第七話
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 昼下がりののんびりとした空気をぶち壊したのは、一発の銃声と、野太い男達の怒声だった。


 事件発生から遅れること、数十分――
 市民からの通報を受け、軍部の人間が数台の車で現場に到着したときには、犯人達は数人の市民を人質にとって、現場近くにあった宿屋に立てこもっていた。
「この通りは通行止めにしておけ。それから被害が拡大しないように、付近の住民に避難を呼びかけろ!」
 現場近くの通りを全面的に通行止めにして住民の避難指示を出す。
 現場での指揮を取るのは、ロイ・マスタング大佐――黒い瞳に闇色の髪の青年だ。その側でロイのサポートしているのは、ダークブラウンの瞳に、長めの金髪をきりりとアップに結い上げた女性――リザ・ホークアイ中尉。彼女は手元にある資料に目をやりながら、手際よくロイに状況を説明しはじめた。
「大佐。現在、宿屋に立てこもっている犯人グループは、おととい隣町の銀行を襲った連中のようです」
「ああ、あれか。逃走したとの報告を受けていたが……」
「どうやらこの街に逃げ込んだようですね」
「犯人の数は?」
「目撃者の話では、5〜6人。全員が銃で武装している模様です。現在、数名の人質を取って宿屋に立てこもり中です」
「わかった」
 いったんホークアイとの話を打ち切ると、ロイは問題の宿屋へと目を向ける。
 道路に面して建っているその宿屋は、こじんまりとした造りの二階建てだった。一階の入り口付近の窓からちらちらと人影が見える――おそらく犯人のうちの一人が外の様子をうかがっているのだろう。同じように、二階に数部屋ある客室の一つ。カーテンが下ろされた部屋の窓からも数名の人影が見えた。
 そして宿屋の前の道路では、この宿の主人らしき中年の男が、現場に配置についている軍人の一人にすがりついて、わめき散らしていた。
「早く助けてくれ! 女房たちが人質になってるんだ!」
「落ち着いてください。中はどうなってるんです? 人質の数は?」
「人質は女房とうちの従業員の娘が二人。それと、たまたま入り口の所にいた男の子が一人、犯人に捕まって……」
「えっと、それじゃあ人質は全部で4人ですか? それで人質はどこにいるんです?」
 尋ねる軍人の質問には答えず、宿屋の主人は勝手にしゃべり続けた。
「わしは入り口の辺りで入ってきたガラの悪い奴らを止めようとして押し問答になって、外に蹴りだされて……」
 そこで言葉を切ると、宿屋の主人は地面にうずくまっておいおいと泣き出した。
「わしが情けないばっかりに……ああ、お前無事でいてくれ!」
「大丈夫ですから、ちょっと落ち着いてくださいよ」
 完全に取り乱した宿屋の主人をなだめながら、何とか中の詳しい様子を聞きだすことに成功した部下の報告は――
「――というわけで、人質は女性三人。男の子が一人。宿の主人の話では、犯人が立てこもっている二階の客室に人質も一緒に連れていかれた模様です」 
「どうします? 一気に中に踏み込みますか?」
 ホークアイは淡々とした様子でロイに指示を仰いだ。
「……いや。もう少し様子を見よう。人質のご婦人方に危害が及ぶのはまずい」
「わかりました」
 ロイは部下達に待機命令を下すと、犯人達が立てこもっている客室の真下へと移動した。
「犯人から、要求などは?」
「いえ、今のところは何も」
「そうか……」
 ガタン! ドスン!
 バン! バタン!
 急に宿屋の中が騒がしくなったかと思うと、入り口から三人の女性が転がり出てきた。玄関脇に配置されていた軍人の一人が、あわてて女性たちの救助にむかう。
「大丈夫ですか?」
 安全なところまで移動した人質の女性達へと声をかけていると、宿屋の主人が駆け寄ってきた。
「あんた!」
「お前無事だったか!」
 ひっしと抱き合う宿屋の主人夫妻。
 感動の再開を果てしている宿屋の主人夫妻の横では、宿の従業員らしき二人の女性が泣きながら助けに来てくれた軍人にすがりついてきた。
「ああ、中にまだ男の子が! 早く助けてあげてください!」
「あたしたちを逃がそうとして、一人で犯人に飛び掛っていって……」
「なんだと!?」
 それを聞いてロイは慌てた。急いで部下に突入命令を下そうとした。瞬間――
 ガシャン!
 二階の客室の窓ガラスを突き破って、中から蜂蜜色の髪を三つ編みにした小柄な少年が飛び出してきた。きらきらと日の光を受けて輝くガラスの破片とともに、放物線を描きながら地上へとまっさかさまに落ちてくる。
「!!」
 ロイの目から見て、少年は完全に気を失っているように思えた。
 落ちてくる少年の身体を抱きとめようと、ロイは落下予想地点へと駆け出す。
「この少年は――」
 自分の腕の中に納まった子供を見下ろし、ロイはこの少年の顔に見覚えがあることに気がついた。そう言いかけて――殺気を感じて、とっさに少年の身体を抱きかかえたまま、わずかに頭を横に動かした。
 バンッ!
 銃声とともに飛んできた一発の銃弾が、今しがたまでロイの頭があった位置をかすめて飛んでいく。
 弾にかすった黒髪が数本。ちぎれて風に舞った。
「大佐、さがっていて下さい!」
 銃声を聞きつけ、駆け寄ってきたホークアイは、流れるような動作で装備していた銃を抜き放つと、二階の割れた窓からこちらに向けて発砲した犯人に照準を合わせ――ためらうことなく引き金を二度、引く。
 バン! バン!
「ぐわっ!」
 発射された弾は、狙いたがわず犯人の手の中の銃を弾き飛ばし、続けて放った二発目の銃弾が見事に犯人の肩を打ち抜いた。
「くそっ! ヤロウども!」
「やっちまえ!」
「おう!」
 その言葉を合図に、軍と犯人たちとの本格的な銃撃戦が開始された。
 バン! バン! バン!
 バン! バン! バン!
 軍と犯人――双方が撃つ銃弾が道路をえぐり、建物の壁に弾痕を残す。
 犯人の腕が悪いのか――こちらに死亡者は出ていないものの、犯人側も宿の建物の壁を盾に応戦しているので人数はいっこうに減っていない。
 ロイは飛び交う銃弾を避け、気絶した少年の身体を抱えて車の影まで移動した。そこへ、ロイの部下の一人である緑色の瞳に短い金髪の青年が銃を片手に、同じように姿勢を低くして飛んでくる銃弾を避けながら、ロイが隠れている車の影へと身体を滑り込ませてきた。
「ハボック少尉か」
 ハボックと呼ばれた青年は、ロイの腕の中の少年に視線を落とすと、片手に銃を握り締めたままで尋ねてきた。
「大佐、その子。オレが預かっときましょうか?」
「いや、いい。それより耳を貸せハボック少尉」
 ごにょごにょと、なにごとか耳打ちするロイ。
「了解」
 ハボックはロイにむかって軽く敬礼すると、そのまま銃撃の合間を見計らって車の陰から飛び出した。
「おい、誰でもいい三人ほどついて来い!」
 部下を三人ほど引き連れると、ハボックは宿屋の窓から死角になるような位置を選んで、こそこそと移動し始めた。


