盗賊団壊滅作戦?
その2

「見えた。あれがそうだ」
 崩れ、半分ほど倒壊した塀の影からひょこひょこっと顔を出したエドワード、アルフォンス、ハボックの三人は、その物陰からわずかに顔を出してその向こう側をうかがった。
 ハボックが指差すその先には古びた倉庫がぽつんと一つ建っていた。
 車でアジトのある場所まで乗りつけた三人は、犯人に気付かれないように少し離れたところに車を隠すと、物陰に身を隠しつつ建物の姿が確認できる場所まで慎重に近づいていく。
 まさに崖っぷち。という言葉どおりの場所に立てられたその古い倉庫は、少し強い風が吹けばそのまま崖の下までまっ逆さまに落ちていきそうな感じさえ受ける。この倉庫、今は使われていないらしく、扉は壊れて半開き。窓にはすべて木の板が打ち付けられてあった。
「あの崖っぷちのオンボロ倉庫が『盗賊団』のアジトぉ〜?」
 胡散臭そうにハボックを振り返る。ハボックはさり気なくエドワードから視線を外しつつ、
「……オレが聞いた話ではそうだ」
「でも見張りが一人もいないね」
「…………」
 アルフォンスのなにげない一言に思わず黙り込む。
「ま、なんにせよ中に入ってみればわかる。いくぞアル!」
 アルフォンスを促して物陰から飛び出そうとするエドワードの肩をハボックが掴んで引き止めた。
「ちょっと待った!」
「なんだよ?」
「本当にオレたち三人だけで行く気か!?」
「ここまできといて今さら何言ってんだよ!」
 肩にかかったままのハボックの手を振り払い、逆にその腕をわしっ、と掴んでエドワードはハボックの身体を半ば引きずるようにして、物陰から飛び出す。その後をアルフォンスも追った。


 倉庫の内部は、カビ臭かった。窓を板で負債であるため、当然だが昼間だというのに薄暗い。
 アルフォンスの指摘どおり見張りはいない。それどころか人の気配すらしなかった。
「やっぱガセネタなんじゃないの?」
「そんなはずは……」
 あらためてエドワードにそう問われて、今度はハボックも自信なさげに口ごもった。
 こうも人の気配がないとなると、場所を間違えたか、もしくは……
「すでに犯人たち、逃げちゃってたりして」
 アルフォンスのもらしたつぶやきに、辺りの時間が止まった。
『…………』
 ……シャレにならない。
「ま、まさかな。はははっ」
「そ、そうだぜ。逃げられたなんて、そんなワケねーじゃん」
「……本当にそう思う?」
『………………』
 アルフォンスの疑いの眼差しに、誰も、何もいえなくなった。
 しばらく続いたその沈黙を打ち破ったのは、エドワードだった。
「くそっ。ここまできて手ブラで帰れるか! こうなったら全部の部屋を見て回ってなにか手がかりになるような物を探してやる!」
 半ばヤケになってそう言い放つと、握り締めたこぶしを天井に向かって突き上げた。
「いくぞ!」
『おー』
 エドワードにつられて、アルフォンスとハボックもこぶしを振り上げた。
 ほとんどヤケである。


 部屋をあけて回るといっても所詮倉庫。たいして部屋数があるわけでもない。
 建物内をぐるりと見回して、入り口の反対側。突き当たりの壁に扉があるのを見つけたエドワードは扉のすぐ上の壁に取り付けられたプレートに目もくれず、ダッシュでその扉へと駆け寄った。
 遅れてついてくるアルフォンスやハボックを待たずに、勢いよく扉を蹴りあけて中へと飛び込む。もともと鍵のかかっていなかったその扉は、何の抵抗もなく外側にむかって開いた。
 そして、そのドアの先には―――床がなかった。
「うえぇぇ!?」
 視界の片隅に映った『非常口』と書かれたプレートの内容を頭で理解した頃には、すでに身体は宙を舞っていた。飛び込んだ体勢のまま空中へと放り出されたエドワードは、間の抜けた声を上げたまま落下した。
「兄さんつかまって!」
 後から走ってきたアルフォンスがエドワードに向かって慌てて手を差し伸べるが、間に合わない。
 むなしく空を切ったアルフォンスの手をすり抜け、エドワードはそのまままっ逆さまに落ちていった。
 崖の下へと――
「兄さん!」
「エド!」
 アルフォンスとハボックの叫びが古びた倉庫内に響いた。


