第六話
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 怒りまくる兄をなだめすかして、とりあえず中央展示室から廊下へと移動したアルフォンスは、廊下に転がしてあった見張りの人間を展示室内へと放り込むと、中にいた二人の警備兵も縛り上げて同じように猿轡を噛ませてから扉を閉る。すると外からエドワードが錬金術で鍵をかけてしまった。
「ふん! これでしばらくは出てこないだろう!」
「いいのかなぁ〜扉、開かなくしちゃって……」
「いいの。いいの! 後で誰かが扉ぶち破ってでも助けるだろうさ!」
 あ〜ムカツク! と不機嫌丸出しで歩き出すエドワードの後について、アルフォンスも歩き出した。
「これからどうするの兄さん?」
「決まってんだろ。あのヤローを見つけ出して『真紅の焔』をいただく!」
「どこにいるのかわからないのに?」
「絶対ヤツはこの美術館の中にいる! 最初に外からのぞいた時に二階の部屋の中にいたのは確かなんだ!」
「二階の部屋?」
「ほら、アルも顔見たろ? あの中尉とか呼ばれてた女の人の隣にいた闇色の髪の……」
「ああ、あの男の人。……そういえば時計塔で見たとき、『大佐』って呼ばれてたよね。たしか」
「ああ」
「じゃあ、しらみつぶしで一部屋ずつ探すしかないかな。えーっと二階の東側のトイレと中尉がいた部屋はもう見たから……」
 アルフォンスが見取り図の内容を思い出すように軽く目を伏せた。
 その間も、エドワードは周りの警戒を怠らない。
 二人は廊下の胸像の陰に隠れながら、次なる作戦を立て始めた。
 あと、二人がいっていない場所は。
 一階のすべての部屋。
 二階の東側は階段のすぐ脇の部屋。西側の三つの部屋はまったく手付かずだ。
「しかたないや、二手に分かれようそのほうが早い。ボクが東側の残りの部屋を確認するよ」
「じゃあ、オレは西側の奥のほうから順番に扉をあけて回る」
「じゃあ、ボクも後で西側の手前のほうから確認していくよ」
「じゃ。後で廊下で合流。見つからなかったら一階におりるってコトで」
「オッケー」
 もう一度慎重に人が来ないことを確認してから、エドワードとアルフォンスはそれぞれ別の方向へと走り出した。


