その1
「いいじゃねーか!」
エドワードの怒声が部屋の外まで響く。
執務室の前の廊下を歩いていた数人の人間が思わず驚いて足を止めるほどのボリュームで発せられたその声の大きさに負けない声でロイもきっぱりと言い切った。
「ダメだ!」
書類にペンを走らせながら、こっちを見ようともしないロイの態度に、エドワードはいらだたしげにロイの机をバンバンと両手で叩いた。
机の上の書類や小物がその衝撃で飛び上がるのを視界の端に収めつつ、ロイは机が揺れるのも気にせず仕事を続行させる。そのロイの態度にエドワードはムキになってさらに机を叩いた。
「いいだろべつに!」
ロイにかみつくエドワードの後ろでは、アルフォンスがオロオロと成り行きを見守っていた。
さらにその隣では、ホークアイが黙って事態を傍観していた。
「何度言っても答えは同じだ。鋼の」
「なんだよ大佐のケチ!」
「兄さん。それは言い過ぎだって!」
エドワードの吐いた暴言を慌てて窘めるアルフォンス。エドワードはしかたなく口をつぐむが、それでもまだ文句を言い足りなりないのか、机の端にかじりついてう゛〜っと唸りながら上目遣いにロイを睨む。
「そんな顔をしてもダメなものはダメだ!」
やっと書類から顔をあげたロイにぴしゃりと言い放たれて、エドワードはうっと一瞬言葉に詰まってから、
「大佐のバカヤロー!」
と言い捨てて部屋から飛び出していった。
「あっ! 兄さん待って!」
エドワードの後を追いかけて、アルフォンスも慌てて部屋を飛び出す。
「…………」
エドワードが開けっ放しにしていった扉に視線をやりながら、ロイは大きく嘆息して、
「よかったんですか大佐?」
遠慮がちに尋ねてくるホークアイを見て苦笑すると、ロイは肩をすくめた。
「こればかりは仕方がない」
――ことの発端は一日前。
ちょうどイーストシティに到着したばかりのエドワードと、アルフォンスが住宅街を歩いていると、
ガツン!
何かをぶつけたような物音が聞こえた。
「なんだ?」
「ボク先に行くよ?」
「ああ」
アルフォンスに返事を返しつつ、エドワードはきょろきょろと辺りを見回した。
音の聞こえた方角からしてすぐ近くのようだが……
手近な路地をのぞきこんで、思わずエドワードの目が点になった。
「…………」
その細い路地の途中にいかにも、ごろつきです。といった感じの男が6人、屋敷の裏庭の前でたむろしていた。別に男達がどこでたむろしようと本人の勝手なのだが、問題はその男達が手にしている物――はしごだ。しかも、今から侵入するぞ! といった感じで庭を囲む塀に立てかけられてある。
「わわわっ!」
エドワードが覗き込んでいることに気がついた男達が慌てて自分達の身体ではしごを隠そうとするが、長さが彼らの身長よりも長いので当然隠せるわけもなく、はしごは丸見え。
そんなマヌケな男達を指差してエドワードは呆れながらたずねた。
「おまえらなにしてんだ? ひょっとして泥棒か?」
泥棒呼ばわりされた男の一人が、大声で怒鳴る。
「誰が泥棒だ! 俺たちゃ盗賊だ!」
「どっちでもおんなじだろうが!」
エドワードの突っ込みに男はきっぱりと、
「ちがうといってるだろうが!」
ムキになって言い返してくる。
「ま、ガキには理解できんだろうがな」
「さっさと消えな。俺達は忙しいんだ」
口々にバカにしたように言いながらしっしっ、と手で追い払うしぐさをする。それを見たエドワードの額に青筋が浮かんだ。
「このヤロ〜! マヌケな泥棒のクセになめやがって!」
怒ったエドワードが、男達に殴りかかるよりも早く、
「どうしたの兄さん何かいたの?」
路地の入り口から中を覗き込んで、いつまでたっても歩いて来ないエドワードを不審に思ったのか、アルフォンスが戻ってきた。
「泥棒がいたんだよ」
びっ、と親指で男達を指ししめして言い捨てる。
「どれ?」
「あいつら」
アルフォンスにも見えるように脇に退いたエドワードの横から、アルフォンスがひょっこりと路地を覗き込んだ。
「うわぁ!?」
驚きの声を発したのは、アルフォンスではなく男達のほうだった。
突然現れた全身鎧によほど驚いたのか、泥棒(本人達いわく盗賊)のうちの一人が、腰にさしていた銃をぬく。
「あっ。ちょっと待って……」
アルフォンスが何か言いかけたが、それを無視してろくに狙いもつけず、でたらめに引き金を引いた。
カン。カン。カキン!
