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昼下がりの大通りは、いつも人々でにぎわっていた。
しかも、休日の昼間ともなれば自然と人の数も増えてくる。そんな大勢の人々でにぎわう大通りを、一人の小柄な少年がメモを片手に歩いていた。
「ったく……人使い荒いんだから。えーっと、なになに……」
金色の瞳に蜂蜜色の長めの髪を三つ編みにしたその少年は、ぶつぶつと文句を言いながらもメモに視線を落として、てくてくと通りを進んでいく。
まったく顔を上げずに歩いているにもかかわらず、路上にある障害物や、反対側から歩いてくる人を器用に避けながら歩いているその少年の名前はエドワード・エルリック。
こう見えてもエドワード。実は『怪盗』なのだ。
と、言っても、師匠のイズミから二代目『怪盗F・A』の名を受け継いだばかりの駆け出し……弟のアルフォンスと二人でいくつかの『仕事』はこなしたが、完璧に達成できたものは、少ない。
いつか一人前(?)の怪盗になるべく、日々鍛練に励んでいるエドワードだった。
だが、だからといってエドワードたちだってそうずっと鍛練ばかりしているわけでもない。よく街に出たりもする。
市民はエドワードやアルフォンス、イズミの正体を知らないので、街をうろついたところで自分達の正体がバレることはまずないのだ……たぶん。
そんなこんなで、師匠に頼まれた品を買いに、街まで出てきたエドワードは――さっそく悩んでいた。
「場所的にはこの辺り……か?」
師匠にもらった地図の書かれたメモはあるものの、初めて行く店は場所がよくわからない。メモに書かれている目的の店を探してきょろきょろと辺りを見回しながら通りを歩いていると、
「げげっ!」
進行方向の先に見知った顔を見つけて、エドワードは思わず声を上げた。
エドワードの視線の先にいるのは、黒い瞳に闇色の髪の一人の青年。
彼の名前はロイ・マスタング。この若さで軍の中でも高い地位にある大佐の役職についている人物だ。
今日は仕事ではないのか、見慣れたいつもの青い軍服ではなく、私服らしき白いシャツに黒いスラックス姿で、のんびりとした足取りで大通りをこちらに向かって歩いてくる。
それを見て、エドワードの頬に一すじ汗が流れた。
『怪盗』であるエドワードとしては、『軍の人間』とはあまり出会いたくない――その上ロイには顔だけでなく名前まで知られてしまっている……
(オレに気付くなよ……)
心の中でそう祈りながら、人ごみにまぎれ、何食わぬ顔で通り過ぎてしまおうとした、その時――ふと、ロイの視線がこっちを見た。
「!」
わずかに見開かれた、驚きを含んだその黒い瞳を見た瞬間――エドワードは自分が見つかってしまったことを理解した。
(やべっ。見つかった!?)
そう思った途端。エドワードはくるりとその場で回れ右をした。そのまま元きた道を引き返そうと一歩前に足を踏み出して――
「待ちたまえ!!」
後ろから、聞き覚えのある声が飛んだ。
「!!」
その声を聞いた途端。エドワードはぎくりとその場で足を止めた。
呼び止めるロイの声など無視して歩き去ってしまえばいいのに……なぜか身体が硬直して動けない。
エドワードがまごまごしている間に、ロイは強引に人ごみをかき分けて少年のすぐそばまで近づいた。
「久しぶりだな」
ふっとやわらかな笑みを見せるロイとは対照的に、エドワードは憮然とした顔でつんとそっぽをむくと、
「オレは会いたくなかったよ!」
とげとげした口調でそう言い捨てた。
そんなエドワードのつれない態度を気にしたふうもなく、
「少し……君に話しがあるんだ。一緒に来てくれ」
一方的にそう言うと、ロイはエドワードの右腕をしっかりと掴んで、有無も言わさず歩き出した。
「ちょっ!? おい!」
突然のロイの行動にエドワードは慌てた。
ロイが自分を引っ張っていこうとするのを、その場で踏ん張って逆らいながら、声を上げる。
「話ならここででもできるだろうが!!」
エドワードの上げた声は、ロイを立ち止まらせることに成功した。が、それと同時に、他の通行人の足も止まらせた。
ざわざわっ……
エドワードの声の大きさに驚いて思わず立ち止まり、こちらを振り返る人々の視線にさらされて、エドワードはあまりの恥ずかしさに赤面した。
(は、恥ずかし……)
注視される恥ずかしさにエドワードは思わず顔を伏せた。ロイはそのうつむいたままの蜂蜜色の頭を見下ろして、
「いいから黙ってついてきなさい」
小声でそういうと、エドワードの右腕を掴む手に力を込め、ロイは再び歩き出した。
それからいくらも行かないうちに、エドワードがまた声を上げた。
しかし、今度は先ほどとは違い、どこか懇願するような響きが含まれていた。エドワードが逃げてしまわないようにと、しっかりと腕を掴んでくるロイの指の強さに顔をしかめながら、小声でそう訴える。
「なあ……とりあえず逃げないから、手放してくれよ。腕が痛い……」
「っ!? すまない!」
ロイは慌てて謝りながら、エドワードの腕を掴んでいる手の力を緩めた。しかし、掴んでいる指の力はゆるくなったものの、その手を放す気はないらしい。
