不機嫌と子猫

 にゃぁー。
 その声にふと路地裏を覗き込めばそこには一匹の子猫。
 一人、東方司令部に向かっていたアルフォンスはその鳴き声に足を止めた。
「子猫だ…迷子かな?」
 その薄汚れた茶色の子猫は首に首輪をしていた。それを見つけて『飼い猫か…あとで飼い主を探してあげたいな』と、思った。しかし今は兄、エドワードとの待ち合わせの時間もあるのでそうもいかない。
 何気なくなでてやろうと手を伸ばすと、子猫は小さい身体で大きなアルフォンスを精一杯威嚇する。その仕草に見覚えがあるような…
 さらに子猫は強気にもアルフォンスの伸ばした手を小さな爪で引っかこうとする。やはりどこかで見たような…
「あ、遊んでる場合じゃなかった。そろそろ行かないと!」
 立ち去ろうとすると、さっきまで威嚇していた子猫が今度は一転して、寂しそうにアルフォンスを見上げ一声鳴いた。
 みゃぅー
「うーん…」
 困ってしまった。
 しばらく悩んだ末にでた答えは、
(兄さんを待ってる間だけ東方司令部に置いてもらおう。兄さんと合流してから二人で手分けして飼い主を探せばいいし)
 なんだかんだいっても最終的にはエドワードも子猫の飼い主を探すのを手伝ってくれるだろう。
「一緒においで、あとでキミの飼い主探してあげるから」
 アルフォンスはしゃがみこむと再び子猫にむかって優しく手を差し出した。


 エドワードはまだ東方司令部には来ていなかった。
 アルフォンスが中で待っていようと東方司令部中に入ると、ちょうど通りかかったホークアイがアルフォンスに気が付いて声をかけてきた。
「こんにちはアルフォンス君。あら…」
 目ざとくアルフォンスの腕の中にいるネコを見つけて目を丸くする。
「あ、あの迷子みたいで…あとで飼い主のところに送り届けてあげようと…」
「まぁ、そうなの」
 アルフォンスの言葉にホークアイはにっこり笑うと、子猫に手を伸ばす。
「あ…」
 引っ掻かれると注意しようとしたが、その前にホークアイはアルフォンスの腕の中から子猫を抱き上げた。
「大人しい猫ね」
「ボクには威嚇してきましたよ」
 アルフォンスが憮然と答えるとホークアイはくすくすと笑った。
「とりあえずキレイに洗ってあげましょうか」


 一心不乱に皿に入ったミルクを舐める子猫の姿を二人で眺めていたら、ロイ・マスタング大佐が部屋に入ってきた。
「あ、大佐…」
 慌てて挨拶しようと立ち上がったアルフォンスに挨拶を返しながら、ロイはいまだに必死にミルクを舐めている子猫を上からのぞき込んだ。
「どうしたんだ、この猫?」
「それが…」
 アルフォンスとホークアイから事情を聞いたロイは、一時的に猫をここに置くことを快く承諾してくれた。
「可愛い子猫だね」
 ロイが手を伸ばして子猫を撫でようとした途端。
 フゥー。
 威嚇された。ついでに手を引っ掛かれる。
「おやおや、なかなか気の強いお嬢さんだ」
 引っ掛かれた手をさすりながらロイはのんきにいった。
「お嬢さんって…ボクこの猫メスだっていいましたっけ?」
「いいや。なんとなくそんな感じがしただけだが」
「それじゃあこの子は男性が嫌いなんですかね? わたしは引っ掛かれたりしなかったんですが」
 そのホークアイの言葉に、ロイは、
「んー、なんとなくこの子は私のよく知っている誰かさんに似ているような気がしてきたよ」
「ボクもそう思います」
 その誰かに心当たりのあるアルフォンスも横でうんうんとうなずいた。


