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美術館の外周をぐるりと囲む塀の上に、身軽によじ登ったエドワードとアルフォンスは、敷地内に巡回している警備兵がいないことを確認して素早く下に飛び降りる。
途端。
ワンワンワンワン!
建物の影から犬が二匹飛び出してきた。
「犬!?」
驚きながらも、二人は飛びかかってくる犬の首筋めがけて、手刀を叩き込む。
「犬がいるなんて聞いてないぜ!」
気絶させた二匹の犬を塀の陰に隠しながらエドワードが文句をたれる。
「たぶん軍用犬だよ。警備のために連れてきだ!」
そんなやり取りの間にも新手の犬が建物の角から姿を現した。
「さっさと行こうぜアル。いちいち犬なんか相手してたらキリがねぇぞ!」
「うん」
エドワードの言葉を受けてアルフォンスが腰につけていたポーチからフックの付いたロープを取り出した。
ひゅんひゅんと頭上で何回か振り回して勢いをつけてから、屋根の出っ張りめがけて投げる。
カッ!
フックがちゃんと引っ掛かったことを確認してから、アルフォンスはするすると身軽にロープを登りだした。
それに続いてエドワードもローブを登る。
エドワードの足が地面から離れたとき、
ウーッ! ワンワン!
今度は三匹の犬が二人に近寄ってきた。
エドワードならまだギリギリ飛びかかれそうな位置にいるのだが、警戒してか犬達は吠えるだけで、飛びかかっては来ない。
「そうだ!」
「?」
何か思いついたらしい。
エドワードがなにやら自分のポーチの中をごそごそやっているのを、アルフォンスは上から不思議そうに見ていた。
「あったあった」
取り出した物を手の中に握りこんだまま、エドワードはその手を犬の鼻先に突きつけた。
「?」
きょとんとしているアルフォンスの見ている前で、犬達はくんくんとエドワードの手を嗅いでいる。
エドワードが手を右に動かせば、犬達も右についてくる。
エドワードが手を左に動かせば、犬達も左についてくる。
それを確かめてから、エドワードは手の中の物を庭の隅めがけて思いっきり投げた。
いっせいにエドワードが投げた『物体』を追いかけて駆け出していく、犬達。
「……何やったの兄さん?」
「腹へったときに食おうと思って持ってきてたベーコン投げたんだよ。あいつらもよっぽど腹がへってたんだな」
「…………」
おかしそうにくくっと笑うエドワードを、アルフォンスがなんともいえない顔で見ていた。
フックつきロープを使って美術館の屋根に上った二人は、正門から見て死角になる位置まで移動すると、懐から小さく折りたたまれた見取り図を取り出して広げた。
「えーっと……目的の『真紅の焔』の場所は、っと」
「二階中央にある展示室だよ、兄さん」
「ここか」
月明かりと、星明りを頼りに見取り図を確認する。
「今の場所がこの辺だから……ここからだと、東側のこの部屋の窓から侵入するのがいいと思うよ」
アルフォンスの指差した場所を見て、エドワードが渋い顔をした。
「東……さっき覗いてた窓の一つとなりの窓か。ヤバくないか?」
「大丈夫だよ。きっと」
自信満々にそう言うアルフォンスに、エドワードは半信半疑な顔で尋ね返した。
「なんでそう言い切れるんだ?」
アルフォンスはぴっと立てた人差し指を左右にふりながら、
「だって、トイレを警備したってしょうがないじゃないか」
「ガクッ」
派手にコケかけたエドワードを促してアルフォンスは立ち上がった。
「さあ、兄さん。さっさと行こう」
「そうだな。さくさくっとやって『真紅の焔』を頂戴するか!」
屋根の縁に足をかけて逆さまにぶら下がったままで、エドワードは自分の胸の前で両手の手のひらを軽く合わせた。
続いて、トイレの窓枠に両手を押し付ける。
バシッ。
音とともに、エドワードの錬金術で作り変えられた鍵のない内開きの窓を開けると、エドワトーは窓枠の上部分を両手でしっかりと掴んでから、おもむろに屋根の縁にかけていた両足を外した。
身体が壁にぶつかる寸前で素早く左右の手の位置を入れ替え、身体をくるりと反転させると、その勢いのまま、トイレ内部へと飛び込む。
「ふぅ〜。ちょっとヤバかった〜」
なんとか無事侵入できたものの、一歩間違えばそのまま頭から地面にまっ逆さまだ。
「兄さん。ムチャしすぎだよ!」
「はははっ。結果オーライだって」
屋根の上で見ていたアルフォンスが小声で怒るが、エドワードはそのアルフォンスの怒りを笑って誤魔化す。
「もう!」
怒りながらもアルフォンスもエドワードの後に続いた。
しかし、こちらはスタンダード(?)に壁のわずかな出っ張りを足がかりにするすると窓の横まで下りてきて、そっと静かにトイレ内へと侵入。
「さ、これからが本番だぜ!」
「兄さん。もっと慎重にいってよ」
トイレの扉に耳を押し当てて聞き耳をした後。エルリック兄弟は外に警備の人間がいないことを確認してから静かに扉を開けた。
こうこうと明かりの点った廊下は、美術館らしくいくつもの胸像が壁際に等間隔で置かれていて、床には毛足の長い赤い絨毯が敷き詰められていた。
自分達の足音を消してくれるのは好都合だが、同時に巡回してくる警備兵の足音も消されてしまう。
「こりぁ、足音で人が来たかどうか判断できねぇな」
「慎重に行こう」
「ああ」
胸像の陰に隠れながら慎重に廊下を進む。
