その3
朝、起きたら、まったく見覚えのない子猫が自分の胸の上にちょこんと座っていた。
(なんだこの猫?)
朝。目が覚めた途端に飛び込んできたその小さい小動物の姿に、エドワードは訝しげに眉をひそめた。
◆◆◆
蜂蜜色の長い髪に金色の瞳の少年――エドワード・エルリックは、ベッドに仰向けに寝転がっているその姿勢のままでまだ眠い目を瞬かせた。
「んー?」
自分の胸の上に座り込んで、じっと自分の顔を見下ろしてくるややくすんだ感じの金茶色の毛並みの子猫と目が合った。
「…………?」
エドワードは、寝起きでぼんやりとする頭で今の自分の状況を考えた。
(たしか……昨日の夜にはこんな猫いなかったよな?)
昨日の夜。遅い時間にイーストシティについたエドワードと、彼の弟のアルフォンスはいつもの宿に部屋をとった。
その時には、部屋には誰も――それこそ、小動物の一匹すらいなかったはずだ。
(アルがまたどっかで拾ってきたのかな?)
大の大人ほどの大きさの全身鎧の身体を持つ彼の弟アルフォンス・エルリックは、ときどき兄に黙って捨て猫などをこっそりと拾ってきたりするのだ。
(かわいそうなのはわかるけどさ……)
旅をしているエドワードたちは、動物を飼うことはできない――それでも、心優しいアルフォンスはかわいそうな猫を見ると、ついつい拾ってしまいたくなるのだ。
(しょうがないなぁ……アルのヤツ)
ため息をつきながら、大きな全身鎧の姿の弟を探して、エドワードは首を伸ばして部屋の中を見回した――胸の上に子猫が乗ったままなので起き上がれないのだ……
「アルー!」
エドワードの呼びかけに、意外と近くから返事が帰ってきた。
「ここにいるよ、兄さん」
「へっ?」
しかし、弟の姿は見えない。
首をめぐらせてそう広くもない宿の室内を見回すが、ベッドの上から見える範囲にいるものといえば、自分と、どこからか入り込んできた――もしくは、アルフォンスが拾ってきたらしい子猫が一匹だけ……
(部屋の外かな?)
そう思って、今度は扉にむかって声をかける。
「アルー! どこだ?」
「だからボクはここにいるってば」
声と同時に、エドワードの胸元を子猫がたしたしとたたいた。
「………………」
ぎぎぎぎっ……と音がしそうな動きで首を戻すと、エドワードは自分の胸の上に乗っかっている子猫へと視線を向けた。
ものすごーく嫌な予感が、背筋を駆け抜ける。
汗が一すじ、つぅっと頬を伝った。
乾いた唇を舌で湿らせてから、エドワードは子猫に向かって恐々と呼びかけてみた。
「アルか?」
「だから、そうだって」
エドワードの言葉にこくこくとうなづく子猫。
その子猫の口から飛び出した自分のよく知っている少年の声に、エドワードは激しいめまいを感じた。
「――――――」
「に、兄さん?」
みるみる青ざめる兄。アルフォンスが心配してエドワードの顔を覗き込もうとした途端、
がばっ。
被っていた毛布とともに、アルフォンスの小さくなった身体を派手に跳ね飛ばしながらエドワードがベッドの上に半身を起こした。
「うわわっ!?」
「わっ!? アル!」
ころころとベッドの上を転がっていく、子猫になってしまった弟の悲鳴を聞いて、エドワードはあわてて両手を伸ばすと、ベッドから落ちる寸前でなんとかアルフォンスを救い上げた。
「悪い……」
あやまりながらアルフォンスを両手でそっと抱き上げた。
目の高さまで持ち上げた弟をあらためて観察してみる。ややくすんだ感じの金茶色の毛並み。長いひげ。すらりとした肢体。長いしっぽ――どこからどう見ても本物の子猫だ。
「……にしたって。一体どうしたんだ? その姿……」
「ボクにもわかんにゃいよ……朝、気がついたときにはもうこの姿ににゃっててさ……」
アルフォンスがしょぼんとしながら答えた。同時に耳としっぽがしょげたようにへなっとたれる。どうやら、ちゃんと人の言葉がしゃべれるようだ……若干語尾がヘンだが。
「これって……この前のオレと同じ状態なのかなぁ?」
前に自分が猫化したときのことを思い出して、エドワードは首をかしげた。
「じゃあ、時間がたてばボクも自然に戻るかにゃ? 兄さんのときってそうだったじゃにゃい?」
その弟の問に、エドワードはアルフォンスからさりげなく視線をそらせると、自信なさげにぽつりと答えた。