ロイに腕をつかまれたままエドワードが連れて行かれた場所は、先ほど歩いていた大通りから、2本ほど隣にある人通りの少ない通りだった。
この辺りの地理に詳しいのか、ロイはまったく迷いのない足取りで通りをすすみ、とある建物の裏手にあるせまい路地にエドワードを連れて入り込む。
中は人が二人、何とか並んで歩けるほどの幅しかない。レンガ造りの壁で囲まれたそこは、奥が行き止まりになっていた。
「で? 話ってなんだよ!?」
やっと、右腕を掴んでいる手の力が緩んだのを見計らって、エドワードはロイの手を乱暴に振り払った。
キッと睨みつけてくるエドワードの視線を受け止めながら、ロイが自嘲気味に笑う。
「……どうやら、私は君のこととなると自制がきかなくなるらしい」
「はぁ!?」
意味がわからず、きょとんとしてロイの顔を見上げると、ロイは真面目な顔になってこちらを見つめ返してきた。
「話というのは他でもない。君に言いたいことがあるんだ」
「………………」
ロイのただならぬ雰囲気に、エドワードもつられて黙り込む。
「エド……」
静かに、名前を呼ばれて思わずエドワードの肩がぴくり、とふるえる。
ロイは熱い眼差しでじっとエドワードの金色の瞳を見つめて――静かに口を開いた。
「私は、君のことが好きだ」
「ええっ!? す、すき? 好きって……オレを好き!?」
相手の口から飛び出した思いがけない『コトバ』にエドワードは混乱した。
「す、すきって? 好きって、あの好き!?」
よほど混乱しているのか、ぐるぐると同じ言葉ばかりを繰り返す少年。そんな混乱中のエドワードにむかって、ロイのほうも真面目な顔で、
「恋愛対象として好意を抱いていると言ったほうがいいのか?」
ロイの言った『コトバ』を十数回以上、心の中で反芻した結果――エドワードはやっと、ロイの言っている意味がなんとなく、飲み込めた。
そこまで理解してから――
「……ちょっと待て! オレ男だぞ!?」
ようやく思考が落ち着いてきたらしい。エドワードは慌ててロイに制止をかけた。
しかし、ロイはというとさも当然といった顔で、
「どこからどう見ても、男の子だと思うが?」
「だったら、なんでアンタは男のオレに告白なんてしてんだよ! しかも、真面目に!」
こぶしを握りしめて怒鳴るエドワード。だが、ロイは小首をかしげて、逆に少年に聞き返してきた。
「いけないかい?」
「っ〜!!」
あまり怒りに声も出せず、エドワードはただ口をぱくぱくさせただけだった――ツッコんでやりたいのはやまやまだが、怒りが強すぎて言葉にならない。
(こ、こいつは〜!)
怒っているエドワードにむかってロイは真剣な顔で、
「男であれ女であれ、こんなに誰かを好きになったのは、エドが初めてなんだ」
「だからって……」
エドワードは何とかロイを説得しよう(?)と試みた。
「なあ、落ち着いてよく考えてみろよ。オレは『怪盗』なんだぞ!? アンタはオレを捕まえるのが仕事なんだろう? わかってんのか?」
「ああ、それとこれとは別問題だ」
「べ、別問題って……」
さらっと言われて思わず呆れた。
「どうやらエドは、私の本気を信じてくれていないようだな……」
低い声でそう言いながらロイはずいっと一歩、前に踏み込んできた。その勢いに押されるようにしてエドワードは一歩、後ろに下がる――とん、とレンガ造りの壁が背中にぶつかった。
「!」
せまい路地。壁際に追い詰められた格好になったエドワードは、ロイから感じる言い様のない威圧感に、この場から逃げ出そうと無意識に逃げ道を探した。
路地の入り口へと顔を向けたエドワードの視界をさえぎるように、ロイの腕が伸びてくる。
「!?」
驚いて正面に視線を戻すと、自分を見下ろすようにして黒い瞳が覗き込んできた。
エドワードの顔のすぐ横に――挟み込むような位置で壁に両手をついて腕の中にエドワードを捕らえてしまうと、ロイはエドワードとの間の距離を狭めてきた。
「………………」
いったい何をするつもりなのかと、おびえた金色の瞳でロイの顔を見上げると、ロイはさらに近づいてきた。吐息が触れ合うほどの距離になっても、その動きは止まらない。
「…………」
ロイの意図がわからず、その行動を目で追っていると……自分の唇に、ロイのそれが重なってきた。
「っ!!」
時間にしてみればほんの一瞬だっただろう。その、ふれるだけの口づけは、しかし、エドワードを驚愕させるには十分で――
「――――」
目を見開いたまま固まったエドワードは、ロイの身体が離れていった後も、凍りついたまま動けない。
「……私の告白にたいする返事を聞きたかったのだが……今は無理そうだな。また次に会ったときにその答えを聞くとしよう」
いまだに動けないでいるエドワードを見下ろしー、ふっと笑ってそれだけ言うと、ロイは少年を一人その場に残して、路地から出て行ってしまった。
「………………」
その後姿を呆然と見送っていたエドワードは、ロイの姿が視界から消えた途端――糸が切れたようにふっと脱力して、背後のレンガの壁にもたれかかった。そのままずるずると地面にへたり込む。
先ほどまでロイの唇がふれていた場所に、震える指先でふれながらエドワードはうめくようにつぶやいた。
「何なんだアイツは……」
→ It continues.