路地裏の迷子

 やわらかな日の光がふりそそぎ、風が優しく頬をなでていく。そんな穏やかな昼下がり。
 久しぶりの休みを利用して、ロイは街に出ていた。
 そのロイの隣にはエドワードの姿も。
「…さっきから何にやにやしてんだ大佐」
 エドワードのむすっとした声とは反対に、ロイはといえばうかれているのか始終頬が緩みっぱなし。
「せっかくの鋼のとのデートだからね。嬉しくて、つい…」
「誰とデートだって? オレは、大佐が買い物に行くから付き合ってくれっていったから来ただけで…」
「そういうことにしておこうか」
「そういうことにしておこうか、ってなんだよ!」
 ムキになって言い返してくるエドワードの背中を軽くたたいてなだめるロイ。
 このあたりは大通りから一本路地を入ったところなのであまり人通りは多くない。というかむしろ時間帯が悪ければひとっ子一人通らないような道だった。だから多少エドワードが大声で喚いたところで誰かに迷惑がかかることも少ない。
「だいたい自分から言い出しといて……?」
「?」
 ふいにエドワードの言葉が途切れた。
 不審に思ってロイが横を見るが、エドワードの視線はロイを素通りしてさらにその後ろへと注がれている。
「? 後ろに何かあるのかい鋼の?」
 自分も後ろを確認しようとロイが身体を少しひねったとき、
 くいっ。
 ロイの着ていたシャツが後ろに引っ張られる感触。
「?!」
 振り向くのをあきらめ、首だけで後ろを見てみれば、小さな手がロイのシャツの裾をしっかりと握り締めているのが目に入る。その手をたどって視線を上に上げると赤い髪の小さな女の子がにこっと笑いかけてくるのと目があった。
「えーっと……君は?」
 ためらいがちに声をかけたロイに対してその赤毛の少女は笑みを崩さずに、
「あたしはねマリエルっていうの。ねえ、お兄ちゃんたちここどこ?」
「「は?」」
 その少女。マリエルの言葉に、ロイとエドワードは同時に顔を見合わせた。


「なんだ、迷子か?」
 エドワードの呟きにマリエルはキッとエドワードを見上げると、
「ちがうもん! お家のばしょはわかってるもん! ここがどこかわかんないだけよ!」
(おいおい、それ完全に迷子だって!)
 言い返してきたマリエルに対して、声には出さず心の中で激しく突っ込むエドワード。さすがに小さな女の子相手にハッキリと突っ込むのはなんだか気がひけたのだ。
「えーっと……。君の家の場所はどこかな?」
 ロイが優しく聞いてみると、元気な答えが返ってきた。
「うんっとね、にわに大きな木がはえてて、あかいやねのお家!」
(そんだけでわかるか!!)
 またもや心の中で突っ込むエドワード。
「うむ……」
 さすがにロイもそれだけではわからないらしく顎に手をあてて考え込んでしまった。見かねたエドワードが口を挟む。
「あのさ、もうちょっと詳しく教えてくれよ。なんかの店の近く、とかそういうの」
「うーん……がっこうのとなり」
 ぽつりとマリエル。
「はじめっからそう言えよ!!」
 思わず強く突っ込む。
「っ!」
 エドワードがしまった! と思ったときにはもう手遅れ。びくっとエドワードを見上げたマリエルの大きな瞳がみるみる潤んできた。
(しまった! 泣かせた?!)
 うろたえてエドワードは思わず身構えたが、マリエルはぐいっと小さな手の甲であふれかけた涙をぬぐっただけで泣き出したりはしなかった。
「……」
「よし、それじゃあ家まで送ってあげようか」
 ロイがしゃがんで視線の高さをあわせ、マリエルの髪をなでてやりながら優しくそういった。
「うん!」
 ロイの言葉にこくりとうなずくと、マリエルはさっきまで泣き出しそうだったのが嘘のようににっこり笑顔を見せた。
 そんなマリエルの様子にそっと安堵の息を漏らすエドワード。
「はやくいこうよ」
 そう言ってたたたっ、と先に歩き出したマリエルを見てから、エドワードはロイをじっと見上げた。その何か言いたげな視線にロイがきょとんと首をかしげる。するとエドワードはロイだけに聞こえる小さな声でキッパリといった。
「この線から中に入ってくんなよ大佐」
 そういいながら自分の周りをぐるりと指で指してみせる。
「急に、なぜだい?」
 エドワードの唐突な行動にロイが不思議そうに聞き返すと、
「オレに触んなっていってるの!」
 エドワードのその答えにロイが悲しそうな顔をした。
「鋼の……そんなに私に触れられるのが嫌になったのかい?」
 途端に落ち込むロイ。
 そのロイのものすごい落ち込みように反対に慌てたのはエドワードの方。
「ち、違うって! そういう意味じゃなくて、子供の前でオレに抱きついたりすんなってこと!」
 耳まで真っ赤にして叫ぶようにいう。
「エドワード」
 さっきまでの落ち込みから一転。ロイはぱぁっと顔を輝かせるとエドワードを抱きしめようと両手を広げた。その手がエドワードの身体に触れる寸前。
 バシッ!
 エドワードの手で叩き落とされる。
「言ったそばからすんじゃねぇ!」
「……では、後でならかまわないのかい?」
 叩かれた手をさすりながらたずねるロイ。
「ああ、後でな。……後でいくらでもさせてやるからさ」
 赤い顔でそっぽを向きながら答える。そのエドワードの答えにロイは嬉しそうに頬を緩ませた。
「ではしばらくおあずけだな」
 ロイとエドワードのやり取りなど気にもとめず、一人でどんどん先までいってしまったマリエルがいっこうについてこない二人をふりかえり大きく手をふった。
「お兄ちゃんたち、はやくはやく!!」
「おう」
「ああ、今行くよ」
 二人は顔を見合わせくすりと笑うと、マリエルの後を追って歩き出した。


end