第八話
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「エド……か」
 静かな執務室。
 ぽつりとつぶやかれたその言葉は、意外と大きく自分の耳に届いた。


 執務室の奥にある机に座っているのはこの部屋の主、ロイ・マスタング大佐。
 闇色の髪に黒い瞳のその青年は、まったく仕事もせずに朝から同じ言葉を繰り返していた。
「………………ふぅ」
 部下であるホークアイ中尉の手によって机の上に山積みにされた書類を机の脇にどけると、ロイはその開いた場所に両肘をついて両手を組み、その上にあごをのせた。本日、何度目かになるため息をもらした。
 現在。ロイの頭の中を占めているのは、昨日の出来事――金色の瞳に、蜂蜜色の長い髪を三つ編みにした怪盗の少年エドが、初めて自分に見せた屈託のない笑顔――だった。
 昨日から彼の笑顔が頭から離れないのだ。
 会えばいつもケンカ腰で突っかかってくる少年の意外にも素直な一面に、わずかな驚きとともに、愛しさを感じている自分を自覚して――
「……まずいな、本気になりそうだ」
 ロイは自嘲気味に笑った。
 今まで、数多くの女性と付き合ってきたが、本気の恋愛というものをした経験は――もしかしたら、一度もないかもしれない。
 一人の人間を、こんなに気に入ったのも、こんなに愛しく思ったのもエドが初めてで……
「しかし……彼はマズいだろう?」
 相手は、年の離れた子供――しかも、男の子だ。
 それに問題点ならほかにもある。自分は軍の人間で――エドは怪盗なのだ。
「まあ……私がいる限り、誰かにエドを捕まえさせたりはしないがね」
 誰に言うでもなく、ロイは自信満々にそう言い切るとふっと笑ってみせた。
 すると――
『……大佐、それは職権乱用です』
 どこからか、自分の優秀な部下の冷たい突っ込みが聞こえた気が……
「!?」
 思わず、ここにいないはずのホークアイの姿を探してしまうロイであった。
「…………空耳だな」
 執務室の中に自分以外誰もいないことを確認すると、ロイは先ほど聞こえたような気がした声を『空耳』の一言で片付けて無視を決め込んだ。


 ――そして、しばらく悩んだ結果。
「…………やはり、私はエドのことが好きなのだろうか?」
 何度自分自身に問いかけてみても、答えはやはり同じ。
 悩んだ末に出た結論を素直に受け入れて、自分の気持ちを自覚してしまえば――後は早かった。
「問題は、エドが私の告白を本気にしてくれるかどうかか……」
 会えばいつも、からかいを含んだ言葉ばかりをかけていたので、いまさら『好きです』といったところで、タチの悪い冗談としかとってもらえなさそうだが……
「ま、今ここで悩んだところでしょうがない。エドに気持ちを伝えてみて……後はそれから考えるか……」
 次に会う機会があれば、その時にエドに告白しよう――そう心に決めると、ロイはおもむろに椅子から立ち上がって、窓辺に歩み寄った。
 ガラス越しにエドの家がある辺りを見つめながら、ふっと不敵に笑って言った。
「私を本気にさせたんだ。それなりに覚悟してもらおうか」


end