「…………たぶん」
「あら、おはようエドワード君。ひさしぶりね一ヶ月ぶりぐらいかしら」
東方司令部の玄関先でエドワードを出迎えてくれたのは、ブラウンの瞳に長い金髪を後ろできりりと結い上げたクールな女性だった。
「おはよう、中尉」
エドワードに中尉と呼ばれた女性、リザ・ホークアイは持っていた荷物を抱えなおすと、
「大佐に用かしら?」
そこまで言って、ホークアイはいつも少年と一緒にいることの多いエドワードの弟、アルフォンスの姿が見えないことに気がついた。
「あら、今日はアルフォンス君と一緒じゃないのね」
そうエドワードに向かってたずねると、間髪いれずに、
「おはようございます中尉。ボクならここにいますよ」
アルフォンスの声が聞こえた。
「あら? 今、アルフォンス君の声が……」
ホークアイは訝しげに声のしたほうに視線を向けた。
声はたしか、エドワードが立っている辺りから聞こえたように思うが……そう思ってエドワードを見ると、
もぞっ。
エドワードの、赤いコートの下に着ている黒の上着の胸元がもぞっと動いた。
「ぁっ」
小さく声を上げて、エドワードが自分の上着の胸元を押さえようとしたが、わずかに間に合わなかった。エドワードの上着の襟元からひよっこりと顔を出した、ややくすんだ感じの金茶色の毛並みの子猫と、ホークアイの目が合う。
「あら、猫?」
「いや、あの、その、これは……」
子猫を見て目を丸くするホークアイ。エドワードはわたわたとあわてて、彼女の視線から隠すようにして服の上から両腕で子猫を抱え込んだ。
「一体どうしたの? エドワード君が子猫を上着の中に隠しているなんて? それに、アルフォンス君の声が聞こえたような気がしたのだけれど、彼はどこに?」
そう問われて、思わずエドワードの視線が泳いだ。
「それが、その……」
口を開きかけたエドワードの言葉をさえぎるようにして、少年の上着の中にいた子猫が再びもそもそと這い出してきた。
「ボクならここにいますよ、中尉」
上着の中から顔を出した子猫の口から発せられたのは、彼女にも聞き覚えのある少年の声だった。
「――――えっ!?」
ぎょっとして固まったホークアイを見て、エドワードは子猫になったままのアルフォンスを抱きしめて深々と嘆息した。
「……こ、これは一体……?」
「それが、その――」
「なるほどそういうことだったのね」
ひととおりエドワードとアルフォンスの二人からを聞いたホークアイは、やっとアルフォンスの身体におこった現象を理解した。
「それじゃ……このアルフォンス君の身体の変化は、以前のエドワード君のときと同じなのね?」
「たぶんそうだと思うんだけど……」
「にゃんか中尉を驚かせちゃったみたいで……すいません」
エドワードの腕の中に抱き上げられたままでぺこりと頭を下げるアルフォンスにエドワードが小声で文句をつける。
「だから顔出すなって言っといたのに……」
「だって兄さん……」
そんな兄弟の様子をほほえましく見つめていたホークアイが、ふと疑問を口にした。
「エドワード君。何か用事があったんじゃないの?」
「あっ、いけね、忘れてた。報告書だしに来たんだっけ……」
「大佐なら執務室にいると思うけれど」
「さんきゅ。それじゃ中尉」
「ボクたちこれで失礼します」
歩き出そうとするエドワードの腕の中で――子猫になってもいてもいつもと変わらぬ几帳面さで――アルフォンスはホークアイに向かってぺこりと頭を下げた。
軽い足取りで廊下を歩いていくエルリック兄弟を見送ってから、ホークアイも廊下を歩き出した。
「あ、あれってハボックさんじゃない?」
「ほんとだ。なにやってんだろ? あんなトコで」
一階の廊下を歩いていたエドワードとアルフォンスの目に映ったのは、廊下の窓から見えた短い金髪の後ろ頭だった。
短い金髪の青年は青い軍服の袖が汚れるのも気にせず、木の根元にしゃがみこんでなにやらごそごそしている。彼のトレードマークのくわえ煙草がときおりひょこひょこ動くのがここからでも見えた。
「ハボックさん、一体なにしてんだろう?」
「さあ?」
窓辺に駆け寄って、しばらくガラス越しにその青年の行動を眺めていたが、エドワードには彼が一体なにをしているのかさっぱりわからなかった。
「こういう時は本人に直接聞くほうが早いよ、兄さん」
