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「…………うっ……」
意識を取り戻したエドワードの目に最初に飛び込んできたのは、石造りの床だった。
床に直に転がされてはいるものの、特に縛られてもない。半身を起こし、先ほどからしきりにズギズキと痛みを訴えてくる後頭部に手をやると、傷口に触れた指先がぬるりとした血の感触を感じ取った。
「痛てぇっ……」
エドワードは痛みに顔をしかめた。
もう出血は止まっているらしい。指先に付着した固まりかけた血を拭って立ち上がる。
そこは石造りの広い部屋だった。壁も天井もすべて丈夫な石でできている。自分が転がされていたのはその部屋の中央だった。
辺りを見回せば、部屋の四隅には布ですっぽりと覆われた大きな四角い箱のようなものがひとつずつ――計四個置かれていた。
窓はなく、その代わりに天井付近に明かりがともっている。エドワードが立っている場所から見て、左右と正面に頑丈そうな鉄製の扉が見て取れた。
その扉のひとつ。右側の扉がわずかに開いている。
「………………」
辺りの気配をうかがってから、そっと足音を忍ばせて扉に張り付くと、鉄製の扉の表面に耳を押し当てて聞き耳をする。
(……誰もいなさそうだな)
そっと扉を押し開ける。
まず目に飛び込んできたのは床一面に描かれた大きな練成陣だった。それから、部屋の隅に置かれた大きな棚の中にぎっしりと詰め込まれた数々のビン。遠目で見た限りではよくわからないが、中身は何かの鉱物だろうか――粉末状の何かが詰まっている。そして、壁を埋め尽くすように貼り付けられたたくさんの紙。神経質な細かい文字でびっしりと書き込みがされている。
(こ、これは…………)
おそらく錬金研究メモ――暗号化されているようなので見ただけでは内容まではわからなかったが――
(ここってひょっとして、あの狼たちの合成獣練成をやった錬金術師の住処か? ……ってまさかっ!)
最初にいた部屋に駆け戻って、慌てて左手の隅にあった四角い箱の布をめくる。中から出てきたのは熊ぐらいなら入れそうな頑丈な鉄の檻――幸いなことに中は空っぽだった。
(カラか……)
少しだけ安堵しながら右隅の箱にかかっている布もめくる――こちらも中には何も入ってはいなかった。
(……こっちもカラか)
ほっと息を吐いていると、左手の扉が静かに開いた。
「!?」
ぎょっとして見ると、部屋から背の高い男が出てきた。
ハボックよりも背の高いその男は、長く伸ばした赤い髪を後ろでゆったりとひとつに束ねていた。炎のような――とでも言えば聞こえがいいのだろうが、男の髪はまるで血の色を彷彿とさせた。高い位置からこちらを見下ろしてくる瞳の色も、髪と同じ血の色。
「………………」
じろりと金色の瞳で睨みつけてやると、男は何がおかしいのかくすくすと楽しげな笑みをこぼした。
「おやおや、もう目が覚めてしまいましたか」
「てめえ……誰だ!? ここはどこなんだ!」
そのエドワードの問いに、男はくすくすと笑い続けた。
「それはキミが知らなくても良い事ですよ」
「どういう意味だ!?」
「そのままの意味ですよ。材料であるキミが知る必要のないことです」
「材料って……やっぱりてめえがあの合成獣を練成してたヤツか!」
その言葉に、男はおや? という顔で片方の眉を上げた。
「なかなかに賢い子供だ……今度はもっと上手く合成獣練成が出来そうですね。どうも手に入れた文献だけでは、美しいフォルムの長生きのする物はなかなか作れなくてね」
「……村の子供を、何人もさらってたのもお前の仕業か?」
「おやおや、あの町の人間ではないと思ったのですが、そんなことまで知ってるんですね……ええ、そうですよ」
案外と素直に認める。しかし、後に続いたセリフは、さらにエドワードの怒りを増長させただけだった。
「大人を使うよりも、子供を使った方が上手くいくんですよ。それに、生きたまま合成する方法しか文献に記されていなくてね……しかも、文献の練成方法が完全でないためか、動物と人間を合成するとどうしても早く死んでしまいます。まあ、その辺りが今後の研究課題でしょうね」
男の身勝手な言い分に、エドワードは吐き気がした。
「なんてヤツだ……」
と――
ドンッ!!
