森の奥に住む魔物
-8-

 ――翌朝。
 朝、早くから三人は再び移動を開始した。
 日が高いうちに目的地に到着できる計算だが、速いに越したことはない。
 獣道さえもないような道なき道を突き進む。
 師匠のメモと詳細な地図がなければ目的地まで辿りつくのにもっとてこずっただろう。伸び放題の下草や、行く手をさえぎる枝葉をなぎ払いながら歩を進めると、唐突に視界がひらけた。
 三人の目の前に突如として姿をあらわしたのは、森の中にひっそりとたたずむ遺跡――というより朽ちかけた屋敷――のようだった。
 古い洋館のようなたたずまいのその建物は、全体の半分ほどが木々と蔦に埋もれていた。もともと中庭を囲むような造りだったのだろうその屋敷は、今では外側と内側から植物に飲み込まれそうになりながら、何とか建設時の姿を保っている。屋敷の入り口――本来、扉があったはずの場所にもはや扉は見当たらず、黒い空間が、ぽっかりと口をあけている。
 昼なお暗いその入り口の奥は、どこか――ここではない別の場所――へと続いているようにも感じられた。
「うわ〜……兄さん、何か出そうだよ、ここ」
「だから、その何かを退治しに行くんだろうが」
 恐々と入り口の中を覗き込んでいるアルフォンスにそうツッコミを入れながら、エドワードは自分の荷物からランタンを取り出した。
 手早く火をつけてアルフォンスに手渡す。
「準備はいいか?」
「……うん」
「ああ」
 まだ怖そうにしているアルフォンスを真ん中に挟んで、先頭に立つのはロイ、そして最後尾にエドワードが続く隊列で建物内部へと足を踏み入れた。
 入り口付近は、もともとは扉の建材だったのであろう――朽ちた材木の破片が辺りに散らばり、足場はお世辞にもよいとはいえないがそんな贅沢は言ってられない。
 アルフォンスの持つランタンで周囲を照らしながら、慎重に前へと進む。
「で? どこにその『魔物』が封印されているって?」
 足元や周囲に気を配りながら先頭を歩くロイの後頭部にむかって声をかけると、わずかな間をおいてから、どうもはっきりとしない返事が返ってきた。
「たしか……遺跡の中心部、と文献では書かれてあったが……」
「中心って…………あの中庭みたいな所ですか?」
「ああ、おそらく。だが断定は出来ない」
「……最悪、この建物全部をしらみつぶしってワケか」
「そういう可能性もあるな」
「………………」
「………………」
 ロイの答えにエドワードとアルフォンスはうんざりとした顔で肩を落とした。
「とりあえず中庭から調べていこう」
 そう言って、ロイは玄関ホールから左右に伸びる廊下を無視してまっすぐ進む。
 朽ち果て、すでに原形をとどめていない突き当りの扉をくぐり、扉の外に出ると――そこはもう中庭だった。
 昼を少しすぎた太陽に明るく照らされた広い庭は、手入れをすればさぞや美しい景色だったのであろう――しかし、今はみる影もなく荒れ果てている。足元には所々、下草に侵食されなかった石の床が残っていた。庭をかこむ四方の壁には、何本もの鋭い棘の付いた蔦が、複雑に絡まりながら生えていた。その蔦の根元には――下草と蔦だけの緑の中庭には不釣合いな――花が、ぽつりぽつりと蕾をつけている。その花の蕾は――血のように真っ赤な色をしていた。
「に、兄さん!」
「どうした?」
 自分を呼ぶ声にふと視線を向けると、エドワードよりも先に中庭へと足を踏み入れていたアルフォンスが硬直したように入り口付近に立ちつくしていた。
 灯りの点ったランタンを持っているのとは逆の手でブルブルと震えながら壁を指差している。
「ん?」
 その指が指し示している方へと視線を向けるが、見えるものは壁に絡まる棘だらけの蔦だけ――、
「なんだこれ!?」
 しかし、よく見ると、蔦に絡まる無数の、白く、細長いものが見て取れた。
「こ、これは……骨?」
