森の奥に住む魔物
-2-


◆◆◆


 キッチンに紅茶の香りがただよい始める頃――
 バン! バキッ!
 なにやら騒々しい物音が家の外から聞こえてきた。
「……あいつら、また何か壊したわね」
 ティーポット片手に、お茶の用意をしていた金色の長い髪を後ろで軽く束ねた少女は、水色の瞳で窓の外を睨んだ。
 しばらくして、わいわいと言いながら家の中に入ってきた蜂蜜色の長い髪を三つ編みにした金色の瞳の少年と、その少年と面差しの似た、短めのややくすんだ金色の髪に金色の瞳の少年の姿を認めると、少女は紅茶を淹れる手を休めずにたずねた。
「それで? 今度は何を壊したのよ?」
 二人はちらりと顔を見合わせてから、同時に口を開く。
「ウィンリィ、先に言っとくけどボクは――」
「あれはアルがだなぁ――」
「兄さんがちゃんとしなかったのがいけないんじゃないか。それに――」
 ケンカが始まりそうな気配を察して、ウィンリィと呼ばれた少女は戸棚から取り出した皿にクッキーをのせて、テーブルの上に置いた。
「あ〜はいはい。エドもアルもお茶はいったわよ」
 その一言で、エドとアルと呼ばれた兄弟。エドワードとアルフォンスはぴたりと言い合いを中断した。
「あ、ああ」
「いただきまーす」
 素直にテーブルについた兄弟にあきれながらもウィンリィも椅子に座る。
 ウィンリィが作ってきたクッキーをつまみながらお茶を飲んでいると、
 コンコン。
 玄関から聞こえてきた扉をノックする音に三人は顔を見合わせた。
「イズミさんが帰ってきたのかな?」
「師匠(せんせい)がノックするなんてありえないよ。だって自分の家だよ?」
「……だとすると部外者だな」
「だね。ここが誰の家か知らない人、もしくは――」
「師匠を快く思ってない人間」
 いまだに続いているノックの音に、ウィンリィは玄関を指差して二人に聞いた。
「で? どうするのよ、あれ?」
「……悪いけどウィンリィが出てくれるか?」
「うん。べつにいいけど」
 椅子から立ち上がった少女の後に続いて、エドワードとアルフォンスも静かに玄関へと向かう。
 そっと足音を殺して玄関まで移動すると、兄弟は目配せをして扉の左右の死角になる位置に潜んだ。わずかに不安げな顔のウィンリィに手振りだけで扉を開けるように指示を出す。
「どちらさまでしょうか?」
 開けた扉のむこうに立っていたのは、闇色の髪に黒い瞳の青年だった。
 青い色の服にそれと同じ色のマントを身につけている。よく見れば――マントの下には鈍い銀色のブレストプレート。腰には一振りの剣が見て取れる。
「………………」
 なにやら物騒なその訪問者の姿に、ウィンリィの顔に警戒の色が浮かぶ。
 そんな少女の様子に気が付いたのか、その闇色の髪の青年は整った顔立ちに人好きのする笑みを浮かべて、
「そんなに警戒しないでほしい。怪しい者ではないよ」
 優しげな声でそう言った。
「えーっと…………」
 目の前に立っている青年は、悪い人には見えないが……
 どうしたらいいかわからず視線をさまよわせていると、ふと、青年が身につけているブレストプレートが目に入った。胸の辺りに彫りこまれた紋章には見覚えがある。
 そうだ。この国の王家の紋章だ。
 それに、よく見ればこの青い服装は――
「…………もしかして、騎士様?」
 ウィンリィが自身なさげにたずねると、青年は頷いた。
「私の名前はロイ・マスタング。所用でこの森まで来たのだが少し道に迷ってしまってね。誰か大人の人はいるかい?」
「それが……その……」
 そう聞かれて困ったウィンリィはたずねるように横手にちらりと視線を向けた。
 ロイの黒い瞳が、少女の視線の先をたどる。しかし、ロイのほうからは、玄関脇は死角になっていてよくわからなかったようだ。
「どうしたんだい?」
 不思議そうに聞かれて、ウィンリィはあわてて、
「あ、えっと、今、出かけていて留守なんです!」
「そうか、それは仕方がないな」
「あ、あの。森の中で迷ったんですか?」
「ん? ああ。目印をつけていたのだが見失ってしまってね」
「………………」
 テレたように苦笑いするロイを見ながら、ウィンリィはイヤな予感を覚えた。しかも、後ろでごそごそとなにやら言い合っている気配まで感じる……
(ほら、やっぱりさっきのあれのせいだよ!)
(うっさいなぁ)
(兄さんが師匠の作った結界石なんて壊すから)
(あれはちゃんと直しといただろう!?)
(でもさ……)
 状況もわきまえず、口の動きと身振り手振りだけで兄弟げんかを始めてしまった二人に、ウィンリィは内心頭を抱えたくなった。
「? 今、物音がしたような気がしたが何かあったのかい?」
「えっ!? あっ」
 家の中から聞こえてくるわずかな物音に気がついてそう聞いてくる。そのまま、ウィンリィが止めるまもなくロイが少女の肩越しにひょいと家の中を覗き込んだ。
「!!」
「!!」
 中を見たロイと目が合う――エドワードとアルフォンスはケンカの最中の手振りのまま、その場で硬直した。


→ It continues.