……」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
それを最初に破ったのはロイ。
「…鋼の、何故こんなところにいる?」
「?」
何を問われているのか一瞬わからなかった。
二、三度瞬きをして言葉の意味がやっと理解できた。
「え? あ、オレはただの散歩」
その答えに、きつく握り締められていたロイの手の力が少し緩んだ。
「大佐こそこんなところで…ってケーキ買いに来たのか……」
自分で聞いて、自分で答えてしまった。
(オレってマヌケ)
イライラするし、落ち込むしでサイアクだ。
(散歩なんて来なきゃよかった)
うつむいてぶつぶつ言ってると見慣れた通りに出たのに気がついた。
「どこまで行くんだよ?…もう大丈夫だから手、離して」
「それはできないな」
ロイはにやりと人の悪い笑みを浮かべてさらに通りをすすむ。
「せっかく鋼のをお茶に誘おうとケーキまで買いにいったんだ。ここで逃げられては元も子もないだろう?」
そう言いながらロイはケーキの箱を軽く持ち上げてみせる。
「え? それ…」
(もしかし、オレのため…?)
「甘いものは好きだと言っていたように思うが?」
じっとロイの顔を見つめていると優しく笑ってそう言われた。
「え? うん。すき…」
まったく予想していなかった言葉に思わず本音がこぼれる。
ロイはその返事に満足したように微笑んだ。
「散歩の途中なら少しぐらい遅くなってもかまわないだろう。お茶に付き合いなさい」
ロイと手を繋いだまま見上げた空はやっぱり青くて、
さっきまでのイライラした気持ちも、吹きぬけていった風と一緒にどこかに流れていったような気がした。
end