「恐らく、哀れな犠牲者達のものだろう。正直、ここまではっきりと形が残っているとは思わなかったが……」
 エドワードのもらしたつぶやきを聞きつけたのか、ロイがそう説明してくれた。
 それは人間の骨とおぼしき物体――ざっと数えただけでもかなりの数はある。それがすべて犠牲になった少女達のものかと思うと、思わず背筋に悪寒が走る。
「………………」
「………………」
 目の前の光景に何も言えずに黙り込んでいると――声がした。
「我が庭に無断で入り込むとは…………」
 しわがれた老人のような声。
 唐突に聞こえてきたその声に、エドワードはとっさに誰何(すいか)の声を上げた。
「誰だ! どこにいる!」
「庭の奥の方だ!」
 声が聞こえてきた方角へと走り出したロイの後を追う形で、エドワードとアルフォンスも走り出した。
「兄さん。さっきの声って封印されたっていう魔物かな!?」
「たぶんな!」
 吐き捨てるようにしてそう言うと、アルフォンスの顔がさっと青ざめた。
「だとすると、もう復活しちゃったってこと!?」
 思わずその場で立ち止まりそうになった弟の背中をばしっと叩いて、
「アルいいから走れ! 復活してたらしてたで、オレたちが退治すればいいだけだろ!!」
「そんな無茶な!」
 文句を言いながらも、それでもなんとか再び走り出したアルフォンス。それを確認してエドワードも走るスピードを上げた。
「ロイ、魔物は!?」
「あれだ!」
 ロイの隣までたどり着くと、先ほどは蔓と草に隠れて見えなかった中庭の最奥が確認できた。
 中庭の突き当たりに設けられた、石製の台座のような物の前に『それ』は立っていた。
 フードを目深にかぶり黒いローブで全身を覆ったそれは一見すると人間の老人のようにも見えるが――あきらかに人間ではなかった。細く枯れ木のような腕が異常に長い。
 こちらに背中をむけて立っているその魔物の動きに注意を払いつつ、その後ろにある台座へと視線を向けてエドワードは愕然とした。
 そこには一人の少女が横たえられていた。
 長い金色の髪。見覚えのある服。その少女は――
「ウィンリィ!」
 そう叫んで思わず駆け出そうとした時――ロイに襟首を引っ張られて、強い力で後ろへと引き戻された。
「うわっ!?」
 そのまま小脇に抱え上げられて、後ろへと下がる、と同時に――さっきまでエドワードが立っていた空間を、何かがものすごい勢いで通り過ぎていった。
「!!」
 そのまま数メートルほど後退してから、少年の身体を地面に降ろす。
 ロイの手が離れた途端。またウィンリィのもとへと駆け出そうとしたエドワードの頭を片手でぐっと押さえつけて、ロイが怒鳴った。
「冷静になれ! 今、私たちが全滅したら誰が彼女を助けるんだ!?」
「!?」
 強く怒鳴られたことによって、はっと我に返った。
 策もなく無闇に敵へと突っ込んで言ったところで、ウィンリィを無事に助けられるとは限らない。
「……ごめん」
 エドワードが落ち着いたのを確認して、ロイが押さえつけていた手を放した。そして反対側の腕にエドワードと同じようにして抱え上げられていたアルフォンスの身体を地面に降ろすと、ロイは腰の剣を引き抜いた。
 エドワード達を守るような位置で剣をかまえ、油断なく魔物を見据える。
 そのロイの横に静かに立つと、エドワードはすっと両手を持ち上げて胸の前で手のひらをぱんと合わせた。そのまま流れるような動作で片方の手のひらをわずかに残っていた石造りの床へと押し当てる。
 太陽の光とは違う閃光が中庭を照らし上げる。
 光がおさまった後には、石造りの床から一本の槍を引き抜いているエドワードの姿が。
「すごいな……」
 エドワードが練成した槍を横目で見ながら、ロイが感嘆の声を上げた。その言葉にちょっと誇らしげに胸を張ってから、エドワードは後ろにいる弟を振り返った。
