〜3〜
「とりあえずあそこまで行くか」
「うん。そうしようよ」
ようやく我に返った二人は恐る恐る庭園内へと足を踏み入れた。地面に規則正しく並べられた赤レンガの道を通って庭園の中を進んでいき、城の門の前までやってくる。
城門の左右の脇には銀色に輝くプレートメイルで武装した男女二人の門番が立っていて、片手に持った槍でエドワードとアルフォンスの行く手を阻むと、二人に声をかけてきた。
「ようこそ。パスはお持ちですか?」
「許可のないヤツを通すワケにはいかないんでね」
「へっ!?」
「!!」
その門番二人の顔を見た瞬間。エドワードとアルフォンスは困惑した。門番はなぜか、ホークアイ中尉とハボック少尉だったのだ……
とっさにアルフォンスはエドワードの腕をつかんでざざざっ、と隅のほうまで引っ張っていくと二人で頭を寄せ合い小声でこそこそと相談を始めた。
「なんでこんなトコに中尉たちがいんだよ!?」
「ボクに言わないでよ兄さん!」
「オレらだってわかってないみたいだけど……」
「どうしようか……」
「どうしようか、って言ったって……」
急に隅でこそこそと相談を始めたエドワードとアルフォンスを、門番であるハボックとホークアイは槍をかまえたまま不思議そうに見ていたが、しばらくするとホークアイがためらいがちに声をかけてきた。
「あの――」
「あっ! その! ボクたち道に迷ってしまって!」
「そ、そうそうそう!」
ホークアイが声をかけた瞬間。ものすごい速さで振り返ったアルフォンスがわたわたと慌てて口を開いた。冷汗をだらだら流しながら、エドワードも引きつった笑顔でこくこくと何度もうなずく。
「「…………」」
そんな物凄くアヤシく慌てまくっているエルリック兄弟を訝しげな目で見ていたハボックの目に、こっちに向かって歩いてくる一人の少女の姿が映った。
その少女――ウィンリィ・ロックベルはひらひらのフリルがついた丈の長い青いワンピースに真っ白いフリルつきのエプロン姿でつかつかと城門の前まで歩いてくると、制止しようとしたホークアイに向かって軽く頭を下げた。
「こんちには」
「城に用があるのでしたら――」
そこまで言いかけたホークアイの言葉をさえぎって、白いエプロンのポケットから手のひらにおさまるほどの大きさのカードを取り出してホークアイに見せる。
「パスは持ってますから」
ウィンリィが見せたパスを素早く確認したハボックとホークアイは、槍をさっとどけて門を開けるとウィンリィにむかって一礼をした。
「どうぞ」
「お通り下さい」
「ありがとう」
ウィンリィは門番に礼をいって門を通り過ぎようとして――急にくるりとエドワードのほうを振り向くと、ぽかんと事の成り行きを見ていたエドワードを怒鳴りつけた。
「なにやってるのよ! これ、時間制限あるんだからね!」
そのままエドワードの赤いワンピースの襟首をわしっ、と引っ掴むとエドワードを引きずって城内へと向かって走り出した。
「うわわっ!?」
「えっ!? 兄さん!」
突然の出来事に驚いていたアルフォンスだったが、はっと我に返ると慌ててウィンリィとエドワードの後を追いかけた。
エドワードの襟首を引っ掴んだまま、ウィンリィは城内を爆走していた。その後ろをアルフォンスが必死になって追いかけていた。
「ちょっと待って!」
「時間がないのよ!」
「手、放せって!」
「うるさいわね! 急いでるんだから、ちょっとは静かにできないの!?」
「その手を放したら、いくらでも静かにしてやるよ!」
「兄さん。待ってよ!」
ぎゃあぎゃあと喚きながら、三人は城の玄関ホールを駆け抜けた。城内部の豪華な装飾には目もくれずにそのまま二階へ続く階段を駆け上がる。
階段を上りきったそこは謁見の間だった。
広い室内の両脇には彫像がずらりと並び、赤い絨毯が敷き詰められている。その奥の一段高くなった場所には豪華な装飾が施された王座が置かれていた。
