その1
ハボックが東方司令部の一階の庭に面した廊下を歩いていると、どこからともなく誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
「!?」
ぎょっとしてあたりを見回すが廊下を歩いているのは自分だけで、ほかには猫一匹見当たらない。しかし、よく耳をすませてみればそのすすり泣きは廊下からではなく窓越し――つまり外から聞こえてくるのだということに気がついた。
「誰かいるのか?」
泣き声が聞こえる窓まで歩み寄り窓を開けて外をぐるりと見回すと、窓のすぐ下の壁に背中を預け、膝を両手で抱えて座り込んでいる小さな人影が目に入った。その蜂蜜色の髪には見覚えがある――エドワードだ。
「どうした?」
「……っく」
ハボックが声をかけたが、エドワードはしゃくりあげながらふるふると首を横にふっただけで顔を上げようとはしなかった。
そのエドワードの様子にただならぬものを感じ、とりあえず外に出ようとハボックは廊下を走った。
建物内をぐるりと回って外に出てきたハボックが目にしたものは、さきほどと変わらない姿勢ですすり泣くエドワードの蜂蜜色の頭だった。
膝を両手で抱えその膝に顔をうずめるようにして泣いているので顔は見えない。大声を上げて泣くのではなく、声を殺すように泣く子供の姿にハボックはなんともいえない気持ちになった。
「なんかあったのか? オレでよければ力になるぜ?」
そういいながらハボックはエドワードの正面にしゃがみこむ。ぽんぽんと優しく蜂蜜色の小さな頭を叩く、とのろのろとした動きでエドワードが顔を上げた。
「…っ」
泣き腫らした顔。
泣きすぎて赤くなった目でぼんやりとハボックを見詰めかえすエドワード。
はじめてみるエドワードの様子にハボックはなんと声をかけていいのか迷い、つづく言葉をさがした。
「…………」
ハボックが言葉を探し出すよりも先に、エドワードが小さく何かをつぶやいた。
「? なんだ?」
うまく聞き取れなくて聞き返しながらエドワードへと耳を近づけると、すっと伸びてきた腕に抱き込まれるようにして引っ張られた。
「うわっ!?」
突然強い力で引っ張られその場に膝をつくと、エドワードが膝立ちになってハボックの首にしがみついてきた。
「えっ? あっ、ちょっ…」
わたわたとあわてるハボックを尻目に、エドワードはハボックの首に回した腕に力をこめるとぎゅぅっと抱きついてくる。そしてそのままハボックの肩に顔をうずめるようにしてまた泣き出した。声を殺して……
突然のことにしばらく慌てふためいていたが、ハボックは何とか冷静さを取り戻すとエドワードに静かにたずねた。
「弟は?」
「……っく。ウィンリィ…っく……の所…ひっく」
何度かしゃくりあげながら答えてくる。
そういえば前に会ったときに、ちょっと調子が悪いとかいうようなことを聞いた覚えがある。それで幼馴染のところにいっているのだろう。
「そうか」
片手で慰めるようにエドワードの頭をなでてやりながら、
(こんなところ大佐に見つかったらオレ、燃やされそう……)
ふと、そんな想像をして冷汗がたらり。
どうしたものかと首にかじりついたまま泣くエドワードを眺めながら思案に暮れていると、開けっ放しだった窓からこつこつと靴音が聞こえてきた。
(大佐か!?)
ドキドキしながら首をひねって窓の向こうをうかがうと、窓越しに金色の髪がちらりと見えた。
大佐じゃないとわかった瞬間、ハボックは大声で廊下を歩いていた人物を呼び止めた。
「すまない。誰でもいいからちょっと来てくれ!」
ハボックの必死の叫びを聞きつけて、廊下を歩いていた人物が窓から顔を出してくれる。金髪をきりりと結い上げた女性――ホークアイだった。
「どうしたの? いった……」
そこまでいいかけて彼女は思わずピシッと固まった。
ホークアイの目に映ったもの――それは、地面に膝立ちの姿勢のまま、エドワードにぎゅぅっと抱きつかれている困り顔のハボックだった。
「一体なにがあったの!?」
急いで外に出てきた彼女は、この状況を見るなりそう言った。
「見ての通りです」
はははっ、とうつろな笑いを浮かべそう答えたのはハボック。
地面にだらりと両足を伸ばして座っている彼の膝の間に、エドワードがハボックと向き合うようにちょこんと正座をして、その首に両腕を絡めて彼の肩口に顔をうずめるように顔を伏せている。そのエドワードの肩がときおりしゃくり上げるのと同時に揺れている。
「ひょっとして、エドワード君……泣いているの?」
ホークアイの問いにハボックがうなずくことで返事をする。
「エドワード君……大佐に何かされたの?」
静かに問うホークアイの声に、エドワードの肩がびくりと揺れた。
「……やっぱり」
ため息とともに険しい表情になるホークアイ。
「二人とも。ちょっとここで待っていてくれるかしら?」
二人がうなずいたのを確認してからホークアイがさっと踵を返す。その背中を見送り、ハボックはまた泣き出したエドワードの背中をあやすようになでた。
→ It continues.