 ――それからの事件の進展は、早かった。
 ロイの指示で宿屋の裏口に回りこんだハボック率いる部下4人が、犯人たちの背後から奇襲をかけたのだ。
 不意を突かれて犯人たちが混乱している間に、残りの部下が玄関の扉を蹴破って中に突入し、宿の中にいた犯人たちを制圧したのだ。
 捕まえた犯人の武装を解除させ、逃げられないように拘束する作業が進む中、
「死ぬかと思いましたよ。マジで……」
 犯人との戦いで負傷したのか、頬に血をにじませたハボックが疲れたように道路にしゃがみこんでいた。
「ごくろう」
 ロイはその肩をぽんとたたいてハボックの苦労をねぎらってやってやってから、
「すまない中尉。ここを頼む」
「はい」
 現場の後処理をホークアイに頼んでその場から離れると、ロイは近くに止めてある一台の軍の車へと足を向けた。
 ドアを開けて車の後部座席を覗き込むと、人質になっていた蜂蜜色の髪の少年はまだ気絶したままだった。
 後部座席に寝かせる際にざっと身体を確かめたが、とくに外傷もなさそうだったので、しばらくすれば目を覚ますだろう。
(少し、寒いか……)
 そう考えて、ロイは自分の着ていた青い軍服の上着を脱いでそっと少年の身体にかけてやると、そのまま自分も車の後部座席に乗り込み、ドアを閉めた。
(さて……)
 少年の横顔を、少し困った顔で見つめる。
 今は閉じられていて見えないが――意識が戻れば――強い光を宿したその金色の瞳は、鋭く自分を睨みつけてくることだろう。
 なにせ、自分はこの少年の敵なのだから……
 ――ロイだけが知っているこの少年の正体――この少年は実は怪盗なのだ。
(そういえば、まだ名前を教えてもらっていなかったな……)
 何度か出会うことはあったが、いまだに名前を聞き出せていなかった。
 気に入った相手なので、会うたびについついからかいを含んだ言葉をかけてしまう。そのせいか、少年は――ロイの中のイメージでは――いつもケンカ腰でつっかかってくる印象が強い。
(怒っている印象が強いせいか、君が静かだと妙な感じだな…………)
 すっと手を伸ばして少年の前髪をすくいあげる。
 さらさらと指の間を滑り落ちていく蜂蜜色の髪を眺め――ふと、その少年の柔らかそうな唇に触れてみたくなった。
「――――――」
 シートに片手をつき、身体を傾けると静かに顔を近づけて――
「大佐」
「!?」
 車外から聞こえたハボックの声に、ロイはぎくりと身体をこわばらせた。
 慌てて少年から身体を離すと、極力平静を装って返事を返す。
「――どうした?」
「いや、中尉が呼んでますけど……って、なんかあったんすか?」
「いや。すぐ行く」
 訝しげに聞いてくるハボックに即答で返事をすると、ロイはちらりと、いまだに意識のない少年へと目をやってから車を降りた。


 車から降りてきたロイに気がついたホークアイは、部下に指示を出してからロイの元へとやってくる。
「大佐。あの少年のことなんですが、特に外傷もないようですし目が覚めるまで軍部の医務室の方で預かりましょうか?」
 そのホークアイの提案に、ロイは思わず逡巡した。
(……彼を軍部に?)
 怪盗である彼を、軍部に連れて行くわけにはいかないだろう? ――万が一、正体がバレたら大事だ。
 そんな事になれば、ロイは今度こそ本当に、この怪盗の少年を捕まえなくてはならなくなるだろう。
(それだけは、避けたいな……)
 かといって、このまま気絶している少年を放り出すなんてこと、ロイにできるはずもなく……
 悩んだ末、ロイが出した結論は――
「…………私が、彼を家まで送っていこう」
「…………わかりました」
 ホークアイは訝しげな表情を見せたものの、特に理由を追及してくるでもなく、首を縦に振った。


→ It continues.