その破壊音は、前触れもなく訪れた。
石造りの建物が揺れたように思えるほどの爆音が、断続的にこちらに向かって近づいてくる。
「なんだ!?」
「!?」
ドンッ!!
ひときわ大きな爆発音とともに、右手にあった鉄製の扉がぐしゃりとひしゃげて、内側へと倒れこんできた。もうもうと立ち上る爆煙の中から飛び出してきたのは、青い軍服に身を包んだ闇色の髪の男――
「大佐!?」
驚いて名前を呼ぶと、こちらの存在に気が付いたロイがほっとした顔で駆け寄ってきた。
「エド、無事か!?」
近づいて気が付いたのだろう、エドワードの血に汚れた蜂蜜色の髪に目をやってロイが顔をしかめた。
「痛むか?」
「へーき。それより大佐。あいつが子供をさらって合成獣練成してた犯人だ!」
びしりと指を突きつけて、叫ぶ。しかし男はエドワードのセリフに特に何の反応も見せずにすたすたと壁際まで歩いていくと、部屋の隅に置いてあるまだ布がかかったままの檻のひとつに手をかけた。
「おやおや、軍まで出向いてくるなんてね。少し騒ぎを大きくしすぎましたかねぇ……」
独り言のように呟いて、ごそごそと檻を弄ると――
ガチャン!
檻の扉が開いた。
「私の邪魔をする人は……死んでもらいましょうか。さあ、あの人間たちを食い殺してしまいなさい」
檻の中にいるモノにそう命令して、自分はすっと檻から離れた位置まで移動する。
「!?」
檻の中からのっそりと姿を現したのは、大型の狼――この男が練成した合成獣だった。
うなり声を上げる狼の背中には――10歳ぐらいの少女の頭部が生えている。既に事切れているのだろう、だらりと俯いたまま動かない少女の栗色の長い髪で床をこすりながら、狼は俊敏な動きでロイに向かって飛び掛ってきた。
「くっ!」
喉もとを狙ってきた狼の牙を、身体を捩ってかわす。
「大佐!」
とっさに両手を合わせて右手の機械鎧を刃物へと練成すると、エドワードは狼とロイとの間に割って入った。
「おやおや、なかなか面白い技を使う子供だ」
くすくすと面白そうに言う男を無視して、エドワードは襲い掛かってくる狼の牙を右手の刃物で受け止めた。圧し掛かる狼の身体を押し返す。
動きを止められた狼は、いったん後ろに跳躍して刃から逃れると、慎重に間合いを取ってこちらを窺った。
エドワードと狼が睨み合いを続けているその隙に、銃を引き抜いたロイが離れたところに立っている男を狙う。しかし、狙いをつけて引き金を引くよりも早く――
ドカッ!
「くぅっ!」
死角から飛び込んできた狼に体当たりを食らって、勢いよく壁際まで吹っ飛ばされた。
ごろごとと転がった身体が壁にぶつかってようやく止まる。急いで駆け寄ったエドワードが、再びロイに向かって飛びかかろうとしていた狼を切りつけて、その動きをけん制する。
「大佐、大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ」
肩越しに声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
素早い動きで立ち上がったロイは、幸いどこも怪我はしていなかったが、その手の中にあった銃は、どこかへ弾き飛ばされてしまっていた。
「くそっ!」
銃がなくなっていることに毒づいて、ロイは狼へと注意を戻した。
「困りましたね……しかし私にはまだやりたいことがあるので、こんなところで捕まるわけにはいかないんですよ」
あまり困ってなさそうな声音でそう言うと、男は部屋の隅に置かれていたまだ布の取られていない最後の檻へと手を伸ばした。
ガチャン!
