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「……大佐と一緒だったんだね」
「ああ、買出しの途中でつかまってさ」
いつもの公園までやってくると、エドワードはベンチの上に荷物を降ろして一息ついた。紙袋の隣に腰をおろして休んでいると、隣に座ったアルフォンスがぽつりと言った。
「……そういえば、兄さんひょっとして大佐にボクのことしゃべった?」
ロイが自分のことを知っているような口ぶりだったのが、気になったのだろう。
「あー……ちょっとな」
「………………」
「………………」
「………………」
歯切れ悪くそう言うと、じーっとジト目で見つめてくる。
居心地の悪いその視線に耐えられなくなったエドワードは、とうとう降参。とばかりに口を開いた。
「その……アルが気になってる女性(ひと)のことをちょっと聞き出そうと思って……」
「それで失敗したわけ?」
「いや、情報は聞き出せたぞ」
「で、かわりにボクのことを話した、と」
「……悪い」
呆れたようにそう言われ、エドワードはあやまるしかなかった。
「……ま、いいけどね。大佐は兄さんの正体知ってて、それでも告白してきたような人なんだし」
いまさらアルフォンスの話を聞いたところで、エドワードに対する気持ちが変わることもないだろう。
それほど怒ってもいなさそうな――だが、呆れている――弟の様子に、エドワードはほっと胸を撫で下ろした。
「それで?」
「へっ!?」
突然、話しをふられて思わず間の抜けた声が出た。
「『へっ!?』じゃなくて! 大佐から聞き出せたっていうあの人の情報は?」
気にしていないふうを装いつつも、結構気にしているアルフォンスだった。
「えっと……名前はリザ・ホークアイ中尉」
「……リザっていうのか、あの人」
ややうっとりとした口調でつぶやく弟を無視して、エドワードは淡々と仕入れた情報を告げた。
「年齢はロイよりも年下だと思うけど、くわしくは不明。本人に直接聞けってさ。それと……住んでる場所とかもわかったけど、聞きたいか?」
「そっ!? そんな事まで大佐に聞いたの!?」
「ロイが直接本人と話した方がいいんじゃないかって言うからさ」
「で、でも……」
「ちなみに、今日は大通りの辺りで何か事件の捜査中だったみたいだぞ?」
「なんでそんなことまで……」
「いや最後の事件の話は、偶然街で会っただけなんだけどな」
「会った!?」
「そ。ロイと一緒にいるところを中尉に声かけられてさ、事件内容までははっきりとは聞いていないけど」
「………………」
「さっきロイにも言われたんだけどさ……直接本人と話した方がいいんじゃないか? そうすれば覚悟も出来るだろうし」
「覚悟って、なんの覚悟さ!?」
「そりゃ、まあ。色々と……だな」
妙に悲鳴じみた声で言い返してくる弟に何と言っていいものやら。エドワードは困って言葉をにごらせた。
「…………………………」
うつむいてなにやら考え込み始めた弟の横顔をしばらく眺めていたエドワードだったが、急に立ち上がってアルフォンスの正面に立つと、その両肩にガシッと手を置いた。
「アル!」
「な、なに!?」
驚く弟の金色の瞳をひたっと見つめて――きっぱりと言い切る。
「どういう結果になっても、オレはアルの味方だからな!」
「兄さん……」
じ〜んとして感動しているアルフォンス。そんなアルフォンスの肩から手を放して腕を組むと、気まず気に視線をそらせて後を続けた。
「それに……なんかどんどんストーカー地味ていく弟の姿を見ているのは、兄としてツライものがあるしな」
「――――――」
……さっきの感動が台無しである。
「誰がストーカーだよっ! 誰がっ!?」
「いや……影でこそこそと相手のことを調べてる段階で、なんかすでにそうなんじゃないのか?」
「なっ――」
立ち上がって、文句を言い返そうとした言葉が――途中で途切れる。
公園に生えている背の低い茂みを突き破って、男が一人。転がり出てきたからだ。
むさくるしい髭面の中年の男である。お世辞にも善良な市民とは言えない雰囲気をひしひしと漂わせながらまっすぐにエドワードたちの方へと駆けてきた。
ざっと視線を走らせ――エドワードの方がくみしやすいととったのか――乱暴にアルフォンスの身体を突き飛ばすと、エドワードを背後から羽交い絞めにして、その首筋にポケットから取り出した片刃のナイフを素早く突きつけた。
「動くんじゃねぇぞ! このガキがどうなってもいいのか!」
今ひとつ変わり映えのしない、お決まりなセリフとともに凄んでみせる。
そんな男のナイフの切っ先を見下ろしながら、エドワードは、
(どーしたもんかな、これ……)
