仮装パーティーのその後で

「いぃぃやぁぁだぁぁーー!!」
 東方司令部の一室から響き渡ったその叫びに、折りたたまれた大量のテーブルクロスを手にぱたぱたと忙しそうに廊下を歩いていていた数人の軍関係者は、一瞬だけ視線をそちらに向けて、ああ、ここもか。といった顔で何事もなかったように歩いていった。
 その扉の入り口には『第二男子更衣室』と書かれた紙が、ぺたりと貼り付けられている。
「いやだったら、いやだぁぁー!」
 あまり広くはない『第二男子更衣室』の中を、エドワード・エルリックはばたばたと走り回っていた。
 普段は会議室として使用されているその部屋は、今はテーブルや椅子が部屋の隅へと積み上げられ、かわりに大きな姿見が数枚と、小さめのロッカーがいくつか置かれている。その間を縫うようにしてすばしっこく逃げ回るエドワードを、ジャン・ハボック少尉が追いかけまわしていた。
「ここまできて今さら『イヤだ!』はナシだぜ、エド」
 フェイントをかけてエドワードに近寄ると、ハボックは両手の指をわきわきとさせながら少年を壁際まで追い詰める。
 と――
 コンコン。
「入ってもいいかしら」
 ノックとともに女性の声が聞こえた。その声にハボックは『味方が来た』とばかりにうれしそうに声を上げた。
「どうぞどうぞ」
 ハボックの言葉に応じて『第二男子更衣室』に入ってきたのはリザ・ホークアイ中尉だった。その彼女にハボックはさっそく告げ口をする。
「聞いてくださいよ中尉。エドのヤツまだごねてるんっすよ〜」
 そのハボックに壁際に追い詰められた体勢のままので、エドワードがぷうっと頬を膨らませて文句を言う。
「なんでオレがそんな格好しなきゃなんないんだよ!」
「なんでって、くじ引きで決まったんだから今さら文句言うなよ。オレなんてくじ引きで引いちまった衣装がコレだぜ?」
 そう言って自分の身体を示して見せる。
「………………」
 そう――ハボックはすでに『衣装』に着替え終えていたのだ。
 なるべく彼の首から下を見ないように、必死に自分に言い聞かせ続けたが――無駄だった……
 自分の目の前で、ミニスカート仕様の白衣にその身を包んだハボックが無意味に堂々と胸を張っている。スカートの裾から伸びるアミタイツに包まれた筋肉質の足に、なんとコメントしていいものやら……
「……………………」
 げんなりとナース姿のハボックを見ていると、ばんばんと肩を叩かれた。
「ほら、オレだってイヤイヤこんな格好してるんだからさ、お前もあきらめてアレ着ろ」
 今ひとつ納得できないことを言いながら――イヤイヤこんな格好をしているの辺りが――ハボックがホークアイの手の中の物を指し示した。それにつられて、ホークアイのほうに視線を向ける。
 彼女もすでに『衣装』へと着替え終わっているようだった。
 これもくじ引きで引き当てたのだろうか? ――ホークアイは童話の絵本から飛び出してきたような王子様スタイルの衣装を着ていた。金髪をいつものようにアップにして、蒼色の丈の短い上着に、同色のスラックスをはいている。背中になびくマントがとてもよく似合っていて、まるで『男装の麗人』といった感じだ。
 そのホークアイの手にあるのは、黒いメイド服と、白いフリルつきのエプロン……
「……オレ、メイド服なんてやだ!」
 ぷいっとそっぽを向く。
「あのなぁー」
 ハボックが困り果ててがりがりと短い金髪を掻いていると、軽いノックが聞こえた。誰かが着替えに来たのだろうと何気なくそちらに視線を向けて――
「!?」
 頭の中が疑問符でいっぱいになった。
 見るとハボックとホークアイも同じような顔で、室内へと入ってきた『ナニか』を凝視している。
 それは――茶色い毛の生えた、大きなカタマリ。
 第一印象はまさにそんな感じ。
 よくよく見てみると、全長2mはあろうかというその毛の塊の頭の部分には、ちゃんと顔があったし、長い毛に埋もれていてわかりづらかったが、ちゃんと手足もある。お尻には長い尻尾もついていた。頭の上の部分にネコ耳が生えているところを見ると、どうやらネコの着ぐるみのようだ。
 歩きにくそうな、もそもそとした足取りでこちらに近寄ってくる、それ――たぶんネコの着ぐるみ――にエドワードは思わず、
「どちらさん?」
 と声をかけた。
 すると――
「いやだなぁ、兄さん。ボクじゃないか」
 聞き覚えのある――というかありすぎる――少年の声が返ってきた。
「って、その声! お前アルか!?」
「そうだよ。見てわからなかった?」
 びっくりして聞き返すと、さも当然といった感じでそう返される。そのアルフォンス・エルリックの答えに、その場にいた全員が『絶対わからんぞ! それは!』と心の中で突っ込んだ。
「それよりも兄さんまだ着替えてなかったの?」
「そうなのよ」
「ほら、アルだってちゃんと『衣装』に着替えてるんだし、お前もいい加減あきらめて着替えろ」
「そうだよ兄さん。これはくじ引きで決まったことなんだしさ。往生際が悪いよ?」
 そう言って、アルフォンスがこちらの両肩をがっしりと掴んでくる。
「いぃぃやぁぁだぁぁーー!!」
 エドワードのその叫びは、廊下の端まで響き渡った。


