第七話
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「……さて、どうしたものやら」
 ホークアイとのやり取りの後。ロイは気絶したままの少年を車に乗せて、街の中心部へと向かって車を走らせていた。
 『自分が送っていく』と言ったものの、ロイが少年の家を知っているわけもなく……仕方がないので、少年と会ったことのある通りの入り口付近で車を止めると、ロイは少年が気がつくのを待った。
 しばらくして――
「う…………ん?」
 車の後部差席に移動して少年の様子を見守っていたロイは、隣の少年がわずかに身じろぎしたのに気がついて、そっと静かに声をかけた。
「気がついたかい?」
「…………ここは……車の中? オレ、宿屋にいなかったっけ……?」
 ぼんやりとした口調でそう言いながら、上半身を起こして――
「って、わあ!?」
 横から自分の顔を覗き込んできていたロイと目があって――思いっきり驚いた声を上げた。
「な、な、なんでアンタがここにいるんだよっ!?」
 びしっとロイにむかって指を突きつけ、睨んでくる少年の態度にロイは少し不服そう肩をすくめた。
「君を助けた恩人に向かって、そのリアクションはないだろう?」
「……恩人?」
 ロイの口から飛び出したその言葉に、少年は蜂蜜色の髪を揺らして小首をかしげた。
「宿屋の二階の窓を突き破って落ちてきた君を私が抱きとめていなければ、君はそのまま地面に激突していただろうね」
「…………そっか、オレあの後、犯人に投げ飛ばされたんだっけ」
 しばらく、思い出すように目を閉じてぶつぶつとつぶやいていたが、やがて納得したのか少年は顔を上げると、
「とりあえず助けてもらったみたいだから、礼は言っといてやる」
 そう前置きしてから、
「ありがとな」
 そう言ってにこっと笑った。怪盗の少年が始めて自分に見せた屈託のない天使のような笑顔に、ロイの心臓がどくんと大きな音を立てた。
「!!」
 急に激しく鼓動を刻み始めた心臓に、動揺が隠し切れない。
(な、何だ? これは)
 胸に手をあてて固まってしまったロイの変化にはまったく気付かず、
「ああ、上着もサンキューな。それじゃ、オレ帰るわ」
 少年は自分の上にかけられていた軍服の上着をロイに返すと、立ち上がろうと床に左足をつけて――
「痛っ!」
 不意に上がった小さな悲鳴に、ロイははっとなって少年を見た。
「どうした!?」
「あ、足が……」
「見せてみろ」
 靴を脱がせると、少年の左の足首は右に比べて、倍ほどに腫れ上がっていた。
「少し痛むが、我慢してくれ」
 そう言ってロイは慎重に怪我の状態を診た。
「骨は折れてなさそうだな……」
「っ!」
 痛そうに顔をゆがめる少年を気遣いながら、ロイは車に積んであった救急箱から必要なものを取り出すと、手際よく手当てを始める。
「これでよし。あまりひどく痛むようなら今すぐ医者に……」
「い、いいよ!」
 そのロイの提案を、少年はぶんぶんと首を横にふって辞退した。
「しかし…………」
「いいってば!」
「…………しかたないな」
 少年のかたくなな態度に、ロイはやれやれと肩をすくめると、
「どちらにせよ、この足では一人で歩いて帰るのはムリだな。私が家まで送っていこう」
「いいよ! 送ってくれなくって!!」
 必死に言う少年に、ロイは笑いながら言った。
「はははっ、遠慮することはない。さあ、君の家はどこにあるのかな怪盗君?」
「わああっ!」
 そのロイの最後の一言に、少年は声を上げながら、慌てて両手でロイの口をふさぐ。
「こんな通りのど真ん中で、その呼び方すんなよ! 他の人に聞かれたら困るんだよ!」
 小声で怒鳴る少年。
 彼の手で口を塞がれたままの格好で、ロイが目だけで外を見ると、ちょうど車が止まっているすぐ横を、数人の通行人が足早に歩いているのが見えた。
「だったら君の名前を教えてくれないかい? そうすれば、もう二度とこの呼び方はしない」
 自分の口から少年の手を引き剥がすと、ロイはにやにやと意地悪げな笑みを浮かべた。
「うっ……」
 ――しばらく悩んだ後。
 少年は、小声でぽつりと自分の名前を名乗った。
「…………エド」
「エド? フルネームは?」
「そこまでは言わねぇよ!」
 ぷいっとそっぽを向いてしまったエドの様子に、ロイは彼のフルネームを聞き出すのをあきらめると、話を本題に戻した。
「……仕方ないな。それでエド、君の家の場所は?」
「…………街外れの――」


「ここらへんでいいよ。車止めて」
 エドに言われたとおり、街外れ近くにある細い通りの入り口で車を止めたロイは、心配げに後部座席の少年を振り返った。
「本当に一人で歩けるのかい? 家の前まで送っていこうか?」
「アンタに家の場所がばれるからヤダ!」
 べぇーっと舌を出してから車を降りると、エドは運転席のロイに見えるように手を振った。
「じゃ、送ってくれてありがとな」
「……ああ」
 にこっと笑って礼を言ったエドの笑顔にまたもや目を奪われて、ロイは自分の中に生まれたこの感情をもてあましていた。
「………………」
 左足を引きずりながら細い通りへと入っていく少年の小柄な背中が見えなくなるまで見送って、ロイは深くため息をついた。


end