――思いっきり冷静だった。
一方アルフォンスのほうも――最初こそ突然の男の登場に驚いたものの――すでにいつもの冷静さを取り戻していた。
(どうしようか、これ……)
――と、そこに。
「待てっ!」
「どこだっ!?」
「大人しくしろ!」
ピストルを片手に軍人が数名、どやどやと公園内へと駆け込んできた。エドワードがさっき通りで見た、見覚えのある顔が何人か混じっている。その中にあのホークアイ中尉の姿もあった。
「人質を離しなさい!」
犯人の男に向けてピストルを構えながら凛とした声で言い放つ。その姿にアルフォンスは――まわりの状況を一瞬忘れて――見惚れていた。
(あの人だ……)
そのアルフォンスのささやかなひとときの幸せをぶち壊すように、犯人がわめき散らす。
「このガキが見えねぇのか! それ以上近づくとこのガキぶっ殺すぞ!」
ナイフの背でエドワードの首筋をぴたぴたと叩きながら怒鳴る。
「くっ! 卑怯な」
「子供を盾に取るなんて!」
だが、人質にされている当の本人はいたってのんきだった。
(めんどくさいなぁ、もう)
錬金術は……羽交い絞めにされていて手が使えないので、使用不可――というより、こんなに人目があるところでは使用できそうもない。
(こんなところで使ったのがバレたら、犯人より師匠のほうが怖いし……)
それについては状況を見守っているアルフォンスのほうも同じ意見ならしく――
(うーん。どうしようか? ボクがさっさと犯人をやっつけて――ああ、ダメだ。あの人が見てるしなぁ……たぶん、兄さんもそれを気にして大人しくしてくれてるんだろうけど……)
はっきり言って――人目さえなければ――こんな雑魚。二人の敵ではない。だがここで不用意に暴れたりして軍の人間に正体がバレると、後々、色々と面倒くさい。
二人が困り果てている時――状況が動いた。犯人の警告の声を無視して軍人の一人が前に飛び出したのだ。
「くそっ!」
その動きに気を取られた犯人が、エドワードの首筋から、走ってこようとしている軍人へとナイフの向きを変える。
刹那。
バンッ!
ホークアイの銃から撃ち出された弾丸が、寸分の狂いなく犯人の手の中にあったナイフを弾き飛ばす。
「!?」
一瞬、理解できなかったのか、犯人はからっぽになった自分の手をきょとんと見下ろして――次に怒りで顔を真っ赤に染めると、人質にとっていたエドワードの身体を、近づいてきていた軍人に向かって乱暴に突き飛ばした。
「わっ!?」
「おっと」
相手にぶつかる前にエドワードは素早く体勢を立て直す。急いで犯人の方を振り返ると、猛然と走り出した犯人がホークアイにむかって掴みかかっていくのが見えた。
「あぶない!」
「あぶない!!」
エドワードと同時に、アルフォンスも叫んだ。
とっさにアルフォンスの身体が動く。
色々と考えていたことが、すべて、頭の中から吹っ飛んだ。
アルフォンスはホークアイと犯人とを結ぶ直線状に身体を割り込ませると、犯人に向かってダッシュをかけた。相手の鳩尾に鋭く拳を突き刺してから、すぐに身体を引く。ぐっ、とうめいて前かがみになった男のあごに思いっきり膝蹴りを叩き込んだ。
あごの骨を砕きそうな勢いで放たれたアルフォンスの膝蹴りに、犯人はあっさりとその場に昏倒した。
「――――――」
いつもよりも数倍気合の入った弟のその攻撃に、援護しようとしたエドワードも、動きかけた体勢のままで固まっていた。
「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか?」
倒れた犯人のことなどきれいに無視して、ホークアイへと声をかける。
時間が止まったように固まっていた軍の面々も、アルフォンスの声にようやく我に返ると、慌てて気絶している犯人を取り押さえに走った。
「ええ、大丈夫よありがとう。君のほうこそ怪我はない?」
構えていた銃を下ろしたホークアイがにっこりとそう尋ねると、アルフォンスは頬を紅潮させながらこくこくと頷いた。
「あっ、大丈夫です!」
「そう、よかったわ。それにしても強いのね」
「いえ、そんな……」
過程はどうであれ――ようやく『彼女』とちゃんと言葉を交わすことのできた弟の姿を眺めながら、エドワードはほっとして大きく息を吐き出した。
家までの道すがら、アルフォンスはいつになく上機嫌だった。
エドワードの腕からやや強引に取り上げた紙袋を抱え――ボクが持つよ。と言って聞かなかった――スキップしそうな足取りでどんどんと歩いていく。
そんな弟の背中を眺めながら、アルフォンスにもいつか、自分の本当の気持ちを相手に伝えられる時がくればいいのに――と、エドワードは心の底からそう願った。
end