闇の奥に潜む恐怖
-3-

 木々が生い茂る山の中。
 ホークアイを中心としたハボック、ブレダ。それにアルフォンスを加えた4人は上司のくだした命令により、山狩りを決行していた。
「う゛〜狼とか出てきそうだよなぁ〜」
 イヤそうに唸って辺りを見回すブレダ。まだ山に入って数分も経っていないのに、もうすでに腰が引け気味だったりする……
「もうすでに出ただろうが! ……死体だけどな」
 ハボックのツッコミに、アルフォンスが横から補足説明を入れてくれる。
「宿屋の親父さんの話じゃ、熊とかもよく出るそうですよ」
「おいおい、脅かすなよ……」
「何にしても、前進しないことにはしょうがないわね」
 チェックしていた地図を懐にしまうと、ホークアイはライフルを担ぎ直した。
「大佐と兄さんももう出発した頃ですね」
 メンバーを二手に分けた残り――エドワードとロイは、現在ホークアイたちがいる町外れから山に入るルートではなく、反対側にある登山口から山に入る予定だった。そこから両チームとも山頂にあるという小屋――狩りのときに町の人が使用したりするらしい――で合流する予定だ。
 町の有志たちが協力を申し出てくれたが丁重に断った。もしも、あの狼のような異常なモノや、それ以上の敵と戦闘になった場合、彼らを護り切れる自身がなかったからだ。
 これ以上の犠牲者は出さない――それが、ロイの出した答えだった。
「ハボック少尉、ブレダ少尉。無闇に銃を発砲しないように。あ、アルフォンスくんも無闇に攻撃してはダメよ。もし、行方不明の子供だったりしたら大変なことになるわ」
 ホークアイの忠告に全員が神妙な面持ちで頷く。
「ほら、わかったらさっさと歩け」
 げしっ!
 いっこうに動き出さないブレダの腰を、ハボックが後ろから蹴りつける。
「蹴るなよっ!」
 ようやくのろのろと重い足取りで歩き出したブレダに続いて、アルフォンスも歩き出す。全員が歩き出したのを確認して、ホークアイも周りに注意を払いながら歩き出した。


 一方その頃。
 エドワードとロイも、登山口から山の中へと入っていた。
「鋼の。先に言っておくが、味方や行方不明の子供である場合もあるので、物音がしたからと言っていきなり攻撃したりしないように」
「大佐もな」
 ロイの忠告に軽口でそう返して、足を進める。
 登山道から入ったので、一応道らしきものがあるものの少し横道にそれると途端に視界が悪くなる。突き出している邪魔な枝を手にした大振りのナイフで切り払いながら、慎重に進んでいく。
 そして――それは突然やって来た。

 がさがさと木の枝を揺らしながら『何か』が落ちてきたのだ。
 木の上から落ちてきた大型の『何か』を、後ろに飛び退いてかわす。
「!?」
 落ちてきたそれは――大きな狼だった。
「狼って木の上に上るか!? フツー!?」
「野生の狼ではないな。見てみろ鋼の」
 そう言ってロイが指差す先――立ち上がり、こちらに向かって唸り声を上げている狼の横腹の辺りに――子供のものらしき一対の腕が生えていた。
「……あれもいなくなった子供の腕か?」
 イヤそうに言うエドワードに、ロイも同じく顔をしかめて、
「……仕方がない。かわいそうだが、ああなってしまった以上、我々では元に戻してやることはできないからな」
「うっ……倒すしかない、か」
「そうだ……あの子供も、もう既に生きてはいないだろう」
 ロイの視線を追って、改めて狼から生えている腕に目をやると――それはすでにどす黒く変色し、腐りかけていた。
「………………」
「鋼の……」
 顔を歪めてその『腕』から視線をそらせると、ロイが気遣うように声をかけてきた。
「……わかってる」
 やり切れない思いを感じつつ、二人は合成獣と化した狼と対峙した。


「………………」
 ロイの焔によって火葬にされた狼の死体は、あっけなく灰になった。
 いまだに煙を上げて燻っている『死体だったもの』をじっと見つめていると、背後からそっと肩を叩かれる。
「鋼の」
 振り向くと、ロイの黒い瞳が心配げに自分の金色の瞳を覗き込んできた。大丈夫だというようにわずかに首を振って見せてから、聞く。
「……なあ、これってやっぱり合成獣練成かな?」
「わからん。しかし、もしそうだとしたら犯人の錬金術師はこの山の中に隠れている可能性が高いな」
「なんで?」
 するとロイは『死体だったもの』を指差して、
「あれが生きた状態でこの山にいるということは、犯人の所から逃げ出したか、もしくは――犯人が実験のために放ったかのどちらかだ。少なくとも何らかの手掛かりにはなる」
「オレ。絶対にその犯人ゆるさねぇ……! こんなこと……人の命を何だと思ってるんだ!」
 こぶしを強く握り締めて激怒するエドワードに、ロイも犯人に対して嫌悪を露にして言った。
「同感だな」


