『Whiskey Bonbon』と酔っぱらい

「あっ!!」
 東方司令部の中にある食堂。その中から突然大きな声が聞こえた。
 ちょうど食堂の前を通りかかった数人が思わず足を止める。たまたまそこに居合わせたロイも、なにごとかと食堂の中を覗き込んだ。
 食堂の中には、テーブルの上に行儀悪く座り、一体何がそんなにおかしいのか一人でげらげらと笑っているエドワードと、そんな兄を必死にテーブルの上からおろそうとしているアルフォンスの姿がある。ほかに人がいないところを見ると、さきほどの声はどうやらアルフォンスが発したものらしい。
「どうかしたのか?」
 室内に足を踏み入れたロイがエルリック兄弟のいるテーブルの傍まで歩いてきた。
「?」
 エドワードが座っているテーブルの上には、くしゃくしゃに丸められたいくつもの銀紙が小さな山を作っていた。それを何気なく見ながらテーブルに近寄ると、
「ロイだぁ。ロイ〜〜」
 妙にうかれた少年の声にロイがぎょっとしてエドワードを見た。
 エドワードはロイの姿を認識したとたん。テーブルからぴょんと飛び降り、たった数歩分しかない距離を思いっきり走ってロイに体当たりをしかけた。
「ロイ〜!」
「わっ!?」
 ロイは驚いたものの何とかエドワードの身体を抱きとめる。
 ロイの腕の中にすっぽりおさまったエドワードは、ロイの腰に腕をまわしてしっかりとしがみつくと、目の前にある胸元に甘えるように顔をこすりつけた。
「は、鋼の!?」
 猫のようにゴロゴロと甘えてくるエドワードにたじろいでいると、アルフォンスが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません大佐」
「一体どうしたんだ?」
 いつもと違う、異常にテンションの高いエドワードをどう扱っていいのかわからず、とりあえずロイは理由を知っていそうなアルフォンスに尋ねてみた。
「それが……これ食べてから、兄さん一人で異常に盛り上がっちゃって……」
 そう言ってテーブルの上にあるくしゃくしゃの銀紙を一つ取ると、広げて見せた。
「えっと『Whiskey Bonbon』?」
 そこに印刷されている文字を読み上げ、ロイは眉をひそめる。
「ひょっとして鋼の……酔っぱらってるのか?」
「そうみたいです……」
「どうして『Whiskey Bonbon』ごときで酔うんだ? というか、一体いくつ食べたんだ?」
 ロイの疑問にアルフォンスがおずおずとテーブルの上の銀紙の小山を指差してみせた。
「これ、全部です」
「よくもまあ、これだけの量を一人で……」
 一度に食べるにはけっこうな量だ。しかも、エドワードから漂ってくるチョコレートと洋酒の香りからして、少量だがアルコール分が含まれていたのだろう。
「……それにしても、弱すぎる」
 自分の腰にしがみついている、どうやら酒に弱いらしいエドワードをじっと見下ろしていたロイだったが、次にアルフォンスの口から出た言葉にはっとなった。
「そういえば大佐。どこかに行く途中だったんじゃ……」
「! そうだった……」
 ホークアイに呼び出されて、これから向かう途中だったのだ。頭の中をちらりとよぎったホークアイの顔に、ロイは慌てて腰に回っているエドワードの両腕を外しにかかる。
「鋼の。悪いが私はいかないといけない用があってね」
 すると、やけにあっさりエドワードが腰から手を放した。ロイがほっとしてエドワードに背を向けた瞬間。
「えーいっ」
「わっ!?」
 どさっ。
 エドワードがロイの背中に飛び乗った。ロイの首に両腕をまわし、しっかりとしがみつく。
 突然のことにロイの動きが止まった――エドワードをおんぶした状態のままで固まる。
 同じく隣で固まっているアルフォンス。
「――――――」
 先に我に返ったのはアルフォンスの方が早かった。
「ダメだよ兄さん! すぐおりて!」
 慌ててロイの背中からエドワードをおろそうとするが、エドワードは上機嫌でへらへら笑いながら、
「だめ〜」
 ぎゅぅっとロイの首にさらにしがみつく。
「鋼の……重い」
「ほら、ダメだってば!」
 アルフォンスがさらに強い調子で言いながらロイの背中から兄を無理やり下ろそうとした時。
「やだぁ〜!」
 さっきまでの上機嫌とは一転して、今度は大声で泣き出した。
 そしてそのままロイの首を閂締めで絞める。
「ちょ! 鋼の。く、苦しい……」
 酔っぱらいに手加減なんて、期待できるわけもなく――思いっきり首を絞められて苦しがるロイ。
 それを見てアルフォンスも慌てた。
「兄さん!!」
「やだぁ〜〜!」
 無理やりエドワードの両腕をつかんでロイの首から外すと、そのまま強引に抱き上げて背中からおろす。
 しばらくアルフォンスの腕の中でばたばたと暴れていたが――急に大人しくなった。
「……兄さん?」
「鋼の?」
 急に大人しくなったエドワードの顔を二人で覗きこんでいると、その酔っぱらいはまた機嫌がよくなったらしい。
「アル〜!」
 今度はアルフォンスに対して甘えた行動を取り始めた。アルフォンスの腕にしがみついて上機嫌でへらへら笑う。
「………………」
 絡んでくる酔っぱらいからやっと解放されたものの、ロイの心中は複雑だった。
 さっきまであんなに自分に甘えていたのに……
 むすっとした顔でエルリック兄弟を見ていると、後ろから肩を叩かれた。
「やっと見つけましたよ、大佐」
 その人物は、いつまでたっても現れないロイを探して東方司令部内を走り回っていたホークアイだった。


「頭痛て〜!!」
 執務室のソファに行儀悪く胡坐をかいたまま、エドワードはガンガンと痛む頭を片手で押さえていた。
「それってたぶん二日酔いってやつじゃない?」
 水の入ったコップをエドワードに手渡しながら呆れた声でアルフォンス。
「何で?」
 受け取った水を飲み干して、エドワードは首をかしげた。
 どうやら彼の記憶は数時間前に食堂でチョコレートを食べていた辺りから途切れているようだ。散々騒いだ挙句、寝てしまったことなどまったく覚ていないし、なぜ自分が執務室まで移動しているのかすらわかっていない。
 そんなエドワードの様子にアルフォンスは呆れた。
「鋼の。言っておくが、今後『Whiskey Bonbon』を一度に多量に食べないように。あと、酒は飲むな!」
 机に向かって仕事をしていたロイがふと、顔を上げてそんなことを言い出す。
「なんでだよ?」
 意味がわからなかったエドワードはきょとんとロイを見詰めかえすが、ロイはむすっとしながら、
「いいから飲むな!」
 それしか言わない。
 その兄の横ではアルフォンスが疲れたため息をついていた。


end