「ったく……なんでオレが女装なんてしなきゃなんないんだ」
 ハボックたちの手によって無理やりメイド服に着替えさせられ――髪型だけは断固として拒否したため、いつものように蜂蜜色の髪を後ろで三つ編みにしているままだが――、パーティー会場に移動してからもエドワードの文句は続いていた。
 ほかのメンバーはすでに思い思いの場所に散って、食べたり、飲んだりしてパーティーを楽しんでいるようだった。
 日も落ち、窓の外はすっかりと暗くなっている。
 広いパーティー会場の奥のほうでは、すでに出来上がった酔っ払いがなにやら調子っぱずれの歌を歌い始めて、同僚に止められていた。
「『仮装パーティー』なんだからしょうがないよ」
「誰が言い出したんだ、こんなイベント!?」
「さあ? でも衣装は前もって公平にくじ引きで決めたんだし、それについては仕方がないと思うけどなぁ」
「……公平?」
 その弟の言葉に、エドワードは胡乱げに聞き返した。
「……そりゃ、ボクだって男物と女物の衣装を混ぜてくじを引かせるのはどうかと思うけど……でも、くじ運がよかったらちゃんとした衣装だって当たるんだしさ」
 そう言って、自分たちのちょうどすぐそばを通り過ぎた女性を見る。黒髪をショートカットにしたその女性は、真っ赤なドレスを着ていた。童話のお姫様のようなふんわりとした長いスカートに、大きく肩のあいたデザインのそのドレスはなかなか彼女に似合っている。
「中尉だって、すっごくあの衣装似合ってたけどなぁ」
「でも、だからってなぁ〜」
 さらに文句を言おうとした時に、背後から声がかかった。
「おや? そこのメイドは……ひょっとして鋼のかい?」
 聞こえてきたその声に、エドワードはぎくりと肩を震わせる。おそるおそる背後を振り返ると――エドワードの予想通り――そこにはロイ・マスタング大佐が立っていた。そのロイの『衣装』は、白いタキシード――花婿の衣装だ。闇色の髪に白いタキシードがよく似合っている。
 案外まともな格好のロイに――正直、ハボックのようなイロモノ系の女装だったらどうしようかと本気で考えていただけに――エドワードはほっと胸をなでおろした。
「大佐はそれが衣装か?」
「ああ、こう見えてもくじ運は良いほうだからね」
「似合ってますね、大佐」
「ありがとう――ってその声はアルフォンスくんか!?」
 エドワードの後ろから声をかけてきた着ぐるみの正体に気が付いて、ロイがわずかに黒い瞳を見開いた。
「はい。……わからなかったですか?」
 そう聞かれてロイは苦笑する。
(だから、絶対わかんねーって!)
 またもや、心の中で突っ込むエドワード。
「アルフォンスくんはネコの着ぐるみを引いたのか」
「はい」
「それで、鋼のはメイドを引いたと?」
 ふてくされて、ぷいっとそっぽを向くと、少し残念そうなロイの声が上からふってきた。
「メイド姿の鋼のも可愛いが、ウエディングドレス姿も見てみたかったな」
「そんなもんまで用意してたのか?」
 ぎょっとして振り返ると、ロイの言葉を真に受けたアルフォンスが、くじでウエディングドレスを引き当てた人物を目を凝らして探していた。
「あっ! ほらあそこにいたよ、ウエディングドレスの――」
 そこまで言って、急に声が途切れる。
「どうした?」
 そんな弟の様子を訝しんで、エドワードもアルフォンスが見ているほうに顔を向けた。そして――
「――――――」
 同じように絶句した。
 そこにいたのは、純白のヴェールをかぶり、布地をふんだんに使用した純白のドレスに身を包んだ――全長2mを越す巨漢の男だった。
「……アームストロング少佐だな……あれは」
 苦虫を噛み潰したような顔で、心底嫌そうにロイ。
 長いウエディングドレスの裾を引きずりながら歩き去っていく大男の姿に、エドワードは頭の中が真っ白になってゆくのを感じた――