 アルフォンスと分かれて西側の廊下にむかったエドワードは、手はずどおり廊下のつきあたりの扉から調べることにした。
 慎重に扉に耳をつけて聞き耳を立てる。
(静かだな……)
 『真紅の焔』は今は確か、ロイが持っているはずだ。
 ということは人のいないこの部屋は、
(はずれ?)
 そう思ったが、エドワードはふるふると頭を振って考え直した。
(師匠が言ってたもんな。『確認は怠るな』って。ちゃんと中の確認ぐらいしていかないとな)
 そっとドアノブに手を伸ばす。
 ここも鍵はかかっていなかったようだ。少しだけ扉を開けると、エドワードは慎重に中を覗き込んだ。
 中は、カーテンのかかった窓が一つ。そして周りの壁には所狭しと本棚が置かれていた。
(本……資料室? いや、書庫か? どっちにしても人はいなさそうだ)
 そう判断すると、エドワードはそっと元どおりに扉を閉めた。そして素早く隣の部屋の前へと移動する。
 さっきと同じように扉に耳をつけようとして……
 ゴンッ!
 突然ひらいた扉がエドワードの頭を直撃。
(くぅ〜っ!)
 痛みに思わず涙目になりながら、エドワードが慌てて扉から身体をはなした。
 急いでその場を逃げ出そうとしたエドワードの肩を、部屋の中から伸びてきた腕がガシッと掴む。
(うおっ?!)
 そしてそのまま、小柄なエドワードの身体を室内へと引きずり込んだ。
(や、やべぇ! 捕まる!)
 無我夢中で、自分の肩を掴んでいる手を振りほどこうと、暴れる。
「静かにしなさい。別にとって食おうというわけじゃない」
(えっ?)
 耳元で囁かれた聞き覚えのある声に、エドワードは抵抗するのも忘れて自分の肩を掴んでいる人物の顔を見上げた。
「やぁ、ひさしぶりだね怪盗君」
 場違いなほど爽やかにそう言われて、エドワードは思わずぽかんとその整った顔を凝視した。
「あ、アンタは……」
 室内から出てきた人物――ロイ・マスタングは嬉しそうに黒い瞳を細めると、大人しくなったエドワードの肩から手を放した。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
 上機嫌で笑いかけてくるロイに、エドワードは思いっきり嫌そうな表情を向けると、
「オレは今忙しいの! あんたと遊んでるヒマはないっ!」
 くるりと踵を返そうとするエドワードにむかって、ロイは意地悪げに言った。
「おやおや。てっきりこれを取りに来たのかと思ったのだが」
 そう言ってロイが懐から取り出したのは――
「ああ〜っ!! 『真紅の焔』!」
 すっかり忘れていたらしい。
 ロイの手の中にある、赤い光を放つルビーを見て、エドワードはばっとロイに飛び掛った。
「よこせ!」
 エドワードがロイの持っているルビーを奪おうと手を伸ばすが、ロイはそれよりも早くルビーを持っている手を左によけた。エドワードの手が空を切る。
「くっそ!」
 今度は左に手を伸ばすが、それよりも先にロイは手を上に上げる。またエドワードの手が空を切る。
「う〜っ!」
 エドワードが唸りながらロイを睨みつけると、ロイは意地悪く笑いながら、
「ほらほらどうした。もう終わりか?」
 エドワードによく見えるように『真紅の焔』を頭上で軽く左右に振って見せる。
「アンタ……ムカツク!」
 神秘的な赤い光を放つルビーと、余裕ありげなロイの顔を交互に見て、エドワードは悔しそうに唇を噛む。
(このままおめおめと引き下がれるか! 絶対に手に入れてやる!)
 ぐっと拳を握り締めると、エドワードは再びロイにむかって飛び掛っていく。
 目標は、ロイが手にしている『真紅の焔』――ではなく、その下。
「おっと!」
 自分の鳩尾を狙って繰りだされた拳を、後ろに飛び退って難なくかわす。ロイが着地した瞬間を狙って、エドワードは素早く身体を沈み込ませると、足払いをかけた。
「くっ!」
 どうにか倒れはしなかったものの、見事に体勢を崩したロイの横手に素早く回りこみ、エドワードはルビーを握っている方の手首に、思いっきり手刀を叩き込んだ。
 痛みに顔をしかめるロイ。思いっきりエドワードに手首を叩かれて力の緩んだ手から、ルビーが零れ落ちた。
「あっ!」
(よし、今だ!)
 ルビーが床に落ちる寸前、エドワードが伸ばした手は、ロイよりもわずかに早く『真紅の焔』を掴んでいた。
「なかなかやるな」
 痛む手首をさすりながらそう言ったロイの言葉に、エドワードはにやりと笑うと手に入れたばかりの『真紅の焔』を掲げて見せた。
「それじゃあ、これはオレがいただいていく!」
「仕方がないな」
 まったく悔しそうではないロイの態度に、エドワードのほうが戸惑う。
(へっ? やけにあっさりしてんな……これを守るために、これだけの人間集めて警備してたんじゃないのか!?)
 不審に思いながらも部屋から出ていこうとするエドワードを、ロイが呼びとめた。
「おやおや。せっかく久しぶりに会えたというのに、もう行くのかい?」
 ロイのまったく場違いなセリフに、エドワードは眉間にしわを寄せてロイを睨んだ。
「あのなぁ……オレとアンタは敵同士なの! わかってんのか?」
「ああ、ちゃんとわかっているさ」
 そういって意味ありげに笑う。
「あんた、絶対わかってない……」
 エドワードは頭痛をこらえるようにこめかみを人差し指で押しながらうめいた。
「『アンタ』ではなくて、ロイ・マスタングだ」
「は?」
 急な話の流れについていけず、エドワードは思わず尋ねかえした。
「なに?」
「私の名前だ。ちゃんとカードに書いておいただろう? それとも覚えていないのか?」
 からかうようにそう言われて、かちん、ときたエドワードはムキになって言い返した。
「見たよ! 読んだよ!! 覚えてるよ!!!」
 その返事にロイはふっと笑って、
「それならちゃんと『アンタ』ではなく、名前で呼んで欲しいものだ。それから、私の名前も覚えてもらえたようだし、そろそろ君の名前も教えてはもらえないだろうか? いつまでも君のことを『怪盗君』と呼ぶのも気が引ける」
「誰がそんなもん教えるか!!」
 ふん! と鼻を鳴らしてエドワードはくるりと背中を向けると、手に入れた『真紅の焔』をポーチの底にしっかりとしまってから、さっさと部屋から出ていってしまった。
「やれやれ。また名前を聞きそびれてしまったな」
 ロイは楽しそうな笑みを浮かべたまま、部屋から出て行くその小柄な背中をのんきに見送った。


「兄さん!」
 エドワードが廊下に出ると、ちょうど隣の階段脇の部屋からアルフォンスが出てきたところだった。
「どうだった? 『真紅の焔』は見つかった?」
「おう。バッチリだぜ!」
 アルフォンスの問いに、自慢げにぐっと親指を立てて見せる。
「よかった。それじゃ……」
「ずらかるか!」
 にっと顔を見合わせて笑う。
 エドワードに案内されて、二人は西側の廊下の突き当たり。先ほどエドワードが確認した資料室目指して静かに走りだした。
 いっこうに追ってこないロイの行動を不審に思いながらも、エドワードは手早く資料室の窓の鍵を開けると、そこから外にむかって飛び降りた。
 それにアルフォンスも続く。
 そのまま二人は、塀をこえて美術館の敷地から外へ出ると、暗闇にまぎれて夜の街へと駆け出した。


end