素直じゃない?!

 大佐とケンカした。
 理由なんて些細なこと。
 もうその理由も忘れた。
 けど、こっちからあやまるなんて絶対にやだ。
 そう思うのに、胸の辺りがもやもやする。
 なんだかイヤな気持ち…


「兄さんそろそろイーストシティに着くよ」
 アルフォンスのその声でエドワードははっと我に返った。
 列車の窓から外を見ると見慣れた街が見えてきた。流れていく景色をぼんやりと眺めながらエドワードは本日、何度目かのため息をつく。
「はぁ〜」
「兄さん…まだ大佐とのケンカ。根にもってるの?」
 そのアルフォンスの言葉にエドワードは過剰なまでに反応した。
「お、俺は絶対に折れないぞ! 大佐からあやまってくるまで絶対に口きかないからな!」
「それじゃあ報告書とかどうするの?」
「そ、それはアルが…」
「やだ」
 この列車に乗ってから同じ会話がもう何度も繰り返されている。そのたびに頑固な態度をしめす兄に、さすがの弟もいい加減うんざりしていた。
 エドワードにケンカのわけを聞いてみたが、何しろ一ヶ月も前のこと。本人すら記憶があやふやで理由がなんだったか細かく覚えてない始末。
 それなのに『大佐があやまるまで、絶対に口きいてやんない!』と、そればかりくり返すのだ。
(東方司令部に着くまでに兄さんの機嫌がなおればいいけど……)
 しかし、悲しいかな弟の願いはかなわなかった。


「むぅ〜」
 東方司令部までやってきたエドワードの機嫌は相変わらず悪いまま。
 さっきから玄関先で建物を見上げたまま唸っている。その隣には困り果てたアルフォンスの姿が…
「ほら、兄さん。いつまでもここにいたってしょうがないよ」
「う〜」
「仕方ないなぁ」
 アルフォンスはいまだにごねるエドワードの背中を無理やり押して東方司令部に入っていった。


「はぁ…」
 ロイは、この一ヶ月ですっかりくせになりつつあるため息をつきながら黙々と仕事をしていた。
「ふぅ…」
「……」
 仕事は真面目にしているので文句はないが、そのため息がどうも耳につく。
「最近ため息が多いようですが…一体どうしたんですか?」
 処理済の書類を取りに来たホークアイがたずねると、
「鋼のからの連絡は入ってないかね?」
 逆にたずねられた。
「いえ。…そういえば最近エドワード君からの連絡、入ってこないですね」
「……ふう」
 またため息。
「何かあったんですか?」
「いや、なに。鋼のとケンカをしてしまってね…」
 まぁ、と口元に手をやるホークアイ。ロイは肩を落としながら、
「『口きいてやんない!』などと言われてしまってね……」
「…理由はさておき、さっさと大佐からあやまってしまうべきでは?」
 ケンカの原因がどちらにあるにせよ、あのエドワードからあやまってくるというのは考えにくい。
「そうなんだが…電話すらかかってこないとなるとなかなか機会がなくてね…」
「……」
 ホークアイは軽く肩をすくめると再びため息をつき出したロイを一人残し、次の書類を取りに執務室をあとにした。


「あら?」
「あっ」
 その小柄な姿を見つけたのはほんの偶然。
 ホークアイが書類の束を手に歩いていると、部屋を入ってすぐのところで立ち尽くしているエドワードと目があった。
 元気だったか、いつこっちに戻ってきたのか、など他愛ない世間話をしている間もエドワードはずっとそわそわしっぱなし。
(これは…)
 なんとなくエドワードの気持ちを察したホークアイは一言。
「大佐なら執務室にいるわよ」
「…っ」
 とたんにエドワードは顔を赤らめると、手に持っていた書類をホークアイに押し付けて、
「これ、大佐に渡しといて!」
 それだけいい残すと脱兎のごとく駆け出した。
「あ、エドワード君!」
 ホークアイの呼び止めも無視して廊下を全力疾走で駆け抜ける。
 あとに残されたのは、呼び止めようとした姿勢のままで固まっているホークアイと、エドワードが残していった報告書だけだった。


