ファーストキスは誰のもの?

「ったく……アルのヤツ、どこいったんだ?」
 弟のアルフォンスの姿を探して東方司令部の廊下を歩いていたエドワードは、聞こえてきたにぎやかな話し声にふと足を止めた。
「ん? ここか?」
 話声が聞こえる部屋の扉を開けて中を覗き込んで、
「こんにちは……って、みんなして何やってんの?」
 その室内に集まっていた顔ぶれを見回してエドワードは不思議そうに首を傾げた。
 開けた扉のその向こう――そう広くはない室内に男四人が集まって、なにらやらもり上がっている。扉に一番近い位置に陣取って座っているのは、くわえタバコがトレードマークのハボック少尉。その隣から順に、どっしりとした体型のブレダ少尉、やせ気味の身体に細い目のファルマン准尉、柔和な顔立ちにメガネをかけたフュリー曹長というメンバーがそろっていた。
 全員ロイ・マスタング大佐の部下である。
 その中の一人。ハボックが入り口で立ち尽くしているエドワードに向かってちょいちょいと手まねきをした。
「エド、お前もまざるか?」
 ハボックの誘いに少し興味を引かれたのか、エドワードはみんなのところへ近寄って、
「なに? なんの話?」
「ファーストキスはいつだったかって話」
「はぁ!?」
 ハボックの言葉にエドワードは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「なに? みんなして顔よせあって何してんのかと思えば……そんな話?」
 あきれたように全員の顔を見回す。エドワードの言葉にブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー曹長の三人がテレくさそうにうなずいた。
「ちなみにオレのファーストキスは、学生の頃に付き合ってた彼女と」
 と、明るくハボック。
 ハボックのそのノリについていけずにぽかんとしているエドワードをよそに、みんなが口々にその話題でしゃべりだした。
「オレは5歳の時。隣に住んでた女の子と」
「それってどうなんだ?」
「数に入るのか?」
「フュリー曹長はどうなんだ?」
「まだだったりしてな」
「そ、そんなことは……」
 赤面しながらしどろもどろになるフュリー。
 もり上がっている大人四人をあきれた顔で眺めていると、ブレダが突然エドワードに話をふってきた。
「お前はどうだ?」
「へっ? なにが?」
 突然、話をふられて完全に傍観を決め込んでいたエドワードはあわてた。
「キスだよ、ファーストキス。もう経験済みか?」
「オレ!? オレは……」
 ブレダに言われてわたわたしながら、頭の中で考える。
(オレのファーストキスって言ったら……)
 ――と、そこに。
「お前たち、いつまで遊んでいるつもりだ? 休憩の時間はとっくに終わっているぞ」
 勢いよく扉が開く。それと、同時にロイの叱責が飛んできた。
 戸口に立っている黒い瞳に闇色の髪の上司の姿を見た途端、
「あっ大佐!」
「やべっ」
「…………」
 あわてて椅子から立ち上がるフュリー曹長、ブレダ少尉、ファルマン准尉の三人。しかし、ハボックだけは一人マイペースに、
「あ、大佐もまざりますか?」
 この話題にロイを誘ってみたりしていた。
 話の流れが今ひとつ理解できなかったロイは、部屋の中に入ってハボックに聞き返す。
「? 何をだ?」
 ハボックはくわえタバコを揺らしながら、
「ファーストキスはいつだったかって話っすよ」
「………………」
 ロイは集まっていた全員に目をやって……
「五人も集まって、そんな話をしていたのか?」
 呆れた声でそう言う。
「はあ……」
「まあ、その……」
「そういえばエドワードくん。さっき何か言いかけてなかったかい?」
「ああ、いいよ気にしないで!」
 突然、思い出したようにたずねてきたフュリーの言葉に、エドワードはあわててぱたぱたと手を横にふった。
「?」
 その少年の態度にフュリーはわずかに首を傾げたが、それ以上は何も聞いてこなかった。そんなエドワードたちのやりとりを横目で見てから、ロイはハボックの方へと視線を戻して、
「ほら、さっさと自分の持ち場にもどれ」
『はい』
 ロイに促されてそそくさと部屋を後にする四人。
 自分の部下達が部屋から立ち去ったのを確認してから、ロイはぽつんと居心地悪げに立っているエドワードのほうへと向き直った。
 さっきからロイの目が妙にコワイ……
 エドワードがそっとロイの様子をうかがっていると、ロイが静かに口を開いた。
「鋼の……一つ聞いておきたい」
「……な、なに?」
 びくびくしながら聞き返すと、ロイは真剣な顔で、
「さっきハボック少尉が言っていた『ファーストキスの相手』の話なのだが……」
 それを聞いたエドワードは、がくっと肩をこけさせた。
「アンタまでそんな話にまざるなよっ!!」
 思わず力いっぱいツッこむエドワード。
 しかし、ロイは真剣な態度を崩さず、ひたっとエドワードの金色の瞳を見つめて――
「エドワード」
 静かに名前を呼んでくる。
「………………あ〜もう! 言えばいいんだろ、言えば! そんな顔で見るなよなっ!」
 じっとこちらを見つめてくるロイの視線に負けた。
 テレて、ぷいっとロイの顔から視線を外すと、
「……キスも――それ以上のコトも全部アンタが初めてだよっ! 悪かったなっ!!」
 つんけんどんにそう言い放って、エドワードはロイの横を通り過ぎて足早に部屋から出て行こうとした――が、それはできなかった。
 後ろから追いかけるようにして伸びてきたロイの両腕が、背中からエドワードを抱きしめたからだ。
「エドワード」
 嬉しそうに抱きしめてくるロイの抱擁を大人しく受けながら、エドワードは上目遣いにロイの顔を見上げた。
「…………この話、他のヤツに言わねーよな?」
「無論だ」
 その問いにロイは笑顔で断言すると、エドワードのやわらかな頬にそっと口づけた。
 そのまま、ついばむように唇にキスをしてから首筋に顔をうずめてくるロイの顔を、両手でぐいぐいと押し返しながら、
「…………人前ですんのもヤメロよな!」
 文句を言いながら、ロイの腕の中からするりと逃げ出す。
「やれやれ。信用がないな」
 苦笑するロイをじろりと睨みつけて、
「アンタが信用できないような態度をとるからだろ」
 ロイに向かってべーっと舌を出すと、エドワードは踵を返して早足で部屋から出て行ってしまった。
「やれやれ…………」
 一人部屋に取り残された形になったロイは、つれない恋人の態度にふっと肩をすくめると大きく嘆息したのだった。


end