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「アル! お茶! こぼれてるぞ!」
キッチンの棚からクッキーと皿を取り出していたエドワードは、お茶を入れている弟の手元を見て、慌てて声をかけた。
「へっ? あっ!」
エドワードの声にはっと我に返ったアルフォンスは、急いで手に持っていたティーポットをまっすぐに持ち直す。
しかし、すでに手遅れ。二杯分のお茶が入ったティーポットの中身をすべて注ぎ込まれたカップの方は、とうに限界を超えていた。
カップから溢れ出たお茶がテーブルの上で大きな水溜りをつくっている。
「あーあ……。ごめん兄さん」
「いいって。ほら」
アルフォンスはあやまりながら空になったティーポットをテーブルの脇に置くと、エドワードが持ってきてくれた雑巾を受け取り、水浸しになったテーブルの上を片付けた。
「なあアル。おまえ最近おかしいぞ? なんかあったのか?」
テーブルを拭く手をふと止めて、エドワードが心配げに弟を振り返った。
「なんでもないよ! なんでもない!」
「……そうか?」
全然、なんでもなくなさそうな顔で手をぱたぱた振るアルフォンス。
弟の答えに、エドワードはアルフォンスを気にしつつも、仕方なくテーブルの上を片付ける作業に戻っていった。
テーブルの上を片付けて、もう一度お茶を入れなおしたエドワードとアルフォンスはそのままキッチンのテーブルで向かい合わせに座ってお茶を飲み始めた。
テーブルの上にならべたお茶とクッキーを食べながら、エドワードはさっきから一言もしゃべらないアルフォンスをしきりに気にする。
最近。アルフォンスがヘンだ。
師匠のイズミに言われるまで、それほど気にはしていなかったのだが、一度気付いてしまうとたしかに何かおかしい。しっかり者のアルフォンスがこんなミスをすることも珍しいし(エドワードはしょっちゅうだが)、一人でぼんやりとしているのもよく見るようになった。
(アルのやつ……悩み事でもあんのかな?)
それならそれで、自分に相談してほしい。
たった二人の兄弟なのだから……
(オレに言いづらいことなのかな……)
「……ふう」
無意識にため息をついていたようだ。じっとこっちを見ているアルフォンスの視線に気付いて、エドワードは慌ててお茶の入ったカップを口元に運ぶ。
「……ねぇ、兄さん」
アルフォンスがためらいがちに口を開いた。
両手で包むようにして持っているカップに視線を落としたままで、なにやら思いつめたような顔をしている。そのアルフォンスのただならぬ雰囲気に、エドワードは持っていたカップをテーブルの上に戻して静かにアルフォンスに聞き返した。
「どうした?」
アルフォンスは、言おうかどうかしばらくまよっているようだった。そして一言ぽつりと、
「あのさ、恋ってなんだと思う?」
「こ、恋〜?!」
それを聞いた瞬間。エドワードの口から素っ頓狂な声が飛び出た。
「そ、そんな、急になんだと思う? とか言われても……」
「あっ。べつにそんな難しい哲学的なイミじゃなくって! その……恋愛とか、初恋の話とか……そういう話なんだけど……」
しどろもどろになっているアルフォンスの様子に、エドワードはピンときた。
「ん? さてはおまえ……好きな女の子でも出来たのか?」
エドワードの言葉にアルフォンスはかあっ、と顔を赤らめた。口をつぐんでうつむく。
「へぇー。どんな子だ? 美人か? 名前は?」
エドワードがテーブルに身を乗り出してきた。興味津々といったふうな兄の質問にアルフォンスはもじもじしつつ、
「その、名前は知らないんだけど美人で、優しくて……」
「どこに住んでる子だ? 歳は?」
「それが……一度会っただけだから詳しいことまでは……」
アルフォンスの答えにエドワードはひゅー、と口笛を吹いて、
「一目惚れか!!」
アルフォンスは赤い顔をますます赤くしてこくり、と頷いた。
「じゃあ、告白もしてないワケか……次に会った時にでもいっとくか?」
「それはちょっと……」
兄の軽いノリに、アルフォンス困ったように口ごもった。
エドワードはぐっと拳を握り締めつつ、反対側の手を伸ばしてテーブル越しにアルフォンスの肩をバンバン叩いた。
「オトコだろ! こう、根性入れてガツンといっちまえよ! オレも応援してやるからさ!」
「兄さん本当?!」
突然、アルフォンスが椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。やや乱暴にテーブルに両手をついてぐっとエドワードに詰め寄る。
「ア、アル?」
突然のアルフォンスの勢いに、エドワードは驚いて思わず後ろに後ずさる。
しかし、そんなエドワードなど気にもせず、アルフォンスは言った。
「そのボクが一目惚れした女の人……実は、軍の人なんだ!」
「なにぃ〜!」
今度は、エドワードが椅子を蹴り飛ばして立ち上がる番だった。
「マジか?!」
「軍服着てたし、間違いないと思うよ」
「ひょっとして、まさかおまえ……正体を」
ぎくりと顔をこわばらせてこっちを見る兄に、アルフォンスは、
「それは大丈夫だと思う。ボク子供の姿に戻ってた時だったから」
その説明に、エドワードは納得した。
(ああ、あの時か。そういえば、あの後ぐらいからアルがおかしくなったんだよな……)
エドワードはあの時の『子供化事件』を思い出した。それに続いて黒い髪、黒い瞳を持つ男の顔を思い出す。それから、自分の髪に触れてくる優しい手も……
「…………!」
急に顔を赤らめて、ぶんぶんと頭をふるエドワードに、アルフォンスはきょとんとして尋ねた。
「どうしたの兄さん?」
「な、なんでもない! それにしても、アルの好きになった相手は軍の人間か……」
「…………」
→ It continues.