「それもそうだな」
エドワードは両手で抱えていたアルフォンスの小さな身体を左手でそっと持ちなおすと、右手で窓の鍵を開けて身を乗り出した。
「なにやってんの?」
「ん? ああ、エドか」
背後からかけられた声に反応して、短い金髪の頭がこちらを振り返った。
ジャン・ハボック少尉はエドワードの姿を認めると緑の瞳に面白そうな色を浮かべて、くわえ煙草を揺らしながらエドワードのそばまで歩いてきた。その両手は何か小さなものを包むようにして持っている。
「ひさしぶりだな、って……アルの姿がねぇな、一人か?」
アルフォンスの姿を探して、ハボックは窓の外から廊下を覗き込んだ。
きょろきょろと辺りを見回すが、廊下にいるのはエドワードと、その左手に抱えられたややくすんだ感じの金茶色の毛並みの子猫だけ。あの、どこにいてもすぐに見つけられそうな大きな全身鎧の姿は見当たらなかった。
「なんだ別行動か?」
「あ、いや……ここにいるよ。それよりあんなとこで一体なにしてたんだ?」
ハボックの問いに少し気まずげに答えてから、エドワードはさっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ああ、コレ見つけてさ……」
そう言ってハボックはあわせた両手を伸ばして窓から廊下の中にいれると、わずかに開いて中身を見せてくれた。ハボックの手の中でちょろちょろと動くその小さなモノの正体は――
「……ねずみ?」
その刹那――
エドワードの左腕に抱えられていたアルフォンスの瞳がきらりと輝いた。
自分を抱えているエドワードの手からするりと抜け出すと、アルフォンスはハボックの手の中のねずみめがけて猛然と襲い掛かった。
「イテっ!」
突然暴れだしたアルフォンスは、ねずみを捕まえているハボックの手もろとも、ねずみにむかって容赦ない攻撃を浴びせる。
「イテ、イタタ。おい!」
次々と繰り出される爪攻撃に、ハボックは思わずねずみを廊下へと取り落とした。
「わわわっ!?」
自分の足下に落ちてきたねずみに、エドワードは反射的のその場を飛び退った。
踏んでしまわないように避けるエドワードの足の間をすり抜けて、自由になったねずみは廊下の奥にむかって一目散に逃げ出す。
「待て! 逃がすかっ!!」
鋭く叫びながら、アルフォンスはハボックの手から飛び降りると、ねずみを追いかけて廊下をものすごい速さで駆け出した。
「あっ! 待てよアル!」
「へっ!?」
子猫の口から飛び出した少年の声と、エドワードの上げたセリフに、ハボックはさんざん爪で引っ掻かれた手の痛みも忘れてぽかんとエドワードの横顔を凝視した。
ばたばたとあわただしく廊下を駆け抜けていく複数の足音に、この東方司令部で大佐をつとめている黒髪に黒い瞳の青年――ロイ・マスタングは、仕事の手を止めて扉へと顔を向けた。
執務室の中にいてもわかるほど騒がしくなった外の様子に眉をひそめて、
(何か、大きな事件でも起きたのか?)
一瞬そう思ったが――もし本当に事件なら、大佐である自分に真っ先に連絡が来るだろう。そう考え直して、ロイは机の上に山と積まれている未処理の書類に手を伸ばした。
さっと内容に目を通し、自分のサインを入れようとペン先を紙の表面に落とす。そのままペンを動かしてサインを書き始めて――
「どこだ!? どこにいった?」
――廊下から聞こえた、ここにいるはずのない少年の声に思わず手元が狂った。
激しく枠内からはみ出し、本文の下の辺りまでナナメに線を引かれてしまった書類とペンを握り締めて、ロイは思わず椅子から腰を浮かせた。
「い、今の声は鋼の!?」
一ヶ月ぶりに聞く恋人の声――どこか切迫した響きを含んだその声に、ロイは書き損じた書類とペンを放り出すと、執務室の入り口にある扉へと駆け寄った。
扉に飛びつき、もどかしくノブを回すと急いで廊下へと飛び出す。
「!」
部屋の外に出ると、廊下の突き当たりからこちら見ていたエドワードと目があった。
「鋼の! 一体なにごとだ?」
駆け寄るロイの姿を見た途端。エドワードは着ていた赤いコートのポケットに手を突っ込んで、少しだけほっとした表情を浮かべた。
「あっ、大佐」
「鋼の――」
ロイがエドワードのそばまでやってきた途端、エドワードの手が動いて――
べしっ!
