第十話
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 目の前のテーブルには、暖かな湯気を立ち上らせたおいしそうな料理の数々が並んでいる。店内からガラス越しに外に目をやれば、先ほどまで自分達が歩いていた通りが見えた。
 窓際の席について上機嫌で自分を眺めている青年にむかって、エドワードは冷ややかな声で尋ねた。
「で?」
「私のおごりだ。遠慮せずに食べてくれ」
「っていうか、そうじゃなくて! なんでオレが――」
 エドワードの言葉が終わる前に、ロイはにこにことしながら、
「昼食はまだだと言っていただろう? それに食事は一人でするより、二人でしたほうが楽しい」
「それは、そうだけど……」
 空いている席に置いた食料品の入った紙袋に目をやりながら、エドワードはしばらく思案して……
(……でも、アルは師匠のところに行ってるし……家に帰っても一人だしな……)
 ――結果。
 上機嫌のロイの笑顔にほだされるかたちで――食事をご馳走になるハメになった。
「美味しいかい?」
「ああ」
 もぐもぐと料理を口に運びながら、エドワードはふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「そうだ。あのさ、ええっと……ロイ?」
 まだ呼びなれていない名前。ぎこちないその呼びかけを気にするふうでもなく、ロイはフォークを持つ手を止めて、こちらに顔を向けた。
「なんだ?」
「えっと、その……さ、さっきの女の人って……」
「さっき? ああ、中尉のことか。彼女がどうした?」
「名前はなんていうの?」
「リザ・ホークアイ中尉だが?」
 唐突なその質問に、ロイが不思議そうな顔をした。
「歳は?」
「本人に直接聞いてみたことはないが……まあ、私よりは年下だろう」
「ふーん……」
「それがどうかしたのか?」
「……あ、そうだ。彼氏とかいるの? それとも、もう結婚してる?」
「…………なぜ、そんなことを聞くんだ?」
 ロイの声のトーンが一段低くなった気がした。
 手にしていたフォークをテーブルの上に戻し、椅子から腰を浮かせて、こちらへと詰め寄るように身を乗り出してくる。そのロイの様子に、エドワードは慌ててパタパタと手をふった。
「たいしたことないんだって! ちょっとさ、ア――」
「あ?」
 ロイが訝しげに聞き返してくる。エドワードははっとなって口を閉じ――それから、慎重に言葉を選んで言い直した。
「その、知り合いがさ……あの女の人に気があるらしくって」
「……そうか」
 そのエドワードの答えに少し落ち着きを取り戻したのか、ロイは乗り出していた身体を引き戻して椅子に腰掛けなおした。
「それで?」
「?」
「その知り合いのために、エドが私に中尉のことを色々と聞いてきたわけか?」
「そう」
「………………」
 落ち着きはしたが――まだ納得はできないらしく、ロイは嘆息しながら後を続けた。
「それならば、私に聞くのではなくその知り合いとやらが直接、中尉に聞けばいいだろうに」
「それが……一目惚れらしいんだけど、どうも本人が中尉と顔を合わせづらいというか、何というか……」
 もごもごと口ごもるエドワードを見て、ロイはふたたび嘆息した。
「その知り合いとやらは、中尉に何かをしたのか? それとも、別の件で、何かとんでもない事でもしでかしたのか?」
「いや、そ……そういうことじゃないんだけどさ、その……歳の差とか」
「いくつだ?」
「へっ?」
 何を聞かれたのか意味がわからず、聞き返すと、
「その知り合いの歳だ」
「ああ、オレより1コ年下なんだけど」
「と、いうことは13歳?」
「そう」
「………………」
「……やっぱり年が離れすぎてるかな? まあ、問題はそれだけじゃないんだけどさ……」
 もごもごと口の中でつぶやいた言葉は、半分は独り言のようになってしまった。
「やはり一度、直接本人に会って話でもした方が、その知り合いのためになると思うが?」