そこに座っていた人物がにこやかにエドワードたち三人に話しかけてきた。
「おやおや、ずいぶんとかわいらしいお嬢さんたちだ。そんなに急いで一体どこに行こうというんだね?」
王座から声をかけてきた人物はなんと、ロイ・マスタング大佐だった。
頭には王冠をかぶり、派手な衣装を着て豪奢なビロードのマントをひるがえしながら王座から立ち上がったその姿を見て、エドワードとアルフォンスは心底呆れた。
「た、大佐まで……」
「……頼むから、その格好はやめてくれ大佐」
うんざりとした顔でうめくエドワード。
王座から立ち上がり、こっちに歩いてこようとするロイに向かってウィンリィはキッパリと言い切った。
「あたしたち先を急いでますので、それではこれにて失礼します」
スカートの裾をちょこんとつまみ上げてロイに挨拶をすると、ウィンリィは再びエドワードの襟首をつかんで走り出した。
「さ、いくわよ!」
「わっ!?」
「待ってよ、二人とも」
次の部屋へと続く扉を押し開けると、ウィンリィはエドワードを引っ張ったままさっさとその扉の隙間に身体を滑り込ませた。
「あ、ボクもこれで失礼します」
ロイに向かって軽く頭を下げると、アルフォンスはウィンリィの後を追って扉のむこうに飛び込んだ。
ウィンリィ、エドワード、アルフォンスの三人は嵐のように城内を駆け抜ける。
メイドにぶつかりそうになりながら廊下を爆走し、食事の準備で大忙しの厨房の中をどうにか通りぬけ、いくつもの部屋を通りぬけて、バラの花が咲き乱れる広い中庭を突っ切ると、その庭の端にひっそりと立っている塔の前でウィンリィはやっと足を止めた。
引きずっていたエドワードをボトリとその場に落とし、乱れた呼吸を整える。
「ここが目的地か?」
ようやく襟首から手を放してもらえたエドワードが、立ち上がりながらウィンリィのほうを見た。
「ダメだ。カギがかかってるよ」
扉を開けようと悪戦苦闘していたアルフォンスもお手上げ、とばかりにウィンリィとエドワードのほうを振り返る。
「だいじょうぶ」
そんな二人を見てウィンリィはにっこり笑うと自分のエプロンのポケットに手を入れた。
ごそごそと何かを探してからゆっくりとポケットから手を引き抜く。その手に握られていたのは一本の鍵。
「それは?」
「この塔の鍵よ」
慣れた手つきで鍵を鍵穴に差し込む。ゆっくりと鍵を回すとカチリと小さな音がしてあっさりと扉が開いた。
「さ、行きましょ」
そう言うとウィンリィは先頭に立って塔の中へと足を踏み入れた。
「兄さん。行くの?」
「しかないだろう。ここまで来たら」
顔を見合わせたエドワードとアルフォンスだったが、ここまで来たら最後までウィンリィに付き合おうと決心して二人で塔の内部へと足を踏み入れた。
塔の内部は空洞で、その内側の壁沿いに階段がぐるぐると螺旋を描いて上へ上へとのびていた。
「うわーしんどそー」
「これ上るのかよ……」
上を見上げてうんざりとしているエルリック兄弟を尻目に、ウィンリィはすでに階段を上り始めている。
「……行くか」
「……そうだね」
あきらめたようにため息をひとつつくと、二人は階段の一段目に足をかけた。
「………………」
「………………」
「………………」
そのまま黙々と、階段を上り続けること数十分。
「………………」
「………………」
「………………」
さらに数十分経過……
いい加減、階段を上ることに嫌気が差してきたエドワードがブチ切れそうになった頃、三人の前に一枚の扉が現れた。
「ここが最上階か?」
「そうよ」
「へー」
やれやれと大きく伸びをしているエドワードの横から扉を覗き込んでいたアルフォンスが手を伸ばして扉に軽く触れると、扉は音もなく開いた。
「!?」
びくりとして手を引っ込めたアルフォンスを見てくすくすと笑いながら、ウィンリィはさっさと部屋の中に入っていった。
塔の最上階はワンフロアぶち抜きで書庫になっていた。壁沿いに天井まである本棚がぎっしりと並び、そこにも納まりきれなかった本たちが床の半分を埋め尽くしていた。