「う……ん」
 ぼんやりと意識が覚醒していく。
 あちこち痛む身体を確かめようとして、自分がまったく動けないことに気がついた。
「なんだ?」
 エドワードは後ろ手にロープで縛られた格好で、天井から吊り下げられていた。
 先ほどの倉庫とはまた別の倉庫らしい。
 あきらかにさっき調べていた倉庫よりもつくりが新しい。壁際には、食料が入っているとおぼしき箱がいくつか積み重ねて置いてあり、板の打ち付けられていない窓からは、そそり立った壁と、細い三日月の浮かんだ夜空が見えた。
 エドワードが落っこちた崖の下側に、もう一つ倉庫があったようだ。おそらく窓の外に見えるのが崖の下側の部分なのだろう。
「……って、今そんなことわかってもしょうがないけどな。にしても、けっこう長い時間気絶してたみたいだな、オレ……アルたちどうしたかな?」
 さてどうしようか、とエドワードが吊り下げられたままで、首をめぐらせていると部屋に一つしかない入り口の引き戸が、乱暴に開いた。そこから、いかにもごろつき風のひげ面の男が一人、部屋の中へと入ってくる。見覚えのない顔だ。
「おう坊主。気がついたか?」
「なあ、ここどこだ?」
 エドワードの問いにその男はいがいにも律儀に答えてくれた。
「へへへっ。ここは俺達盗賊団のアジトよ。ま、最も『今日までは』だがな」
「『今日までは』?」
「ああ、最近軍の奴らが色々と俺等のまわりを嗅ぎまわってるみてぇだからな。ここを引き払ってとっとと次の街へ行くのさ」
(もうちょっと遅けりゃアルの言うとおり、まんまと逃げられてたってワケか……)
 エドワードの反応など気にもせず、男はべらべらと一方的にしゃべり続けた。
「軍の奴らがもうちょっと遅く動いてくれりゃ、こんなにすぐに移動しないですんだんだけどな。まあ坊主には関係ねえ。おまえは黙って大人しくしてりゃいいんだよ、そうすりゃ命まではとらねぇからさ。それにしても盗賊団のアジトに転がり込むなんて坊主もマヌケだな。おおかた遊びに来てて上の崖から落っこちたんだろう?」
 そういってげらげら笑う。
(バカにしやがって!)
 むっとしたが、天井から吊るされている今の状況では手も足もでない。
(くっそ〜後で覚えてやがれ!)
 心の中でエドワードが罵詈雑言を吐いていると、急に外が騒がしくなった。
(ん?)
「なんだ?」
 外の様子に気がついたのか、男も耳をすませる。
 パンパン!
 乾いた銃声に続いて、
 ドンッ!
 なにかの爆発音。
 怒声。
 悲鳴。
 ばたばたと逃げまどう足音。
 それらが断続的に耳に届いた。
「な、なにが起こったんだ?!」
 途端に男がうろたえだした。どうやら外で戦闘が始まったようだ。
(もしかしてアルか?)
「おい坊主! テメーはここで大人しくしてろ!」
 男はそう言うと、天井から吊り下げられたままのエドワードを一人残し、扉にむかって駆け出した。
「あっ、ちょっと!」
 エドワードの呼びかけを無視して男が引き戸を開けて部屋から外に飛び出したのとほぼ同時に、
 爆発!
「っ!」
 その爆音と熱風に、エドワードは思わず目を閉じた。
 男が開けっ放しにしていった扉から室内に流れ込んできた煙で視界が悪い。
 煙がはれた後。
 エドワードが目にしたものは、ほどよくこんがりとコゲたひげ面の男と、戸口に片手をかけて、こちらを見上げるようにして立っている軍服姿の男の姿だった。
 その男が誰かを認識した途端、エドワードはほうけたように彼の名前を呼んだ。
「……大佐」


