森の奥に住む魔物
-9-


◆◆◆


 燃えさかる炎の中。地面に倒れたまま、炭化した身体で身じろぎをしながら『それ』は怒りに声を震わせていた。
「おのれ虫けらどもが! よくも我が庭に火など放ちおって!」
 炎になぶられているにもかかわらず、『それ』はしわがれた声で言葉を紡ぎ続けた。
「フッ、しかし所詮は虫ケラよ。このような炎ごときで我を滅ぼせるなどとは片腹痛いわ! 再び動けるようになるまでにはしばしの時が必要だが、いずれ我が完全に力を取り戻した暁には、真っ先にあの者どもから血祭りに――」
「それは無理だね」
 突然、頭上から聞こえた聞き覚えのない女の声に、『それ』は言葉を止めた。
 あれだけ激しく燃え盛っていた炎の勢いが、急にそこだけ弱まる。
「!?」
 動かない首を無理に動かし、『それ』は頭上を見上げた。
 そこには一人の女が立っていた。
 長い黒髪と白いシャツを熱風にはためかせながら冷然と自分を見下ろしている――女。
 その手には一振りの剣が握られていた。
「!!」
 その女の瞳を見た瞬間――言い様のない恐怖に苛まれた。50年前にも感じたことのある恐怖。
 それは――
「キサマ! もしや――」
 その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。
 鋼の輝きが視界を埋め尽くす。
 眉間から、深々と頭蓋の内側へともぐりこんでくるその鋼の冷たさを感じて――そこで意識が途絶えた。


「ったく、50年も前の骨董品のクセにしぶとい……」
 忌々しげに舌打ちをして黒髪の女――イズミは剣の柄から手を放した。
 深々と魔物の頭部に突き刺さった剣をそのままに、イズミは両手を胸の前でぱんと合わせた。次に、片手を魔物のすぐ横の燃え残った石製の床に押し当てる。
 炎の明るさとは違う閃光が、一瞬辺りを照らし出した。そして瞬時に床の一部が変形する――石の柩へと。
 炎で燃やされ、鋼の刃で貫かれ、もはやぴくりとも動かなくなった魔物の身体を包み込むようにして作り上げられた石の柩。
 その蓋の中心に手のひらを押し当てて、イズミがつぶやくようにして早口で何かを唱えた。
 その力ある言葉に呼応するように柩全体が淡く輝き出す。やがてその光は一点に集中していき――ひときわ強く輝いた光が収まった後、そっと手をどけた彼女の手の下に、透明な石が現れた。蓋に埋め込まれるようにして現れたその透明な石の内部に、ぼんやりとした輝きが点っていることを確認してイズミはようやく肩の力を抜いた。
「ふぅ……にしても、派手に燃やしたねぇ、まったく。後でエドとアルにはキツく言っておかないと……」
 あらためて辺りの惨状を見回し、やれやれとあきれた様子で肩をすくめると、イズミは徐々に火の勢いがおちてきた中庭を後にした。

◆◆◆


 一晩燃えつづけた炎は、かつて中庭であった場所を燃やし尽くしてようやく消えた。
 以前の面影もなく、燃え、荒れ果てたその庭の一角には――そこだけが隔離された空間であるかのように――焦げ跡一つない真新しい柩がその姿を見せている。
 時の狭間に封じられたそれは、再び静かな眠についた。
 平穏の戻った森の中。
 天高く昇った太陽の光を受けて、柩の蓋に埋め込まれた透明な石が静かな輝きを放っている。

 森の奥深くで、ひっそりと――


end