ふわりと風に乗って飛んできた一枚の花びら。
目の前をひらひらと飛んでいったそれを目で追っていると、今度はちがう色の花びらがまた風に乗って飛んできた。
「どこから飛んできてんだ?」
「あ、ほらあそこ。あの店の店先」
隣を歩いていたアルフォンスが、花びらが飛んでくるほうを指差しエドワードを呼び止めた。
アルフォンスが指し示しているほうに視線を向けると、そこには一軒の花屋。
色とりどりの花が店先に所狭しと並べられている。その中でもひときわふたりの目を引いたのは、たくさんの花びらが幾重にも重なっているローズピンクの花。
「キレイだね」
「そうだな」
思わず足を止めて、店先に並べられた花をしばらく眺めるふたり。
あまりじっと眺めていたせいか、彼らに気づいた店の店員が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。どの花が欲しいか決まったら声をかけてね」
「えっ? あ……」
「いや、オレたち……」
「プレゼントならリボンをかけましょうか?」
「えーっと…………」
にっこりと営業用スマイルでそう言われてエドワードとアルフォンスは言葉に詰まった。
けっきょく店員の笑顔に断りきれずふたりは花を買うことに……
綺麗にラッピングされ手渡された花束は、さっきふたりが目を引かれたあのローズピンクの花。
「で、買わされちまったワケだが……どーするよ、コレ」
片手に抱えた花束にちらりと視線を向けてから、困り顔でアルフォンスを見る。
「うーん。どうしようか?」
こちらも困ったように兄を見詰め返す。
「あ、そうだ! 誰かにやるってのはどうだ?」
「だったら中尉にあげたらどうかな? 女の人って花が好きらしいし、中尉にはいつもお世話になってるしね」
「それいいな! そうと決まればさっそく中尉に渡しにいくか」
エドワードは花束を抱え直すと東方司令部に向かって歩き出した。
ロイが東方司令部内の廊下を歩いていると、むこうからローズピンクの花束を嬉しそうに抱えたホークアイとすれ違った。
珍しいな、と思いながらすれ違いざまにホークアイに声をかける。
「見事な花束だね。どうしたんだい?」
「あ、大佐。エドワード君からの贈り物なんです」
花を贈られたことが嬉しいのか、ホークアイは上機嫌でロイに花束を見せる。
「え? 鋼のからの花束?」
ホークアイの意外な答えにロイは目を丸くした。
エドワードが花屋で花を買っている姿なんて想像できない。
「そうか、鋼のが中尉に花……」
ホークアイが行ってしまったことにも気づかず、ロイはぶつぶつと呟きながら歩き出した。
「中尉に花を贈ったそうだね鋼の」
エドワードとアルフォンスが執務室に入った途端。仕事をしていたロイは机から顔を上げるとふたりにそう声をかけてきた。
「へっ? ああ、あれか」
一瞬、ロイが何のことを言っているのはわからなかったがすぐに思い当たった――あの、ローズピンクの花束のことだ。
「ま、感謝の気持ちを込めてってヤツ?」
ちょっと得意げな兄の様子に、横からアルフォンスが小声でぼそりと、
「花屋のお姉さんに無理やり買わされたクセに……」
「わーっ!! それは言わない約束!」
アルフォンスのセリフにエドワードは慌てて大声を出して誤魔化そうとする。しかし、ふたりに近い位置にいたロイはもちろん。ちょうど花瓶に活けた花を持って執務室に入ってきたホークアイにもそのアルフォンスの言葉はばっちり聞かれてしまったようだ。
「えっ!? そうなのかい?」
ロイの口から間の抜けた声がもれる。
「そんなことだろうと思ったわ」
ホークアイもすくすくと笑いながら、持ってきた花瓶を机の上に置いた。
ホークアイに笑われてしまい、エドワードはばつの悪い顔で頬をぽりぽりとかきながら、
「その、なりゆきでちょっと……」
そこまで言ってふと思い出したようにロイのほうを振り返った。
「そういえば大佐。オレに『中尉に花を贈ったのか』って聞いてきたけど、大佐も欲しかったのか? 花束」
「は?」
突然の話の流れについていけず戸惑った声を上げるロイ。
「えっ? そうだったんですか? だったらもう一つ買えばよかったね。兄さん」
「そうだな」
戸惑っているロイに気づかず、のほほんとそんなことをしゃべる。後ろにいたホークアイがエルリック兄弟の会話を聞いて思わず、ぷっ。とふきだした。それを見たロイがなんとも言えない複雑な顔になる。
そんなロイの様子などまったく気がついていないエドワードは、にぱっと笑いながら無邪気に言った。
「今度買ってくるときは、大佐の分も買ってきてやるよ」
「……ああ、楽しみにしているよ」
言葉のわりには、あまり楽しみにしているようには感じられないうつろな声でそう返す。ロイにしてみれば『花が欲しかった』のではなく『エドワードが中尉に花を贈った』理由が知りたかっただけなのだ。
なにやら複雑そうなロイの顔に気付いて、エドワードがきょとんとしてロイとホークアイの顔を交互に見た。
「? オレなんかヘンなこと言った?」
「……いや、そんなことはないが」
いまいち歯切れが悪い。
そんなロイとエドワードのやり取りを聞いて、ホークアイがまたふふっと笑う。
「なに?」
「?」
きょとんとこっちを見るエドワードと、意味がわからず不思議そうに小首を傾げるアルフォンスに対してホークアイはなんでもないわ、と手をぱたぱた振ってから思い出したように言った。
「そういえば、まだちゃんと花束のお礼を言ってなかったわね。二人とも、ありがとう」
にっこりと微笑んであらためてお礼を言う。
「喜んでもらえてよかったよ」
「ほんとほんと」
嬉しそうなホークアイの姿に、エドワードとアルフォンスはお互い顔を見合わせるとにっと笑った。
end