 考え込みながらそういってくるロイに、エドワードもテーブルの上にフォークを置くと、腕を組んで考え込んだ。
「うーん……でもアルがなぁ……」
 ぽつりともれた言葉を聞きつけたロイが聞いてきた。
「その知り合いの名はアルというのか」
「えっ? あっ!」
 あわてて口を両手で押さえるが、口から出てしまった言葉は戻るはずもなく……上目遣いにロイの方をうかがえば、逆に問われてしまった。
「友達かい?」
「弟だよ」
 ぼそり、と間違いを訂正する。
「弟がいたのか……っと、まさか、弟もエドと同じ職業なのか?」
 エドワードは『誰にもいうなよな!』と釘を刺してから、こくりと首を縦に振った。
「なるほど……それなら、本人に会えないのも理解できるな」
「兄としては何とかしてやりたいんだけどな……」
 しょんぼりと肩を落とす。
「こればかりは本人の覚悟しだいだな。ある意味賭けのようなものだ」
 まあ、私はその賭けに勝ったがね。と、にやっと笑って片目をつぶってみせるロイを見て、エドワードは思わず赤面した。
「とりあえず、その悩みはひとまず置いておくとして、今はデートの続きを楽しもうじゃないか」
「ええっ? デート!?」
「二人きりでの食事はりっぱなデートだと思うが?」
 そう言われた途端。自分の置かれている状況を意識してわたわたとしだしたエドワードの様子をほほえましくながめた。
「と……とりあえずメシだ! メシ!」
「ああ、そうしよう」
 照れ隠しのように言うエドワードに頷いて、ロイは中断していた食事を再開した。


 食事を済ませ、ロイよりも一足先に店の外に出ると、背後からぽんと肩を叩かれた。
「?」
 首の動きだけで背後を振り返ると、自分と同じ金色の瞳に、自分よりもくすんだ色の金髪の少年がにこっと笑って片手を上げているのが見える。
「アル!? どうしたんだお前、師匠のとこに行ってたんじゃないのか?」
 急に現れた弟に驚いて、エドワードはぐるんと体ごと反転すると、紙袋を抱えなおしながらアルフォンスに聞いた。
「師匠に荷物を届けてくるように言われてさ、今、その帰りなんだ。それより兄さんこそこんな所でどうしたの? てっきりもう家に帰ってると思ってたのに」
 腕に抱えたままの、食料品の入った紙袋を指差して聞いてくる弟に、エドワードは困り顔で口ごもった。
「それが、その……」
「?」
 アルフォンスがきょとんとしていると、タイミングよくロイが店から出てきた。
「待たせたね」
「あっ!?」
 エドワードに話しかけてくるロイを見た途端。アルフォンスが驚きの声を上げた。
 思わずロイを指さしてしまいそうになって、直前でなんとか思い止まる。持ち上げてしまった腕を誤魔化すようにぱたぱたとふりながら――まったく誤魔化しきれてはいなかったが――エドワードとロイの顔を交互に見比べる。
 そんなアルフォンスのリアクションを面白そうに眺めてから、ロイがこちらへ顔を向ける。
「君の友達かい?」
「弟だよ」
 あっさりとしたその答えにアルフォンスは慌てた。しかし、エドワードは弟の動揺を無視して弟をロイに紹介し始めた。
「これがオレの弟のアルフォンス」
「ああ、君が……」
「それで、こっちが――」
「ロイ・マスタングだ」
 差し出された手を握り返しながら、
「あ、その、アルフォンス・エルリックです。兄がいつもお世話になってます」
 動揺しているわりには妙に礼儀正しく挨拶をするアルフォンスを見て、ロイが思わず苦笑した。
「それよりいいのか? けっこう時間がたってるけど……これから戻ってまた仕事だろ?」
 エドワードにそう指摘されて、ロイは懐から取り出した懐中時計に目をやった。
「ん、ああ。もうこんな時間か。それでは私は軍の方に戻るとするよ」
「ああ。じゃあな」
 ぺこりと頭を下げたアルフォンスに会釈を返し、エドワードにむかってやわらかく笑いかけると、ロイはそのまま大通りへと歩き出した。


→ It continues.