「!?」
額に、びっしりと文字で埋め尽くされた紙の束が押し付けられた。
「…………?」
呆然としながらその紙の束を顔から引き剥がすロイ。よく見ると、それはエドワードの報告書だった。
「ちょうどよかった。大佐に報告書出しに来たんだけど、途中でそれどころじゃなくなっちゃってさ」
それだけ言って走り出そうとするエドワードの肩をロイは慌てて掴んだ。
「ちょっと待ってくれ鋼の。一体なにがあったんだ?」
肩に置かれたロイの手を引き剥がしながら、エドワードは早口で現在の状況を説明した。
「アルのヤツがいなくなってさ、それでみんなに頼んで探してもらってるとこなんだ」
「みんな?」
「うん。中尉に頼んだら協力してくれてさ。今、10人ぐらいで探してんの」
「10人!?」
いくら弟が行方不明といっても、10人で探すというのはいささかやりすぎなのではなかろうか? それにあんなに目立つ全身鎧。すぐに見つかりそうなものだが……そう思いながらロイはエドワードに尋ねた。
「――アルフォンス君の行きそうな場所に心当たりはないのかい? 鋼の」
「う〜ん……東方司令部の敷地内からはまだ出てないとは思うんだけど……」
「出ていない?」
「うん。でも、アイツなんか妙に野生化してたしな……」
「や、野生化!? アルフォンス君がか?」
ポツリとつぶやかれたエドワードの言葉にロイは疑問符を浮かべた。
と、その時――
「いたぞ向こうだ!」
「えっ? どこどこどこ?」
窓の外から聞こえてきた部下の声に反応して、エドワードは慌てて廊下を駆け出す。
「あ、鋼の! 待ちたまえ」
それにつられるようにして、ロイもエドワードの後を追って走り出した。
「いたぞ!」
「どこいった?」
「うわっ!? たっ! とっ!」
「ケガさせるなよ!」
「イテテっ……」
「くそっ。ちょこまかと!」
東方司令部の敷地内のあちこちから上がる声に、ロイはすっかりワケがわからなくなっていた。
(なにがおきたんだ? アルフォンス君はどうしたというのだ!?)
詳しい話を聞こうにも、捜索に当たっている10人の部下達は皆、アルフォンスを探して敷地内を走り回っていて誰も捕まらないし、自分の隣を走っているエドワードは弟のことで頭がいっぱいで、ロイのことを気にする余裕はないようだった。
「アルー! どこだー!! いたら返事しろ!!」
心底心配そうな顔で、必死にアルフォンスの名前を連呼するエドワード。
手近な部屋に入るたびに机の下を覗き込み、ゴミ箱を見つけてはその中を覗き込む――そんな少年の怪しい行動にロイもさすがにうんざりとした顔で……
「鋼の、少し落ち着きなさい。アルフォンス君が心配なのはわかるが、いくらなんでもそんなところに彼は隠れていないだろう?」
そのロイの言葉に、エドワードは覗き込んでいたゴミ箱から顔を上げて、きょとんとロイの顔を見つめた。
「……なに言ってんの大佐?」
不思議そうに聞き返されて、ロイのほうが返答に困ってしまった。
「いや、その……身体の大きなアルフォンス君じゃ、ゴミ箱の中に入り込むのはいくらなんでも無理があるだろうと……」
もごもごと口ごもったロイを見ながら、エドワードはしばらく考え込んで――
「あっ!」
おもむろに、ぽんと手を打った。
「そっか、よく考えたらオレ。大佐に何にも説明してないや」
「――というわけなんだよ」
「アルフォンス君が猫……」
なんともいえなさそうな顔で黙り込んだロイを見て、エドワードは苦笑いを浮かべた。
あの後――アルフォンスが外にいた。という部下の言葉に、ロイはエドワードとともに一階へとむかった。その途中でエドワードからの説明を聞いて、ロイはやっと現在、アルフォンスの置かれている状況を理解したのだった。
「すると、今のアルフォンス君は以前の君と同じ状態なのか」
「んー、たぶん」
