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時間は戻って予告日の夜。
ロイたちは時計塔の内外に警備の人間を多数配置して、その二代目『怪盗F・A』とやらを待ちうけていた。
ロイも当然、陣頭指揮をとるためにこの時計塔に来ていた。
「そういえば、その怪盗とやらの詳しい情報は入ったか?」
となりに控えているホークアイ中尉にたずねる。
ホークアイは持っていた書類から一枚抜き取るとロイに差し出した。
「『怪盗F・A』の犯罪歴です。美術品が主ですね、錬金術を使用した手口で犯行に及び、今まで一度も捕まっていません。容姿は長い黒髪の女だという目撃証言があります」
「女!?」
「まあ、10年前の話ですけど」
ホークアイの言葉にぴくりと反応したロイに向かって冷たく言う。
「それよりそろそろ予告時間になります。仕事してください大佐」
淡々と告げられたホークアイの言葉に、ロイはやや肩を落としながら持ち場に向かって歩き出した。
そんなロイたちの姿を窓の外から眺める小さな二つの影があった。
二代目『怪盗F・A』ことエルリック兄弟である。
外は雲がちょうど月を覆い隠している。
顔の上半分を覆う仮面と、黒一色の服装のおかげで二人は完全に闇にまぎれていた。そのため、建物内からはその小さな姿は見えにくい。
「今のが軍の偉いヤツか?」
「たぶん……」
「なんかそうには見えなかったけどなぁ」
窓から頭を引っ込めて小声でひそひそと言葉を交わす。
「それより、兄さんそろそろ……」
「ああ」
エルリック兄弟は建物の外のわずかな出っ張りを足がかりに、するすると壁を登っていく。
四階までたどり着くと今度は、一番右端の窓まで進む。
「見取り図じゃここらへんだったよね」
「アル。ちょっとどいてろ」
エドワードはアルフォンスを脇に退かせると、おもむろに両手をパンと合わせ、それから窓のすぐ横の壁に手をついた。
バシッ。
瞬時に壁に穴があく。子供一人がやっとと通れるぐらいの穴だ。
(兄さん、しーっ!)
思っていた以上に音が出た。
アルフォンスがあわてて唇に人差し指を当て『静かに!』とジェスチャーで示してくる。
(無理言うなよ!)
こちらもジェスチャーで返してから、エドワードたちは時計塔の内部にそろりと進入した。
侵入した部屋は、明かりがついておらず真っ暗だった。
資料室だったらしく、複数の書棚のせいで視界が悪い。しかし逆にいえばこれほど隠れやすい場所もない。エドワードとアルフォンスは侵入のためにあけた穴を、脱出用にそのまま残し廊下へと出た。
誰にも見つからずに廊下まで出てきたものの、警備のためにこうこうと明かりのともされた廊下は隠れる場所がなかった。
「………………」
エドワードは不服そうに見取り図を睨んだが、もうここまできてしまったからには仕方がない。あきらめて先を目指す。
廊下は、右側に窓。反対側にずらりと扉が並んでいる構造だった。
アルフォンスが手に入れた見取り図どおりであるならば、目的の銀時計はこの階の中心に位置している展示室にあるはずだ。
この階の構造はその展示室をはさんで左右対称。
つまり、角を曲がった先にある展示室の向こう側に続く廊下も、ここと同じように片側に窓があり隠れる場所がない、と考えていい。
二人はそろりそろりと足音を殺して進み、曲がり角の少し手前で立ち止まった。
――壁に人影が映っている。
どうやらその人影は、曲がり角の先の壁にもたれかかっているようだ。
(兄さん。どうしよう?)
(しばらく様子を見ようぜ)
アイコンタクトでの相談の後、エルリック兄弟は息を殺して相手の出方をうかがうことにした。
待つことしばし――
「………………」
「………………」
だが、いくら待ってもその人物がそこから立ち去る気配はいっこうにない。しかも、その人影はなぜかゆらゆらと不自然な動きで揺れるのだ。
「?」
(だめだよ兄さん!)
怪訝に思ったエドワードが、アルフォンスの制止を無視して、角からわずかに顔を覗かせてその人影を確認した。
「――――――」
その人物は――寝ていた。
脱力感がエドワードを襲う。
(何しにここに来てんだテメーは!!)
もうちょっとでその警備の男に怒鳴りつけるところだった。
その警備の男――ジャン・ハボック少尉は、二日連続で徹夜と激務が続いたおかげでひどくお疲れだったようだ。エドワードが手をひらひらと顔の前で振って見せるがまったく起きる気配がない。二人はこれ幸いとハボック少尉の横をすり抜けて、らくらくと展示室までたどり着いた。
ギイィィッ!
古いドアは立て付けが悪かったのか、開けたときに悲鳴のような音を立てた。
その音に反応して展示室の中にいた警備兵が4人ほど集まってきた。
(まずい!)
咄嗟にエドワードは左側に、アルフォンスは右側に置いてあった彫刻の影に飛び込む。
こうこうと明かりのともされた展示室の中は広く、年代物の大小さまざまな時計がたくさん展示されていた。
その展示物の影に隠れながら警備兵達の死角をついて目的のガラスケースまでたどりついたエドワードは、反対側の壁沿いでごそごそしているアルフォンスに合図を送ってから、両手を軽く合わせた。
と、同時にアルフォンスが動いた。
あらかじめ外で拾っておいた小石を、展示室の奥の壁めがけて力いっぱい投げつける。
カツン!
「そこか!」
石が壁に当たった鋭い音に気がついて、警備兵が部屋の奥へと走り出す。
その隙にエドワードが錬金術でガラスケースに穴を開け、中に飾ってあった銀製の懐中時計を引っつかみ入り口に向かって走り出した。
警備兵四人を一手に引き受けていたアルフォンスは部屋から出て行くエドワードの背中を視界の端で確認すると、こんどは警備兵達を誘導するように注意を引いた。
あらかじめ描いておいた練成陣の所まで誘い込むと、
バン!
床を変形させて兵士達の足を絡めとらせ、足止めをする。
その結果を見ずに、アルフォンスも兄の後を追って急いで部屋から飛び出した。
「侵入者だ! 逃げたぞ!」
背後からかかる大声。
(まずい! 人が集まっちゃうよ)
エドワードに追いつきかけたその時、
「パス!」
エドワードがアルフォンスに向かって何か小さなものを投げつけてきた。
「わわっ!?」
慌ててキャッチして手の中の物を確認すると、それは今回の予告の品の銀時計。
(それ持ってお前一人で逃げろ!)
振り返った兄の金色の瞳がそういっていた。
こうなったら意地でも言うことを聞かない兄だ。
わずかな躊躇いの後、アルフォンスはしかたなく元来た道をひとりで戻り始めた。
(…………ふぅ)
弟が言うことを聞いてくれたことに安堵しながら、エドワードは一人でも多くの警備兵を自分の方に引きつけようと、派手に暴れ出した。
→ It continues.