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「このバカ!!」
「「ごめんなさい!」」
リビングに女性の怒声が響く。
腰に手を当てて怒る彼女の視線の先には、床に正座をして必死になってあやまる子供が二人――エドワードとアルフォンスである。
問題ありまくりな初仕事をなんとか終えて帰ってきたその翌日。二人は師匠であるイズミ・カーティスに呼び出しをくらっていた。
「まったく! 美術品ひとつ盗みに入るだけで、あんなに大騒ぎを起こしてどうするんだ!」
「「ごめんなさい!」」
イズミの説教にエルリック兄弟はただただあやまるしかない。
そんな弟子二人をきびしい目で見ていたが、ふう……とため息をつくとイズミは手近にあったイスに腰を下ろした。片手で顔をおおってポツリとつぶやく。
「『怪盗F・A』の名を継がせるのは早かったな……」
そんな師匠の言葉に、エドワードがちょっとあせった様子で口をはさむ。
「そんなことないって! 今回はちょっとしくじっただけだよ。なあアル?」
隣に正座している弟に同意を求めるとアルフォンスもこくこくとうなずいた。
「そうですよ。盗み自体は成功してます。……まあ、脱出の方法を失敗してますけど……」
しかし、いまいちフォローになっていない。
だが、イズミも彼らなりの心意気は感じ取ってくれたようだ。
「そうだな……もうしばらくがんばってやってみるか?」
「「はい!!」」
ふたりそろって元気な返事をした。その声に満足げにうなずくと、イズミは弟子二人を見回して、怖い笑顔でさらっといった。
「それじゃあ、こんなに騒動を大きくした罰として、この家を隅々まで掃除してもらおうか。ちゃんと自分達の手でな」
その言葉にエドワードとアルフォンスは顔を見合わせてこっそりとため息をついた。
「この家、広いんだよなー。ムダに部屋数だけはあるし……」
イズミから手渡された掃除道具一式を床に置きながら、エドワードがぶつぶつと文句をたれる。
「文句言ってもはじまらないよ、兄さん」
「こうなったら、いっそのこと錬金術で……」
「兄さん。ちゃんと手でしろって言われたの、覚えてる?」
「うっ……い、言ってみただけだ!」
呆れ顔のアルフォンスに突っ込まれてエドワードはむきになって言い返した。そんな兄の言葉をはいはい、と聞き流してアルフォンスは勝手に役割を分担してしまう。
「まずは……窓拭きはボクがするから、兄さんはモップがけね。それが終わってから次の作業をしよう」
そう言ってエドワードの手にモップを押し付けると、自分は水をくむためにバケツを持って部屋から出ていった。
「ふう……」
ひとりになるとため息がもれた。
無意識に手が自分の額をなでる。
「……っ!」
顔が赤くなるのが自分でもわかった。エドワードは慌てて額から手を離すと、きょろきょろと部屋の中を見回した。弟はまだ戻ってきていない。
「なに考えてんだよ、オレは……」
昨日の夜に会ったヘンな軍人のことをふと思い出す。
黒髪に黒い瞳の――
「そういえば名前も知らないや……」
また無意識に手が額にのびる。と、同時に思い出す。自分の額に押し付けられた柔らかな唇の感触……
「……っ!!」
突然よみがえってきた感触を追い払うように、ぷるぷると頭をふって、エドワードは手にしていたモップを床にどんと叩きつけた。
「さあ掃除だ、掃除!」
◆◆◆
ひそひそ……
その日。
軍の一室では、普段めったにお目にかかれない異常な光景が展開されていた。
「あの……大佐。この書類なんですが……」
「ああ」
部下の声に机から顔を上げたロイ・マスタング大佐は、今までにないほど上機嫌だった。機嫌よくてきぱきと仕事をこなしてゆく。そんな上司の姿に部下達の反応はといえば……
(あんな大佐見たことないぞ?)
(なんかあったのか?)
(明日は絶対嵐が来る!)
まるで天変地異の前触れ扱いである。
だがそんなロイの異様な(?)姿にまったく動じない人物がひとりいた。
「どうぞ」
「ありがとう」
リザ・ホークアイ中尉である。
入れてきたコーヒーを大佐の机に置くと処理済の書類を回収していった。ロイは上機嫌でコーヒーを口に運ぶとまた仕事に戻る。
まわりの部下達のひそひそとした囁きをまったく気にせずに黙々と仕事をし、時折ふと手を止めて窓の外に視線をやり、微かに苦笑してはまた仕事に戻る。
先ほどからそれの繰り返し。
「……あの、中尉」
この異様な光景にとうとう耐え切れなくなった若い部下がホークアイを呼びとめ嘆願するまでその光景は続いた。
「私が機嫌がいいのがそんなに珍しいか?」
「すくなくとも、これほど機嫌がいい大佐はわたしも初めて見ました」
ホークアイに言われてロイは『そうだったかな?』と首をひねった。
ここはロイ個人の仕事部屋である。
あまりに見慣れないロイの姿に、ほかの者が仕事が手につかないからと言われてしまい仕方なく場所を移動したロイであった。
「では、追加の書類はあとでお持ちします」
そう言って部屋を出て行ったホークアイの背中を見送ってから、ロイは窓の外に目を向けた。
窓の外に広がる空には雲ひとつない。昨日の夜のあの曇り空が嘘のようだ。
遠くに時計塔が小さく見えた。
ロイがひとりごちる。
「まあ、あの件に関しては上司にひどく小言を言われたがね」
あの件――昨日の夜の二代目『怪盗F・A』からの予告状のことである。
結果的に銀時計は盗まれてしまったし、上司からは散々小言を言われた。しかし、ロイとしては、とても面白い相手に出会えたので上司の言葉などまったく気にならなかった。
「そういえば、本名は聞きそびれてしまったな……」
仮名・二代目『怪盗F・A』は蜂蜜色の髪を三つ編みにした少年だった。年齢は確か14。やや小柄だが、本人の前でそれを言うとまた怒らせてしまうだろう。
ロイはひどくその少年が気に入っていた。
一目惚れといってもいいだろう。あんな状況にもかかわらず、強さを失わない金色の瞳に魅せられた。
にやりと笑ってロイは面白そうに呟いた。
「さあ、次はいつ私の前に現れてくれるのかな?」
end