「あれほどダメだと言っただろう! まったく……」
 ロイはエドワードを天井から下ろすと、その身体を戒めているロープを外してやりながらぶつぶつと説教をし始める。
「だから悪かったってば! それよりなんで大佐がここにいるんだ?」
 不思議そうに首を傾げるエドワードにロイは、手短に経緯を説明してくれた。
「鋼のが飛び出していってからしばらくして、ハボック少尉がものすごい形相で執務室に駆け込んできてね。話を聞いて、それで慌てて私が駆けつけたというわけだ」
(アルのやつ……助けを呼んだのか)
 そのおかげで自分は助かったわけだが、ロイとケンカ同様で飛び出してきた手前、素直に喜べないエドワードであった。
「アルは?」
 姿見えない弟が気になってそう尋ねると、ロイはさらりと。
「他の部下達と一緒に犯人と戦っている最中だろう」
 エドワードは半眼でロイを見ながら、
「……アンタはそこにいなくていいのかよ。大佐」
「犯人のほうは優秀な部下達に任せて、私は一足先に囚われのお姫様を救い出しにね」
 いいながらいたずらっぽく片目をつぶってみせる。
「誰が『囚われのお姫様』だ! 誰が!」
 むっとして怒るエドワード。
 それを見てロイはにやにや笑うと、
「おや、自覚がないようだね。捕まって、ロープでぐるぐる巻きにされた上に天井から吊るされていたくせに」
「うっ……」
 ロイに意地悪く言われてエドワードは言葉に詰まった。エドワードが何か言い返すよりも早く、
「兄さん!」
 部屋に入ってきたアルフォンスがエドワードのところに飛んできた。
「アル!」
 二人とも、相手の無事な姿を確認してほっと胸を撫で下ろす。
「兄さん無事でよかった! すっごく心配したんだからね」
「悪い悪い」
 エドワードとアルフォンスが互いに無事を確認しあっている間に、他の部下達も部屋へと入ってきた。
「大佐。犯人の逮捕完了しました」
「大佐。盗品と思われる商品の回収完了しました」
「ごくろう」
 報告を受けて、部下に次の指示を出してからロイはエドワードたちを振り返った。
「では、我々も街に戻るとするか」
 そこにやっと追いついてきたハボックが、顔を出した。
「アル。エドはいたか?」
「あ、ハボックさん」
「あっ。オレならここ」
 戸口から中を覗き込んでくるハボックに気がついて、エドワードが元気よく片手を上げて見せた。
「おう、無事だったか!」
「悪いね心配かけちゃって」
「無事で何より」
 そんな話をしていると、部下の一人がハボックを呼びにきた。
「すいません。ちょっといいですか?」
「おう、また後でな」
 そのまま呼びにきた部下と一緒に部屋を出て行く。
「あ、ボクも先に行くね」
 そのハボックについてアルフォンスも部屋から出て行った。
「オレらも行くか」
「そうだな」
 部屋に取り残された格好になったエドワードがロイを促して歩き出した。
 そのエドワードの隣に並んで歩きだしたロイが、急にぽんとエドワードの頭の上に手をのせた。
 そのままぐしゃぐしゃと蜂蜜色の髪をかき回す。
「わわっ!? なんだよ、やめろよ大佐!」
 ロイの手をつかんで髪をかき回すのをやめさせようとじたばたするエドワードを軽く後ろから抱き寄せると、ロイは笑いながら、
「なんにせよ、君が無事でよかったよ。エドワード」
「っ!」
 途端に真っ赤になる。
 背後から抱きしめるようにして髪に触れてくるロイの手を振り払ってその腕の中から逃げ出すと小さな声で、
「……助けに来てくれた礼だけは言っとく。ありがとな、大佐」
 耳まで真っ赤になりながらそれだけ言って、逃げるように部屋から出て行ってしまった。
 ロイは突然のエドワードの言葉にきょとんとしていたが、すぐに嬉しそうな顔になって微笑んだ。
「大佐。さっさとこないと置いてくぞ!」
「ああ、今行くよ」
 部屋の外から聞こえた、照れ隠しで怒鳴るエドワードに返事を返すと、ロイは少年の後をおって上機嫌で部屋を後にした。


end