「いくぞ! アル援護を頼む」
「うん!」
 わずかにロイと視線を交わしてから、エドワードは魔物へと踊りかかる。その後にロイが続く。
 武器を手に突っ込んでくる二人を見て、魔物も迎え撃つ体勢をとった。
 左腕を振り上げ――そのまま振り下ろす。
 指の部分が瞬時に長く伸び、数本と枝となってエドワードとロイを襲う。
「くっ!」
 襲ってきた一本を槍でなぎ払うと、ガッ! というかたい手応えとともに、枝はあっけなく切れて吹き飛んだ。
「物理攻撃が効くのはいいけど、数が多い!」
「エド、油断するな!」
 死角から襲ってくる枝を、切り飛ばし、打ち払い、かわしながら、エドワードとロイは次々と攻撃を仕掛けていく。
 後方のアルフォンスも、石の床に手早くポケットから取り出したチョークで練成陣を描くと、そこから小規模の壁を練成して、自分に向かってくるものや、エドワードたちがさばききれなかった枝を壁の表面で防いでいった。
 しばらくそんな攻防を繰り返していくうちに、左腕だけで攻撃していた魔物の動きが徐々に遅くなってきた。
 そして――
 大上段から振り下ろされた勢いの乗ったロイの一撃によって、魔物の左腕が肩口からばっさりと切り飛ばされる。
「ぐぅっ、よ……よくも我の腕を……殺さずに捕まえて庭の養分にしてやろうと思うておったが……もう容赦はせんぞ。バラバラに引き裂いてくれよう!」
 怒気を含んだ声でそう叫ぶと、魔物は残った右腕で素早く印を切った。そして長い腕を伸ばして足元の床に触れると――中庭に生えていた蔦という蔦すべてが、バラリとほぐれて壁からはがれ、落ちてくる。床の上に積み重なって落ちてきたそれは、しゅるしゅると蠢きながら床をはいずり、エドワードたちへと向かって棘の付いた蔓を伸ばし始めた。
「うわっ!?」
「アル!?」
 何かに足をとられたのか、背後で上がったアルフォンスの悲鳴に、エドワードは思わず後ろを振り返る。
 魔物はその隙を見逃さなかった。残った右腕を振り上げると、エドワード目掛けて振り下ろした。
「!」
 その魔物の動きに気が付いたときには、もう槍では防げない距離にまでその腕は迫っていた。
 かわせない! そう思って覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる――が、襲ってくるはずの痛みはいつまで経ってもやってこない。
(あれ?)
 おそるおそる目をあけたエドワードの視界に最初に飛び込んできたのは――青。
 それは、魔物とエドワードとの間に割り込むようにして差し込まれたロイの左腕。その左腕からぱたぱたと赤い液体が滴り落ち、石の床を赤く濡らしていく。
「ロイ!」
 悲鳴のような声が口から漏れた。
「くっ!」
 ロイは深々と突き刺さっている魔物の腕を剣で切り落として腕から引き抜くと、乱暴に投げ捨てて素早く横に飛んだ。その勢いのまま、左腕でエドワードの身体を突き飛ばす。
 そのエドワードの背後を、いつのまにか迫っていた蔓がかすめていった。
 ごろごろと床の上を転がる身体をようやく立て直して立ち上がると、少し離れたところでロイが魔物と再び対峙しているのが目に入った。
 ロイの左腕からの出血はひどく、ぱたぱたと滴る血が青い服と床とを赤く染めている。
「ロイ!」
 エドワードは握り締めたままだった槍の柄を逆手で強く握りなおすと、床の上をのたくっている蔓を切り刻んだ。蔓が動かなくなったことを確認して、その上を踏み越えて急いでロイのもとへと駆け寄る。
「エド、怪我は!?」
 エドワードが無事なことを確認したロイは、魔物との距離を大きくあけてエドワードのところのまで下がってきた。
 自分が怪我をしているにもかかわらず、エドワードのことを心配するロイに、
「オレのことより腕の怪我、見せろよ」