見取り図どおりなら、この東側には部屋は三つ。中央に目的の『真紅の焔』のある中央展示室をはさんで西側にも部屋が三つあるはずだ。
しばらく行くと、目的の中央展示室とは反対側に位置する部屋の中から、誰かが話す声が聞こえてきた。
「兄さん」
「しっ!」
そっと扉に近づき、二人で聞き耳をたてる。
「中尉。先ほど裏庭に配置していた犬達がなにやら騒いでいたようです」
「侵入者かしら? ひょっとして二代目『怪盗F・A』が?」
「可能性は高いですね」
「ハボック少尉とりあえず庭と玄関ホールの警備を厳重に。それと大佐に連絡を」
「はい」
会話が途切れ、扉の方へ人が歩いてくる気配が――
「ヤバイ! 隠れろ!」
鋭く(だが小声で)エドワードが叫ぶ。
「わわっ」
慌てて、手近にあった胸像の影に飛び込むエドワードとアルフォンス。
二人が隠れるのと同時に、扉が開いた。
部屋の中から出てきたハボックは、エドワードたちに気付くことなく、そのまま早足で一階の玄関ホールへと続く階段を駆け下りていった。
(ふぃ〜)
エドワードが思わず冷汗をぬぐう。
(今、部屋にいた女の人って……)
アルフォンスが開いた扉の隙間からちらりと見た人影は、この美術館に侵入する前に外から見たロイと一緒にいた女性――ホークアイだった。
(そっか……あの人中尉なんだ)
中尉といえば軍の中でも比較的地位が高い人だ。
(…………)
無意識のうちに、ポケットに忍ばせてきたあの白いハンカチに手が伸びる。
少し前に、アルフォンスが転んで手をすりむいた時に、ホークアイが巻いてくれたものだ。
(……はっ! 今はダメだ。こんなことしてる場合じゃないや)
ぶんぶんと頭を振ると、アルフォンスは心配げにこっちを見ていたエドワードに向かって目配せをした。
エドワードが頷く。
二人は再び、中央展示室めざして足を進めた。
中央にある中央展示室へと伸びる廊下の角までたどり着いたエドワードは、アルフォンスに後ろを警戒しておくように伝えてから、腰のポーチから小さな鏡を取り出した。
廊下の角から少しだけ手を出して鏡で向こう側を確認する。
「部屋の外の見張りは二人か……」
「どうする兄さん。やっつけちゃう?」
「それしかないかな……中にも何人か警備の人間がいるだろうしな。気絶させてふん縛っておくか」
「それじゃ!」
「さっそく!」
顔を見合わせて頷くと、エドワードとアルフォンスは素早く隠れていた廊下から飛び出した。見張りの死角に回り込み、騒がれる前に相手の首筋に手刀を叩き込んで手際よく昏倒させる。
気絶した二人の見張りを廊下の隅まで引っ張っていき、二人まとめて仲良くロープで縛り上げる。猿轡を噛ますことも忘れない。
「やったね兄さん!」
「修行の成果だな。一週間みっちり練習したかいがあったぜ」
「さぁ、ほかのやつらに気づかれる前にさっさと中に入ろうよ」
「おっとそうだった」
慌てて中央展示室の前まで戻ると、エドワードはドアに耳をぴたりとつけて聞き耳をする。
「誰もいない……いや、待て。物音がした」
「何人ぐらいかわかる?」
その問いにエドワードはふるふると首を横に振った。
「でも、入らないワケにはいかないよね……」
「ここに『真紅の焔』があるんだしな!」
「だね!」
エドワードとアルフォンスは、扉の左右の影に身を隠して侵入のタイミングを計った。
物音が途切れたのを見計らって、ドアノブに手をかけて、ゆっくりとノブを回す。
鍵は、かかっていない。
アルフォンスが慎重にそっと扉を開け、その隙間からエドワードが室内へと滑り込む。
続いてアルフォンスも。
「!?」
侵入者に気がついて、声を上げようとした男めがけてアルフォンスが素早く飛びかかる。鳩尾を突いて気絶させた。
背後の音に気がついて後ろを振り向くと、エドワードがもう一人を気絶させたところだった。
「さぁってと!」
いよいよお宝とご対面。と、勢い込んでエドワードが辺りを見回すと、先に『真紅の焔』を見つけていたらしいアルフォンスが、顔面蒼白になってガラスケースの前に呆然と立ちつくしていた。
「どうしたアル?」
きょとんとして尋ねると、アルフォンスは震える指でガラスケースの中を指差した。
台座にはめられたプレートに『真紅の焔』と記されたそのガラスケースの中には、あるはずの宝石が――なかった。そして、宝石のかわりに一枚のカードが置かれていた。
『真紅の焔は私が預かった。
ルビーが欲しいなら、私を探し出すことだな。
ロイ・マスタング大佐―――』
「ぬぁんだとぉ〜!」
カードの文字を読み終えたエドワードの額には青筋が浮いていた。いまにも暴れだしそうな雰囲気だ。
「に、兄さん落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるかってんだ! ロイ・マスタングとかいうヤツにルビーを持ち逃げされたんだぞ!!」
「いや、この場合。持ち逃げって言うんじゃないと思うんだけど……」
「ムカツク! 誰だよロイ・マスタング大佐って! ……ん? まてよ、大佐?」
急に静かになったかと思うと、エドワードは腕組をして考えこみはじめた。
「兄さん?」
「あっ! アイツか!!」
なにか、思い当たったらしい。
途端に、エドワードはこぶしを振り回して吠えた。(ただし、小声で)
「あんにゃろ〜! 今度会ったらただじゃおかねーぞ!!」
「兄さん。今度じゃ間に合わないって……」
→ It continues.