闇の奥に潜む恐怖
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 エルリック兄弟がイーストシティの東部にあるその田舎町にたどり着いたころには、太陽はすでに山の向こうへと沈み、夕焼けが小さな農村の家々をオレンジ色に染めていた。
 のどかな田舎町、といった感じの町並みを見回しながら本日の宿屋を探す。
 ちょうど夕食時なのだろうか、通りを歩いている人影はまばらで子供の姿も少ない。他所から来た人間に対して警戒心が強いのか――あるいは、全身鎧姿のアルフォンスに驚いているのか――ちらちらとこちらを伺うような視線を向けてはくるが、誰も話しかけてはこなかった。
 そんな周りの人々の微妙な視線を気にもせず、エドワードががしがしと蜂蜜色の髪をかきながら全身鎧姿の弟を見上げた。
「さっさと宿探そうぜ」
「そうだね」
 ハラへった〜、と呟く兄にアルフォンスも笑って同意した。


 町に一軒しかないその宿屋は、一階部分が食堂兼酒場になっていて二階部分が客室になっていた。
 酒場がにぎわうような時間帯でもないし、こんな田舎では泊り客もあまり来ないのだろう、入り口から覗いたときには食堂に人影はなかった。
 しかし――
「えっ!? 部屋がない?」
 宿屋の主人の口から出た意外な答えに、エドワードが思わず食って掛かる。
「何でこんな田舎町の宿屋で、空き部屋がないんだよ!」
「すまんな、坊主」
 宿屋の主人は申し訳なさそうな顔で、薄くなった頭を撫でた。
「今朝早くに町にやってきた偉いさんが、ここを丸ごと貸し切っちまったもんでな。一般客は泊められないんだよ」
「そんな〜」
 アルフォンスが困惑した声を上げると主人は申し訳なさそうに、すまんな、と繰り返した。
「いったいどこの誰だよ、その偉いさんってのは! オレが直接文句を――」
「わわっ、それはマズイよ!」
 宿屋を丸ごと貸し切った相手に文句を言いにいこうとする兄の小柄な身体を羽交い絞めにして、アルフォンスが必死に止める。
「こらー、放せー!」
「だめだって!」
 拘束された腕を振りほどこうとばたばたと暴れていると、騒ぎを聞きつけたのか、二階から階段を下りてくる足音が聞こえた。
「どうしたオヤジ。なんか揉め事か?」
 そう言いながら姿を現した短い金髪にくわえタバコの軍人を見た瞬間。
「ああっ!」
「ハボックさん!」
 エドワードとアルフォンスは同時に声を上げた。


「町に来た偉いさんって、大佐たちのことだったのか」
 二階にある客室のひとつに集まった顔ぶれを眺めて、エドワードはどこか気が抜けたような声で言った。
 室内には、エルリック兄弟のほかに、ロイ・マスタング大佐をはじめ、リザ・ホークアイ中尉、ジャン・ハボック少尉、ハイマンス・ブレタ少尉の面々が集まっていた。
「仕事ですよね?」
 アルフォンスがそう尋ねると、ロイは闇色の前髪をかき上げながらやれやれと肩をすくめた。
「ああ。ここしばらく、この町でおきている事件の調査でね」
『事件!?』
 きょとんとして聞き返してくるエドワードとアルフォンスの様子に、ハボックは意外そうな顔をした。
「知っててこの町に来たんじゃなかったのか?」
「んーん。知らない」
「知らなかったです」
 ふるふると首を横に振ってその言葉を否定する。同じようなポーズでアルフォンスもふるふると首を振った。
「ボクたち、ここからもっと北に行ったところにある町に生体練成に詳しい人がいるってウワサを聞いて、そこに行く途中だったんですよ」
「この町に来たのはたまたまだよ」
「ふーん」
「それで、その事件ってのは?」
 身を乗り出して聞くと、ホークアイがさっと表情を曇らせた。
「それが……ここ1ヶ月の間に子供が5人も行方不明になっているのよ」
「ええっ!? どこで!?」
 驚いてロイの顔を見ると、彼も渋い顔をして、
「この町で、だ。この町の子供だけがいなくなっているらしい。近隣の町からはそういった報告はされていないのだが……」
「なぜ子供だけなんです? しかも、5人も」
「わからん」
 アルフォンスにそう聞かれてもほかに何も言えなくて、ロイは首を横に振った。
「行方不明の子供なんだが……一人ずつ消えているらしい。家人の話では家出等の心当たりはないそうだ」
 ハボックの説明にエドワードが腕を組んで首をひねった。
「うーん……謎だ」
「その謎を解明するために、我々がこんな所まで来るハメになったのだよ」
 深々と嘆息するロイに、部下達も同様にため息をついた。


 食事をとるために全員で一階の食堂へ降りると、宿屋の外がなにやら騒がしくなっていた。
「!?」
 急いで外に出ると、宿屋の前では母親らしき女性が取り乱した様子で叫んでいた。今にも倒れそうな身体を、宿屋の主人に支えてもらっている。
「うちの子が! うちの子が!」
「奥さん、もう少し落ち着いて」
「まだ帰ってこないなんて! 一人になっちゃダメよってあれ程言っておいたのに……」
「町の奴らが探しに出てるし、もう少し待とう。まだ例の行方不明事件と決まったわけじゃないさ」
「でも……」
 泣きはじめた主婦に近づいて、その背をなだめるように撫でながらホークアイがそっと声をかけた。
「どうしました? 詳しく事情を聞かせてもらえませんか?」
 背を撫でる手に少しは落ち着いたのか、主婦が言葉を詰まらせながらも口を開く。
「うちの子が、昼間に友達と森に……森に遊びに行ったっきり、まだ帰ってこないんです」
「その友達は戻ってきているのかしら……お友達に話は聞きましたか?」
「はい……少し前に。……うちの子は上着を忘れたからと言って……友達と別れて、一人で遊び場になっているところに戻ったそうです……その後の行方は友達も知らないらしく……」
 再び泣き出す主婦。その話を近くで聞いていたロイが、難しい顔で腕を組んだ。
「…………ふむ」
「我々も探しに行きますか?」
 横からブレダがそう聞いてくるが、ロイは首を縦には振らなかった。
「そうしたいのはやまやまだが……我々はここの地理に詳しくない上にもう日没だ。暗くなった状態で山に入れば、今度は我々が遭難しかねん」
 難しい顔で部下にそう答える。
 と――
「おーい。子供が見つかったぞー」
 町外れのほうから――子供を捜しに出ていた町の人間の一人だろう――男の声が聞こえた。


 見つかった子供のところへ駆けつけると――あちこち切傷だらけでボロボロになった12歳ぐらいの少年が、地面にへたり込んでガタガタと震えていた。
「大丈夫か!?」
「いったい何があったの!?」
 エドワードとアルフォンスガ慌てて駆け寄って声をかけると、少年はがちがちと歯を鳴らしながら震える声で言った。
「ば、バケモノ……バケモノに襲われて……」
 ひどく怯えている様子の少年の言葉に、ロイが首をひねる。
「バケモノ……?」
 迎えに来た母親の元に子供を送り届けてから、エドワードとアルフォンスも同じように首をひねった。
「なぁアル。この近くの山にそんなヘンな動物いたか?」
「わかんないけど……それが今回の失踪事件の原因ですか?」
「わからん。だが……」
 町の向こう側にそびえる山を厳しい顔で睨みつけて、
「この山には、何かが潜んでいそうだな」
 ロイはそう確信した。


→ It continues.