その本の迷路をウィンリィは迷うことなくすいすいと進み、本と本棚の影に隠れるようにして存在していた小さなドアを探し出すと、そのドアノブに手をかけた。
ドアを開けて、さっさと一人で中に入るとエドワードたちを手招きで呼んだ。
「入ってきて」
エドワードですら頭を低くしないとは入れないほどサイズが小さいそのドアは、アルフォンスにとってはかなりの難関だったが、限界まで身体を屈めてどうにかやっと通り抜けることができた。
ようやく中に入れたその部屋は、部屋というよりは隠し小部屋。
暗幕がかかった薄暗い室内には調度品の類は一切なく、床に敷き詰められた黒い絨毯の上には白い染料で大きく魔法陣が描かれていた。
その魔方陣の中央には大きな穴がぽっかりと開いていた。
「ここよ!」
「ここよって……」
「この穴?」
胸を張るウィンリィの言葉を受けて、エドワードとアルフォンスは魔法陣の中央を覗き込んだ。どこまで続いているのか不思議なぐらい深い深いその穴は、上から覗き込んだぐらいでは底まで見通すことはできなかった。
「間に合ってよかったわ。さ、穴が閉じないうちに早く!」
エドワードの背中をぐいぐい押して穴の淵に立たせながら言うウィンリィ。その顔を肩越しに見詰め返しながらエドワードは困ったように人差し指でぽりぽりと頬をかいた。
「いや、早くって言われても……」
「つべこべ言わずにさっさと行くの!」
ウィンリィはエドワードの背中を乱暴に押して、無理やり穴の中に突き落としてしまった。
「うわぁぁぁぁ……」
長い悲鳴だけを残して穴の中に消えた兄を見て、アルフォンスが慌てて穴の淵へと駆け寄る。
「兄さん!!」
「あんたも行くのよ!」
げしっ!
アルフォンスの背中に向かって、ウィンリィは乱暴にケリを入れた。ものの見事にバランスを崩したアルフォンスも穴の中へとまっ逆さま。
「うわわわっ」
悲鳴を上げたアルフォンスの姿も、エドワードと同じように穴の中へと消えていった。
◆◆◆
「うわぁぁぁぁ!」
長い長い悲鳴とともに、エドワードが赤いワンピースのスカートと白いエプロンをはためかせながら空から落ちてきた。
ひゅ〜。
どすん!
「いたたたっ……」
エドワードがしたたかに地面に打ちつけた腰をさすっていると、またもや空から悲鳴が聞こえてきた。
「うわわわっ!」
ひゅ〜。
ゴンッ!
思いっ切り痛そうな音をさせて頭から地面に激突した燕尾服姿のアルフォンスを見てエドワードが慌てて駆け寄る。
アルフォンスを助け起こす時にふと見えた彼の燕尾服の背中には、しっかりとウィンリィの靴の跡がついていた。
「大丈夫かアル!?」
「なんとか……」
ヨロヨロと身体を起こしつつなんとか立ち上がったアルフォンスとともに、エドワードも辺りを見回した。
「うん?」
「ここは……」
エドワードたちが立っていたそこは深い、深い森の中。
どこか見覚えのある景色に二人がイヤ〜な予感をひしひしと感じていると、二人に向かって声をかけてくる人物が現れた。
「よう、どうした?」
声をかけてきた人物はヒューズ中佐。
最初に二人が見た時とすんぶんたがわぬ格好のまま――同じように木の着ぐるみを着ているヒューズの顔を見た途端。エドワードとアルフォンスは声もなくその場にへたり込んだ。
「「………………」」
がっくりと地面に両手をついてへたり込む二人。
うつろな声でぶつぶつ呟いているアルフォンスの隣で、エドワードも同じようにうめく。
「そ、そんな……」
「ちょっとまてよ。嘘だろ……」
「ボクら、けっこう苦労したのに……」
「………………」
へたり込む二人をよそに、ヒューズが一人でなにやら色々としゃべっていたが、彼らの耳にはまったく入ってこなかった。
そして――
「たのむから。いい加減勘弁してくれよ〜!!」
髪をかきむしって叫ぶ、エドワードの悲痛な声が広い森にむなしく響き渡った。
end