「子猫の姿になっているからこんなに大勢で探しても、捕まらなかったのか……」
なるほど……と腕を組んで納得するロイ。
一階の廊下を二人で足早に歩いていると、コンコン。と誰かがすぐ横手の窓ガラスを叩いた。
「ん?」
音に気がついたエドワードが窓のほうを見ると、鍵のかかっていなかった窓を外から開けたハボックが顔をのぞかせていた。
「いたいた。エド、アルを捕まえたぜ」
「マジ!?」
「ほら」
廊下から見えるようにひょいと右腕を上げてみせる。あちこち絆創膏だらけのハボックの右手には、ややくすんだ感じの金茶色の毛並みの子猫が、首の後ろをしっかりとつかまれてぷらんとぶら下げられていた。その子猫の口には、しっかりと戦利品のねずみがくわえられていた。
「アル!」
アルフォンスの姿を見た途端。エドワードはだっとハボックの元に駆け寄ると、その右手にぶら下げられたままの子猫をひったくるようにして奪い返した。
「今までどこにいたんだ!? 心配したんだぞ!」
しっかりと両腕で子猫を抱きしめるエドワード。しかしアルフォンスのほうはのんきなもので、
「にゃに? どうしたの兄さん?」
自分の置かれている状況がわかっていないのか、きょとんとした顔でロイとエドワードとハボックの顔をせわしなく見比べていた。
「アル、オマエなぁ……」
こんな騒ぎを起こした弟に文句のひとつも言いたそうなエドワードの背中を、ロイはなだめるようにぽんぽんと優しくたたいた。
「まあ、なにはともあれ、アルフォンス君が見つかってよかったじゃないか」
「……そうだな」
少し不満げな顔をしていたエドワードだったが、ロイにそういわれて納得したようだった。
「それじゃ、アルも見つかったことだしオレたち帰るわ」
あっさりと言ったそのセリフに、今度はロイが慌てた。
「ええっ!? もう帰るのかい? ろくに話もしていないというのに……」
「だって、アルがいつ全身鎧の姿に戻るかわかんないだろ?」
腕の中の子猫に視線を落としながらそういうエドワードに、ロイは顎に手を当てて必死に考えをめぐらせた。
「しかし、一ヶ月ぶりに君に会えたというのに……そうだ。執務室にいればいい」
「……あんた仕事は?」
「うっ」
冷たく言われて、思わず言葉に詰まる。
窓の外では、エドワードとロイのやり取りを聞いていたハボックが、上司に背を向けて、肩を震わせながら必死に笑いをかみ殺していた。
(…………後で消し炭決定だな)
そんなハボックの姿を殺意のこもった目で睨み付けてから、ロイがエドワードのほうに向き直ってさらに口を開く。
「しかし、鋼の――」
「大佐」
ロイの言葉にかぶせるようにして、ホークアイの淡々とした声が背後から聞こえた。
「急ぎの書類がありますので、ちゃんと仕事をして下さい」
鋭い一言が、ロイの背中にさっくりと突き刺さる。
「…………はい」
がっくりと肩を落としてうなだれるロイ。そんな上司から視線を外し、ホークアイはエドワードたちの側までやってくると、エドワードの腕の中で眠そうにまるくなっている子猫の姿を認めて、微笑を浮かべた。
「見つかったのねアルフォンス君。よかったわ」
「中尉もアル探すの手伝ってくれてありがと。ほかのみんなにも言っといて」
「ええ」
ホークアイはにっこりとうなづいて、
「エドワード君も走り回って疲れたでしょ? お茶を入れるから飲んでいかない? クッキーもあるわよ」
「えっ、マジ!? やりぃ」
すっかり眠ってしまったアルフォンスを抱きなおして、嬉しそうにホークアイの後をついていくエドワード。その後姿が廊下のむこうへと消えていくのを、ロイは情けない表情でながめていた。
「鋼の……」
さびしそうにつぶやいたロイの後ろ――窓の外では、必死に笑いをかみ殺していたハボックが、軽い呼吸困難になって地面にうずくまっていた。
end