檻の鍵が開くと同時に、内側から勢いよく扉が開いた。
開放を待っていたかのように檻から飛び出してきたのは、全長3mの灰色熊の合成獣だった――右側の腰の辺りから、16歳ぐらいの少年の上半身が生えている。
少年がまだ生きているからなのか、それとも男の合成獣練成が上手くいった証拠なのか――灰色熊の野生の本能よりも、少年の意志の力のほうが強いらしい。熊は暴れだすこともなく、男と距離を置いて対峙した。
「きさま……よくも僕をこんな姿に……!」
少年はかなり衰弱していたが、恨みを口にして目の前の男を血走った瞳で睨み付けた。
新たに現れた合成獣が、男と対峙している様子を横目で見ながら、ロイは狼の頭部を狙って刃を振るっていたエドワードの背に声をかけた。
「鋼の!」
「!」
その声に応じてエドワードが大きく跳び退ると同時に、焔が飛んでくる。
ボッ!
かわしきれずに、焔の直撃を受けた狼があっという間に燃え上がった。
のた打ち回って燃え続ける狼に背を向けて、エドワードは錬金術師の男と、合成獣にされた少年へと向き直った。
「さあ、次はてめえだ! 覚悟しろよ!」
ギッと男を睨みつける。
「おやおや、アレはあまりもたなかったな……それとも子供と軍人のほうが強かっただけかな?」
ふぅむ、となにやら思案げに顎に手を当てている男に、エドワードはイライラと声を荒げた。
「何ぶつぶつ言ってやがる!」
と、次の瞬間。
唐突に響いた発砲音とともに、男が前のめりに倒れた。
「なっ!」
「!!」
驚いたエドワードとロイが、銃声がした方に目をやると、そこには――
先ほど、狼の体当たりによって弾き飛ばされたロイの銃を握り締めた少年が、蒼白な顔で立っていた。
「あんた……」
「君は……」
二人が声をかけようとした、瞬間――
バンッ! という2度目の発砲音に、声がかき消される。
「おい!」
「――――!」
自分の左側にある熊の側頭部に弾丸を撃ち込んだ少年は、今度は震える腕で自分のこめかみに銃口を押し当てた。
「っ――まさか!?」
ぞっとしたように、叫ぶ。
少年を止めようと一歩踏み出しかけて――後ろからロイに肩を押さえられる。
「でもっ…………」
泣きそうな顔で見上げると、
「………………」
ロイも辛そうな顔で、静かに首を横に振った。
「いいんです……」
そんな二人のやり取りに、何もかもをあきらめたような顔で、少年は震えながら言った。
「もう、いいんです……僕は……もう……もとの姿には、戻れないそうです……その男が言ってました……だから……」
既に息絶えた錬金術師の男へと視線を向けてから、少年はぎゅっと目をつぶって引き金を引いた。
床に広がる大量の血。
その真ん中に立ち尽くして、エドワードは冷たくなった少年の骸を呆然と見下ろしていた。
「………………」
血の海に沈んだ『少年だったもの』から視線を逸らせずにいると、
「エド…………」
頭上から声が落ちてきて、背後からそっと肩を引き寄せられる。ロイの胸に顔をうずめて、エドワードはたまらずに嗚咽を漏らした。
「っ、……っく……」
身体の震えが止められない。
両目から溢れる涙が、止まらなかった。
「誰も……助けてやれなかった…………まだ生きてたのに……っ!」
悲しさが、悔しさが、涙となって次から次へとこぼれてくる。ぽたぽた落ちる涙が、目の前の青い軍服の布地に吸い込まれていく。
「なんで…………」
「エド」
悔しそうに何度もこぶしでロイの胸を叩く。
力の入っていないこぶしを黙って受け止めながら、ロイはエドワードが泣き止むまでずっと、その小さな身体を抱きしめ続けた。
→ It continues.