「――――」
 気を取り直し、再び山頂目指して歩き出したエドワードの耳が、葉ずれでもない、自分たちが立てる物音でもない音を拾い上げた。
「? 大佐なんか言った?」
「いいや?」
 斜め後ろを歩いていたロイに問いかけるが、返事は簡潔だった。
(気のせいかな?)
 首をかしげていると、今度はもう少しはっきりとその音が聞こえた。
「…………けて」
「っ!」
 人の声だ。と脳が認識した瞬間――エドワードはロイよりも早く駆け出した。
「あっ、鋼の! 待ちたまえ!」
 ロイの制止を無視する格好で声の聞こえた方角――右手の茂みへと飛び込む。生い茂った木々を乱暴にナイフで切り裂いて強引に身体を前へと進める。
 茂みを抜け出した先は少し開けた場所になっていた。そこに立っていた全長3メートルを越す灰色熊の姿は、いやでも目に付いた。
「熊!?」
 エドワードが出てきた茂みの前方。10メートルほど離れた場所に立っている熊は、まだこっちの存在に気付いていないようだった。
 山に入る前に話しを聞いた宿屋の主人に『山には熊も出るぞ』とは聞いていたが……本当に遭遇するもんなんだなぁ、などとのんきに考えかけて、はっと我に返る。
「そうだ! 人は!?」
 この熊に襲われているのだろうかと、慌てて辺りを見回して――エドワードの視線がある一点で止まった。そこには、5歳ぐらいの男の子の頭があった。そう、頭だけが――
「――――!!」
 正面に立っている熊の肩口に、灰色の毛に埋もれるようにして、茶色い髪の小さな頭が生えている。首から下は――ない。
「た……けて……、……す…………て」
 エドワードがいることに気付いていないのか、あるいはもうすでに何も見えてはいないのか、男の子はあらぬ方向に視線をさまよわせ、かすれる声でうわごとのように何度か『助けて』といった後――びくりとも動かなくなった。
「っ……そんな……!」
 思わず唇から漏れたのは、そんな意味のない言葉。
 強い怒りと悲しみが、胸を締めつける。目の前でたった今訪れた子供の死に、頭の芯が麻痺したように痺れて、すうっと意識が冷たくなる。現在の状況が理解できなくなった。
 獲物の存在に気がついて体を反転させ、こちらに向かって動き出した熊と、その肩口に生えている――今はもう動かなくなった男の子の頭から目が離せない。
 呆然とその場に立ち尽くしたまま、動けなくなったエドワードへと、熊が襲い掛かってきた。
 前足の攻撃が届きそうな距離まで近づいてきた時――
 ガッ!
 後頭部に感じた鈍い衝撃とともに、エドワードの視界が暗転した。


「エド!!」
 物音を聞きつけて飛び出していったエドワードの後を追って、ロイ自身も急いで右手の茂みへと飛び込んだ。
 がさがさと枝を掻き分けながら強引に進んでいくと、少し開けた場所が見えた。
 と、その時――
 ぶんっ! という音とともに頭上を殺気が通り過ぎる。
「くっ!」
 とっさに身を屈めて襲ってきたものをかわし、茂みの外へと転がり出る。十分に距離をとって振り返ると、全長3mほどの灰色熊が、見失った獲物を求めてゆっくりと方向転換をしているところだった。
 その振り向いた熊の肩口には――
「っ!」
 茶色い髪の男の子の頭部が生えていた。ひと目見ただけで理解した。既に生きてはいないだろうその子供は、今はもう何も映していない大きな瞳で、虚空を見つめ続けていた。
「くそっ!」
 はき捨てるように言いながら、ロイは熊の前足が届かない位置まで後退した。
(エドは!? エドはどこだ!?)
 蜂蜜色の髪の少年の姿を探して、すばやく辺りに視線を走らせる。視界の端に映ったそれに、思わず――呼吸が止まった。
 地面に落ちていたのは見覚えのあるナイフ。それと、その付近に点々と飛び散った血痕。
「!!」
 襲ってきている熊の存在すら忘れて、ロイはナイフが落ちている場所へと駆け寄った。
 慎重にナイフを拾い上げると、やはりそれは、先ほどまでエドワードが持っていたものだった。
 刃が血で汚れていないところを見ると、ナイフによる攻撃で流された血ではないようだ。手袋を脱いだ手で草の上に飛び散った血痕に触れると、その赤い液体はついさっき流されたばかりなの、かまったく固まっていない。
 指についてきた人間のものとおぼしき血液に、ロイの背中を戦慄が走った。


→ It continues.