 アルフォンスとの待ち合わせの時間に遅れること数十分。
 エドワードが東方司令部に到着した時。東方司令部はちょっとした騒ぎになっていた。
 慌ただしくばたばたと走り回っている連中の中に見知った顔を見つけ、詳しい事情を聞こうとしたが捕まえ損ねた。
「なにがあったんだ?」
 いつもの忙しさとはまた違うヘンな感じを不思議に思いながら廊下を歩いていると、曲がり角で人とぶつかりそうになった。
「うわっ!」
「おっと!」
 後ろに倒れる寸前に、さっと腕が伸びてきて助け起こしてくれる。
「あ、ありがとう」
 エドワードが礼をいいながら顔を上げると、助け起こしてくれた(ついでにぶつかりかけた)人物と目が合った。
「こちらこそ、すまなかったね」
 助け起こしてくれた人物はロイ。
 エドワードはちょうどいいとばかりにこの騒ぎのわけをたずねた。
「なんかあったのか、大佐?」
「そうそう、大変なんだ」
 エドワードにたずねられて、ロイはようやく自分の目的を思い出した。
「リリィが迷子になってしまったんだよ。まだ小さいから心配で…」
 そういうとロイは心配そうにわずかに顔を曇らせた。
「リリィって?」
 ロイのその仕草になぜかムッとなったエドワードは、少しむくれながら続きをたずねる。するとロイ嬉しそうにその『リリィ』の話をし始めた。
「なかなか気が強いんだが、それがまた誰かさんに似ていてかわいいんだ鋼の」
「………」
(…なんかムカついてきた。リリィだかなんだか知らないけど、のろけならよそでしろよ)
 エドワードはぶすーっとした顔でくるりとロイに背を向けると、黙って歩き出した。
「あ、鋼の?!」
 ロイが呼んだような気がしたが不機嫌なエドワードはきっぱり無視。
(…さっさとアル探してここから出よ)
 おそらくこの騒ぎに巻き込まれているであろう、人のいい弟の顔を思い浮かべてエドワードは大きなため息をついた。


 建物内を一通り探したが弟の姿は見つからない。
 いい加減うんざりとしてきたエドワードは、いまだに慌ただしい東方司令部の建物の外に出て一休みすることにした。手近な建物の壁にもたれて座り、空を見上げる。
(あーあ、いい天気……)
 一度悪くなった機嫌はなかなかよくなってはくれない。
 さっきのロイの顔を思い出してはまた不機嫌になった。
 ガリガリ。
 不意に頭上で音がしたかと思うと、
 ニァー! ニァー!
 なにやら必死な猫の声。
 エドワードがきょろきょろとあたりを見回すと、二階の窓枠にしがみついた格好で茶色の子猫が必死に鳴いていた。どうやら窓から落ちかけ、そのままぶら下がっているようだ。
「ぷっ! どんくせぇ猫だな」
 笑いながらも下におろしてやる。最初は少し暴れたがエドワードの腕の中に収まると大人しくなった。
「ん? 首輪してるな迷い猫か。なんか書いてあるぞ。えーっとなになに、リ…リィ?」
 その名前どこかで…そう思ったとき。
「あーっ! 兄さん、そのままリリィを捕まえてて!」
 建物の二階の窓から、探していたはずの弟が顔を覗かせていた。


「……で、みんなしてコイツを探して大騒ぎしてたのか?」
 子猫の首根っこを片手でつかみ、そのままぶらんとぶら下げた格好でエドワードがアルフォンスにたずねた。
「はははっ…その、途中で逃げ出しちゃって…」
 笑って誤魔化すアルフォンスからだいたいの事情を聞いたエドワードは呆れて頭を抱えた。
 つまりこの騒ぎの原因はこの子猫『リリィ』の脱走のせいらしい。
 ちなみに先ほどのロイののろけは、いかに子猫が可愛かったかというものだったらしい。
(アホらし…)
 なんだか子猫相手にヤキモチを焼いたような気になってきた。
 不機嫌になっていたことすら馬鹿馬鹿しい。
 エドワードは手にしていた子猫をぽいっとアルフォンスに手渡すと、さっさと歩き出した。
「ほら、アル早く来いよ。ソイツの飼い主探すんだろ?」
「え? あ、うん! 待ってよ兄さん!」
 アルフォンスは嬉しそうに子猫をしっかりと抱いて兄の後を追った。


 ―――おまけ。


 その後、執務室にて。
「鋼の、リリィには会えたかい?」
「ああ、あのアルが探してた子猫だろ? 茶色の」
「かわいかっただろう? こう…どことなく誰かさんに似てて」
「誰かって、ダレ?」
「私の目の前にいる可愛い恋人に、だよ。気の強いあたりがよく似ている」
 つまり、ロイはリリィがエドワードに似ていたからかわいかった、と。
「オレは猫と同じかよ」
エドワードが不満げにもらせば『そういう意味ではない』とロイに肩を抱き寄せられた。
「私はエドワードが一番可愛いといいたかったのだよ」
 そう言い、エドワードの顎に指をかけるとくいっと上を向かせてロイは優しいキスをひとつ。
「なんかこれって誤魔化されてない?」
「そんなことはない」
 てれながら文句を言うエドワードに、ロイはもう一度口づけた。


end