「なに、鋼のがここに?!」
「ええ、これを大佐に渡しておいてくれと」
 エドワードが残していった報告書を手渡しながら、ホークアイは先ほどのことをロイに話していた。
 ガタンッ。
 急に椅子を蹴って立ち上がるとロイは無言で部屋を出ていく。
 そんな上司をやれやれといった顔で見送る部下が一人。
 そんな心優しい(?)部下の気遣いを知ってか知らずか、ロイは一ヶ月ぶりに東方司令部に顔を出した愛しい恋人の姿を求めて廊下を早足で歩きだした。


 一方その頃。
 エドワードはアルフォンスと一緒に顔見知りの部下達につかまっていた。
「オレ、今、ちょっと都合が…」
「まあまあ、ゆっくりしていけって」
 アルフォンスに視線で助けを求めるが彼の弟は、
「いい加減、あきらめたら?」
 と、無言で語っていた。
「何の騒ぎだ?」
「あ、大佐」
 そこに建物中をしらみつぶしにエドワードを探し回っていたロイが顔を出した。
「鋼の!!」
「えっ?!」
 その声にエドワードはびくりと肩を震わすとおそるおそる部屋の入り口を振り返る。そこに立っていたのは、やっとエドワードに会えた、と満面の笑みを浮かべたロイ。
「………」
「………鋼の?」
 …久しぶりのロイとの再開。
 しかし、うつむいたまま顔を上げないエドワードと、エドワードの言葉を待っているロイとの間になんともいえない沈黙が落ちた。
 素直に、ロイに会えて嬉しい…と思ったエドワードだったが、同時に現在ケンカ中だという事も思い出した。ケンカ中のロイ相手にどんな顔をして会えばいいのやら……
(うわぁ〜。ダメだ。まともに顔見れない!)
 パニックを起こしたエドワードは突然手近な窓を開け放ち、そこから外に飛び出した。(ちなみにここは一階)
「あ、兄さん!」
「え? あ?」
「鋼の!」
 背中からかけられた複数の声をふり切って一目散に駆けだす。
 突然の展開からいち早く我に返ったのはロイだった。
 ロイはエドワードが開け放ったままの窓から外に飛び出し、そのままエドワードを追って走り出した。

 急に始まった猫と子猫のおいかけっこ。
 必死に逃げるは金髪の子猫。
 それをおいかける黒髪の猫もまた必死。

(久しぶりに会ったのになぁ…でも、大佐からあやまるまで口きいてやんないからな!)
 一度、意地を張ると引っ込みがつかなくなった。
 素直じゃないなぁ、と自分でも思う。
 ホントはロイに会えて嬉しいし、いろいろ話だってしたいのに…
 ぐるぐる考えながら走り続けて、気がつくといつの間にか行き止まり。
 後ろから追いついてきたロイが、エドワードを背後から優しく抱きしめてきた。
「やっとつかまえたよ。鋼の」
 嬉しそうに言われて、エドワードはおずおずとロイを見上げた。
 そこにあるのは優しい笑みを浮かべたロイの顔。
「久しぶりに会った途端に、なにも逃げることはないだろう?」
 あやまりたくてもあやまれないじゃないか、と笑いながら言われた。
「オレ……」
「あいたかったよ、鋼の」
 そう言いながら背中からぎゅうっと抱きしめてくれる腕があったかくて、泣きたいぐらい嬉しかった。
「私が悪かったから…」
「…オレもごめん」
 お互いケンカのわけなんてもう忘れたけど…
 素直に言葉が口から出た。
 くすっ。
 二人して吹き出す。
 エドワードが顔を上げると横から覗きこんでくるロイと目があった。
 そのまま引き寄せられるように目を閉じると、二人はお互いのぬくもりを確かめるように深く口付けた。


end