 ぶっきらぼうにそう言って床の上に槍を突き立てると、ポケットからハンカチを取り出す。
「………………」
 腕の傷は素人目に見てもひどく思えた。血を吸って重くなっている服をめくり上げ、手早くハンカチで止血する。
「とりあえず止血だけしとくな」
「ありがとうエド」
 傷の痛みをまったく感じさせないような口調で、笑みすら浮かべて礼を言うロイの顔を見ていられなくなってエドワードはふいっと視線をそらすと、床に突き立てていた槍を再び手に取った。
 とそこに、アルフォンスが駆け込んできた。
「兄さん! ロイさん大丈夫ですか!?」
「アル無事か!?」
「怪我はないかい?」
「ボクは大丈夫! それよりいい事思いついたんです。ちょっと耳貸して――」
 そう言いってエドワードとロイになにやらごにょごにょと耳打ちをする。
「――っていう作戦はどう?」
「わかった。その作戦でいこう。オレが敵の気を引くからその間にロイはウィンリィを!」
「わかった」
「いくぞっ!」
 その声を合図に三人が一斉に動いた。
 エドワードが新しくナイフを数本、練成している間に、ロイが壁沿いに魔物の背後へと回りこむように走りだす。アルフォンスの作り出した壁に身を隠すようにして魔物の背後を通り抜け、いまだに台座の上で眠っているウィンリィのもとへと駆け寄ると、そのまま意識のない少女の身体を抱き上げた。
「キサマ……」
 ロイの動きに気付いた魔物が動きを見せる直前、エドワードが背後から魔物に切りかかった。
「ぬおっ!?」
「お前の相手はオレだ!」
 啖呵を切って鋭い突きを繰り出す。
「兄さん!」
 アルフォンスの声を合図にエドワードは大きく跳び退って間合いをあけた。
 横目でちらりと見ると、ウィンリィを背負ったロイがアルフォンスと合流しているのが見て取れた。
「ていっ!」
 先ほど作ったナイフを次々と敵目掛けて投げつけ、魔物の動きを牽制しながら急いで後ろへと下がる。
「アル!」
 その呼びかけに応じて、アルフォンスが準備していたランタンの予備の油が入った袋を魔物目掛けて投げつけた。
 それを狙ってエドワードの手からナイフが飛ぶ。
 ナイフで裂かれた袋からこぼれでた中身が魔物へと降りかかる。油を浴びた魔物の動きが一瞬止まった。そこにすかさずアルフォンスが火のついたままのランタンを投げつけた。
 ガシャン!
 ガラスが割れ、炎を撒き散らしながらランタンが魔物の足元に落ちる。
 火に油が引火したのか、いっそう激しく燃えだした炎にまかれ魔物が身悶え始めたのを視界の端におさめつつ、エドワードはアルフォンスを促してウィンリィを背負ったロイの後を追い、もときた通路を駆け出した。


 火の手の上がった建物内部からなんとか抜け出し、全体の姿が見渡せる離れた場所まで移動して、エドワードたちはようやく一息ついた。
 ここに到着したときは昼を少しすぎたぐらいの時刻だったと思っていたのに、あらためて空を見上げると太陽はだいぶん傾いていた。
 徐々にオレンジに染まってくる空がそろそろ夕方なのだと教えてくれる。
 いまだに激しく燃え上がっている中心部に目をやると、中庭の木々を焼いている炎は不思議なことに建物自体にはまったく燃え移っていないようだった。この分だと森に延焼することはなさそうだろう。
「…………あれで死んだかな?」
 エドワードが独り言のようにつぶやくと、隣で同じように燃えている炎を見つめていたロイが答えてくる。
「さあ、どうだろうね。しかし、とりあえず今は一度戻ったほうがいいだろう」
 そう言ってロイはいまだに意識のないウィンリィを背負いなおした。
「それもそうだな」
 ロイの背中にいるウィンリィに特に外傷がないことをざっと確かめて、エドワードは地面に座り込んでいるアルフォンスのほうを振り返った。
「それじゃ帰るか」


→ It continues.