 夜も更け、真っ暗な窓の外をぼんやりと眺めていたエドワードは、ぽんと肩を叩かれて顔を上げた。
「鋼の」
「大佐か」
 もたれていた壁から背中を離す。近くにアルフォンスの姿がないことに気が付いてロイが聞いてきた。
「一人かい?」
「アルはあっち」
 反対側の奥を指差して見せる。そこにはネコの着ぐるみと、蒼の王子様が、酔って本格的に暴れはじめた酔っ払いたちを会場の外へとつまみ出していた。
「ああ、中尉も大変だな」
「それより大佐こそ、もうあいさつ回りは済んだのか?」
 その言い方に、ロイは苦笑しながら。
「ああ、ひとしきり見て回ったし、部下にも言ってきたからね。私はこのあたりで抜けるとするかな」
「いいのかよ? 上司が一番にさぼっても」
 いやみっぽく笑うエドワードに、ロイもイタズラっぽく笑って片目をつぶって見せる。
「このイベントはただのお遊びだからね。私がいなくても大丈夫だろう」
「ふーん」
 気のない返事を返していると、
「鋼のも来るかい?」
 上から黒い瞳に覗き込まれて、そう囁かれた。
「…………」
 少し迷ってから――こくんと頷く。それを肯定と受けとって、ロイはエドワードの背中を押して歩き出した。
 会場の出入り口まで来たところで、くん、とエプロンの裾のあたりを引っ張られて、不審に思って立ち止まる。
「?」
 見ると、ロイの手がしっかりとエプロンの布地を握り締めていた。
「なっ!? わっ!」
 瞬間、ふわりと身体が宙に浮く感覚に驚いてぎゅっと目をつぶる。
 おそるおそる目を開けると、視界に白い背広の胸元が飛び込んできて――
「なっ、なにするんだよ!」
 まるで花嫁のように、横抱きにロイの腕に抱き上げられたエドワードはわたわたと手を振り回して暴れた。
「しっ、静かに。騒ぐと目立つぞ」
 騒がなくても十分目立つだろう、コレは……そう思ったが、素直にそう言っても降ろしてくれそうもないので、暴れるのを中断して大人しくその忠告に従った。
 あまりの恥ずかしさに、赤くなった顔を隠すように目の前にある胸へと額を押し付けると、頭上でくすり、と小さく笑ったのが気配でわかった。
「っ!」
 むっとして文句のひとつでも言ってやろうと、顔を上げると、やけに上機嫌なロイの横顔が目に入る。
(……ま、いっか)
 なんとなくそう思い直して、エドワードはあきらめてロイの肩口に顔をうずめた。

◆◆◆


→ It continues.