その2
コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
ロイの返事を待って執務室内に入ったホークアイは、黙々と机に山積みの書類と格闘している上司の前に立つと、ため息とともに口を開いた。
「大佐、いったいこんどは何をしたんですか?」
「何をした。とは?」
唐突なホークアイの言葉に、ロイは持っていたペンを机の上に置くと目の前に立つ彼女の顔をまじまじと眺めた。
「エドワード君のことです」
こめかみを指で揉みながらホークアイがそう続けるが、ロイはまだ意味がわからないのか不思議そうに首をかしげる。
「鋼のがどうかしたのかい?」
「『どうかしたのかい?』じゃありません!……エドワード君、泣いてましたよ」
その一言でロイの顔色がさっと変わった。
「やっぱり……なにかしたんですね」
非難するようなホークアイの視線にロイは、
「いつもの言争い……というか口ゲンカのつもりだったのだが…」
誰に言うでもなくそうつぶやくと、さっと立ち上がって部屋を出て行く。慌ててホークアイがその後を追った。
「中尉たのむから早く戻ってきてくださいよ〜。こんなところ大佐に見つかったら……」
そわそわと落ち着きなく辺りをうかがうハボック。
エドワードが顔をこすり付けているほうの肩が、涙でかなり濡れてきてはいたが、今。それを気にしているだけの余裕は彼にはなかった。
今のところ誰も廊下を通っていないが、それでも安心はできない。どこかで誰かにこの状態を見られ、それが大佐の耳にでも入ろうものなら――
(燃やされそう……)
そう思っていると頭上から声が降ってきた。自分が今。一番聞きたくない声が――
「何をしているんだハボック少尉」
ギクリ。
思わず身体が強張った。
恐る恐るハボックが顔を上げると、いつの間にか庭に姿をあらわしたロイが自分を見下ろすように立っていた。その後ろにはホークアイの姿も見える。
(ちょっと待っててくれっていうのは、大佐を呼んでくるっていう意味だったんですか中尉!?)
思わず心の中でホークアイに突っ込むハボックであった。
「何をしているのかと聞いている」
地を這うような声音でそう繰り返すロイ。その顔は怒っているというよりは、完全に無表情――それがまた彼の怒りをいっそう感じさせてハボックの恐怖心がいっそう高まる。
「た、大佐……」
何とか声を絞り出す。その声に反応するように彼の首にしがみついたままのエドワードの身体がびくりと揺れた。
そっとハボックの肩から顔を上げてロイのほうをちらりと見る。その泣き腫らした顔を見てロイは思わず言葉を失った。
「!!」
「………………」
ふいっと視線をはずして再びハボックの肩に顔をうずめる。
「は、鋼の……」
ロイがためらいがちに声をかけると、エドワードはさらにぎゅぅっとハボックの首にしがみつく。そしてはっきりとこう言った。
「…っく。……ロイが浮気すんなら、オレだって浮気してやる!!」
「「えっ!?」」
ハボックとホークアイの声が見事にハモった。
「ご、誤解だ!!」
動揺しながら反論しても説得力はないに等しい。
部下二人の冷たい視線を感じ、ロイはだらだらと冷汗を流す。そんな上司を一瞥してホークアイが冷たく一言。
「大佐。襟に口紅がついていますよ」
「!」
ぎくりとして、あわてて首に手をやるロイ。
そのロイの様子を横目でちらりと見たエドワードはハボックの首にしがみつきなおすと、また声を殺して泣き出した。
服の濡れ方からいってかなり大泣きかもしれない、と感じたハボックはジト目でロイを見て、
「本当なんですか? 大佐」
「エドワード君、かわいそう……」
ロイとエドワードの関係に気がついている二人は、さらに冷たい目でロイを見る。
そんな部下二人の視線に耐えられなくなったのか、エドワードがさらに泣きだしたのに狼狽したのか、ロイはわたわたと手をふりながら、必死に弁解した。
「これは、違うんだ! むこうの女性が無理やり……」
「「やっぱり……」」
「……ロイの…ばかぁ……っく…ひっく」
声をハモらせる部下二人。そしてしゃくり上げながら文句を言うエドワード。
「信じてくれ! 私が一番愛しているのはエドワードだけだ!」
真顔できっぱりと言い切るロイ。
突然始まった告白に、ホークアイは顔を赤らめて視線をはずし、ハボックは困ったように鼻の頭をぽりぽりかきながら明後日の方を見た。
エドワードは、そのセリフにゆっくりと顔を上げるとロイのほうを振り返って、
「……本当か?」
泣き腫らしてかわいそうなぐらい赤くなったエドワードの目をしっかりと見詰め返しながら、ロイがうなずいた。
「ああ、本当だとも」
「………今回だけは信じてやる。またやったら今度は別れるからな」
そう言うとハボックの首に絡めていた腕を外す。ようやくエドワードの腕から開放されたハボックが、服の汚れを払いながら立ち上がった。エドワードの腕をつかんで、立ち上がらせてやっていると、ロイが少年の名前を呼んだ。
「エドワード」
名前を呼びながら大きく両手を広げるロイ。
エドワードはしばらくためらった後、身体ごとぶつかっていく勢いでその腕の中に飛び込んだ。そしてぎゅぅっとロイの背中に腕を回す。
「エドワード」
「……ロイ」
やっと自分の腕の中に戻ってきたぬくもりに、ロイはその小さな身体をきつく抱きしめる。
そんな彼らの後ろでは、部下二人がお互い顔を見合わせながら、困ったように苦笑していた。
end