第四話
-3-

 エドワードは大通りの人ごみにまぎれて、何とか女性達を撒くことに成功した。
 人の流れに逆らって歩くのは、子供になってしっまた今の自分にはなかなか大変で、撒くのにけっこう時間がかかってしまった。
(今何時だ? そろそろオレも公園に行かないとな……)
 大通りからもよく見える時計塔の時計で現在の時間をさっと確認する。夕方の鐘が鳴るまで後数十分といったところか。
 弟との約束を思い出し、エドワードは大通りを走り出した。


「混んでいるな……」
 そう呟きながら人ごみの中を、人の流れに沿って歩いているのはロイ・マスタング大佐。
 今日は、仕事は休みだったらしく、着ている服はいつもの軍服ではなくラフな私服。小脇に本を数冊抱えている。
「ん?」
 ふと、ロイの視界に人ごみに苦労しながら前に進む、蜂蜜色の金髪が飛び込んできた。
(彼か!?)
 今、自分が一番気に入っている怪盗の少年の顔を思い出して思わず身を乗りだす。しかし、あの少年と同じ蜂蜜色の髪の色をした人物は、どう見ても14歳には見えなかった。
(まあ、彼も14にしては小柄だったが……)
 エドワード本人が聞いたら激昂しそうなことを考えて一人で苦笑する。
 しばらく視界の隅に蜂蜜色の小さな頭を見ながら歩いていると、少し人通りが少なくなった。
 開けた視界の中にその子供の横顔が映る。
(やはり似ているな……兄弟か親戚だろうか?)
 そう思ったロイは声をかけて呼び止めようとして――やめた。見ず知らずの大人が声をかけたらおびえて逃げてしまうかもしれない。そう考えてロイは呼び止めることやめ。少々乱暴な方法を取った。
 早足でその子供の背後に近寄り、開いているほうの手を伸ばす。
 そして――
「うわっ!?」
 黙って子供の襟首をつかみ上げた。
「だれだ! いきなりなにしやがる!」
 空中にぶら下げられたまま、きゃんきゃんと喚いて暴れだす子供。そんなエドワードを真上から見下ろしロイは、
(やっぱり似ている……)
 エドワード本人だとはまったく思ってないらしい。
 まあ、当然といえば当然なのだが……
 しばらく、ロイに襟首をつかみ上げられて、ぶら下げられた格好のままばたばたと暴れていたエドワードが急に大人しくなった。
(お? 静かになった)
「はーはー、ぜーぜー……」
 肩で息をしている。どうやら暴れ疲れたらしい。
 そろそろ大人しくなったかな、とロイが思っていると、また暴れ始めた。
(猫みたいだな……)
 笑いをかみ殺しながらロイは静かにエドワードに声をかけた。
「まあ落ち着きたまえ。別に危害を加えようというわけじゃない。ちょっと君に訊きたいことがあるんだ」
 いきなり、人を荷物みたいにつかみ上げといてなにいってやがる! そう言い返してやろうとしていたエドワードは、自分の頭上から降ってきた聞き覚えのある声に、ぴたりと動きを止めた。
 顔を見るまでもなく相手がわかった。
(げげっ! この声は! たしか軍の偉いヤツだ! まずい、逃げないと!)
 何とかロイの腕から逃げ出そうと、さらに激しく暴れだす。
「わわっ!」
 なぜか、突然激しさを増したエドワードの抵抗に、ロイは不意をつかれた。エドワードの襟首をつかんでいた手を強く拳で叩かれ、思わずふっ、と手の力がゆるむ。
 急に支えを失ったエドワードの小さな身体が道路に投げ出された。
「いたたっ!」
 したたかに打った腰をさすり、エドワードが小さく悲鳴を上げる。かなり痛いのかぎゅっと閉じた目の端に涙が滲んでいた。
「だ、大丈夫かい!?」
 ロイが慌ててエドワードに駆け寄る。エドワードの傍に膝をついてしゃがむと心配そうに顔を覗きこんだ。
 覗きこんできたロイと目が合うと、エドワードはぷいっとそっぽを向いた。
「本当にすまない。大丈夫か?」
 あやまりながらエドワードの頭をそっと撫でる。蜂蜜色の髪に触れてくるロイの手をばしっと叩き落して、エドワードは立ち上がった。
 膝をついた姿勢のロイよりも、今の自分のほうがまだすこし小さい。
「くっ!」
 心配げに見下ろしてくる黒い瞳をギッと睨み付けて、エドワードはロイに背を向けて駆け出した。


 遠くで夕方を告げる鐘が鳴る。
 夕日が辺りをオレンジ色に照らしだしていた。
 エドワードが約束の公園にたどり着いた時には、アルフォンスは公園のベンチに腰を掛けてぼんやりと自分が来るのを待っていた。
 どことなく、いつもとは違う弟の雰囲気にエドワードがためらいがちに声をかける。
「アル?」
 びくっ。
 驚いたように身体を震わせる。エドワードが来たことに気づかなかったようだ。
「あっ、に、兄さん」
「なにかあったのか?」
 その兄の指摘に、アルフォンスはわたわたと小さな手を振り回した。
「なんでもないよ! なんでもない!」
「? そっか? ならいいけど」
 ふと見るとアルフォンスの手に巻かれた白いハンカチが目にとまる。
「アル。ケガしたのか?」
 そのエドワードの問いに、アルフォンスの顔がみるみる真っ赤になる。
「だいじょうぶ! ちょっとすりむいただけ!」
「ほんとか? なんかかお、あかいぞ?」
「へいきへいき! それより、せんせいのとこにかえろうよ!」
 赤くなった顔を隠すようにエドワードから視線を外すと、アルフォンスはさっさと歩き出した。
「まてよアル!」

◆◆◆


 翌朝。
 自宅のリビングでのんびりお茶を飲んでいたイズミは、ぱたぱたと廊下を走ってくる小さなふたつの足音に気がついて、持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。ドアのほうに顔を向けると、
 勢いよくドアが開き、そこからひょっこりと顔を出したのは、彼女の二人の弟子――
「せんせい、もとにもどんないよ!」
「せんせい、どうしよう!」
 一日たっても子供化したままのエルリック兄弟を見てイズミは頭を抱えた。


 エドワードとアルフォンスが元の姿に戻れたのは、それから一週間後のことだった。


end