アルフォンスの身体に当たった銃弾が、鎧の表面ではじかれて跳ね返る。
「ぐわぁ!」
どうやら運のない一人が跳ね返った弾に当たったようだ。
「だから、跳弾してあぶないよって言おうとしたのに」
呆れたようにアルフォンス。
「て、テメェ。よくもやりやがったな!」
「やってない! そっちが勝手にやられただけだ!」
男達の身勝手なセリフに、横でその様子をばかばかしそうに見ていたエドワードが思わず突っ込んだ。
「ちくしょう! おぼえてやがれ!」
捨てゼリフを残し、男達はケガ人とはしごを担いでその場を逃げ出した。
「……アホかあいつら」
呆れてそれを見送るエドワード。
男達の姿が完全に視界から消えた頃、アルフォンスがぽつりと、
「アホな泥棒だったけどさ……一応、捕まえたほうがよかったんじゃない?」
「……あ」
「大佐!」
エドワードは東方司令部に飛び込んでくるなり、いきなりロイにこうたずねた。
「街で会ったあの泥棒。どこにアジトがあるか知らねぇ?」
「はあ?」
エドワードのその言葉に、ロイは首をかしげる。
「意味がわからなさすぎるぞ、鋼の」
「だから!」
「あの、さっき街で自称『盗賊』とかいう泥棒6人組に出くわしたんですけど……」
アルフォンスはさっとエドワードの言葉をさえぎると、さっき会った泥棒のことを手短に話した。
「ああ、街でウワサの『盗賊団』のことか」
「『盗賊団』?」
「なんだそれ?」
きょとんと聞き返すエドワードとアルフォンス。
「鋼のたちが出会ったのは、おそらく『盗賊団』と名乗っているやつらだろう。二週間ほど前から街で盗みを繰り返していて、被害件数はわかっているだけでも10件程度。まあ、我々のほうとしても見過ごすわけにはいかないからね、すでに犯人のアジトらしき場所の特定はできているよ。数日中に乗り込む予定だ」
そのロイの説明を聞いてエドワードはすぐさま、
「オレもいく!」
「ダメだ!」
間髪いれず、ロイに却下された。
「なんでだよ?」
むくれるエドワードに、ロイは噛んで含めるようにして言って聞かせる。
「『盗賊団』というだけあって相手は30人ぐらいいるらしい。いざ戦いになったら乱戦になる可能性もある。なにも鋼のがわざわざ行かなくてもいい」
そう言ってエドワードの要望はあっさりと一蹴されてしまった。
「むぅ〜」
執務室を勢いよく飛び出したエドワードは、東方司令部の門の脇もたれるようにして地面に胡坐をかいて座り込んでいた。
不機嫌丸出しの顔でむくれているのを、通りかかった軍の職員がなにごとかという顔で遠巻きに眺めていく。
「兄さん!」
エドワードの後を追ってきたアルフォンスは、門の脇に座り込んでいる兄の姿を認めると傍に駆け寄ってきてきた。
「……アルか」
のろのろと顔を上げてこっちを見上げてくるものの、全然立ち上がる気のないエドワードにあわせて、アルフォンスもしかたなくその場に屈み込んだ。
「ねぇ兄さん。大佐は兄さんのことを思ってああ言ったんだよ?」
諭すようなアルフォンスの口調に、エドワードは握り締めたこぶしに視線を落としながら、
「わかってるよ! ちゃんとわかってる……けど納得できない!」
「兄さん……」
まだ不機嫌そうなエドワードにアルフォンスがどうしたものかと考えていると……
「よお!」
たまたま門の前を通りかかったハボックが、二人にきがついて声をかけてきた。
そのハボックの姿を見た途端。
「そうだ……」
先ほどまでの態度とはうって変わって、エドワードはにんまりと悪魔のような笑みを浮かべた。
「うわぁぁ〜〜!!」
そのエドワードの笑みの意味を素早く感じ取ったアルフォンスが頭を抱える。
(まずいまずいまずい!)
せっかくのロイの行動がすべてムダになってしまう。
(兄さんが何か言い出す前に誤魔化してこの場を離れよう!)
しかし、アルフォンスの思いもむなしく、彼が行動を起こす前にエドワードは嬉々としてハボックを呼び止めた。
「ちょうどよかった。ちょっと頼みたいことがあってさ」
「何でオレが……」
しくしくと泣きながらハンドルを握るハボック。
あの後。エドワードにお願いされた(脅されたとも言う)ハボックは、しぶしぶエドワードたちを盗賊団のアジトまで案内するハメになったのだ。
軍の車を持ち出して、むかうは街外れにある盗賊団のアジト。
「まあ、運が悪かったと思ってあきらめてくれよ」
助手席に座ったエドワードが、頭の後ろで両手を組みながらお気楽に言う。
「しかも大佐にナイショだなんて。後でばれたら燃やされるぞ、オレ……」
思わずその光景を想像してしまい、冷汗がたらりと頬を流れた。
その車の後部座席では――
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
アルフォンスが両手を合わせ、虚空にむかってあやまり倒していた。
「なにやってんだアル?」
「一体誰にあやまってんだ?」
不思議そうな目を向けてくる二人など気にもとめず、アルフォンスは目的地に着くまで延々と何かにあやまり倒していた。
→ It continues.