天使は空からふってくる
〜第四話〜

 背中の傷もすっかり癒えたある日。
 エドワードが急にこんなことを言い出した。
「なあロイ。オレ街に行ってみたい!」
「どうしたんだ急に?」
「いいじゃん。今日、ロイも仕事休みだろ? いっしょにいこうよ。 ダメ?」
 かわいく小首をかしげて、上目遣いにロイを見上げてくるエドワードを前に、ロイが『ダメ』といえるワケもなく……
 ――結局、二人で街まで出かけることになった。
 上機嫌でロイの2〜3歩前を軽い足取りで歩いているエドワードは、以前ロイが買ってきてくれた丈の短い黒い上着と、同じく黒いズボンを着ていた。(外出、ということでちゃんと翼はしまってある)
 一方ロイは、薄手のグレーのコートに黒のスラックスという格好で、のんびりとエドワードの後を歩いていた。
「ロイの家ってけっこう街外れに建ってたんだな。庭から外に出たことないから全然知らなかった」
「まあ、古い家だからね。まわりは森ばかりだし」
「あ、見えてきた!」
「よく見て走らないと転ぶぞ」
 たっと嬉しそうに駆け出すエドワードをロイが笑いながら注意する。
「へーきへーき」
 街の商店街までくると、休日ということもあってか人手が多くなってきた。
 色々な店が立ち並びわいわいとにぎわっている通りを一軒一軒ものめずらしそうに見て回るエドワードに付き合って、ロイも歩く速度を緩めた。
「エド。迷子になるなよ」
「うん。わかった」
 エドワードが、ロイとはぐれないようにと注意しながら歩いていると、果物屋のおばあちゃんと目があった。
「あらめずらしい。先生がこんなかわいいお嬢さんと連れ立って歩いてるなんて」
 にこにこ顔でそんな事を言ってくるおばあちゃんに、エドワードはきーっと怒りながら、
「誰がお嬢さんだ! オレは男だ!!」
 しかし、おばあちゃんは特に気を悪くした様子もなくのほほんと、
「あらそうなの? ごめんねぇ。でも先生が誰かと一緒に連れ立って歩いているなんて本当にめずらしいわ」
 おばあちゃんの言った言葉に、エドワードはきょとんと聞き返した。
「そうなの?」
「ええ」
 立ち止まってそんな事を話していると、向かいに建っている書店から店員らしき男が出てきた。
「ああ、先生。ちょうどよかった今日電話しようと思っていたところだったんですよ。御注文の本。届いてますよ」
「ああ、ありがとう。取りに行くよ」
 本屋の店員にそう答え、ロイはエドワードの蜂蜜色の頭にぽんと手をのせると、金色の瞳を覗き込むようにして、
「ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
「ああ」
 エドワードがうなずいたのを確認してから、人ごみを掻き分けて向かいの書店へと入っていった。
「ねえ、おばあちゃん。ロイが誰かと連れ立ってるのってそんなにめずらしいの?」
 ぽかんとエドワードとロイのやり取りを見ていた果物屋のおばあちゃんは、エドワードのその問いにしきりにうなずいた。
「ああ、めずらしいね。……先生は人当たりのいいお医者さんだけど、深く人と付き合うのを避けているような気がしてねぇ……」
「なんで?」
「また何かを失くしてしまうのが怖いんじゃないかねぇ」
「失くすのが怖い?」
「戦争でご両親を亡くしてるんだよ……友達も何人か亡くしてるみたいだしね。あの戦争は酷かったからねぇ」
 果物屋のおばあちゃんは、当時を思い出したのか頬に手を当てると渋い顔をした。
(……そうだったんだ)
 ぼんやりと考え込んでいると、ぽんと頭を叩かれた。
「お待たせ。行こうか」
 顔をあげると、ロイが本の入った紙袋を片手に立っている。
「あ、うん。じゃあねおばあちゃん」
「ああ、またよっとくれね」
「それじゃあ」
 果物屋のおばあちゃんに別れを告げ、エドワードとロイはまた通りを歩き出した。
「何を話してたんだい?」
「んー、昔話とか世間話」
「あの人はおしゃべり好きだからな」
 そう言ってロイはおかしそうに笑った。
 そのまま二人でぶらぶらと街を歩く。しばらく色々な店をのぞきながら歩いていると、ふと、その店のショーウィンドウに飾ってあった赤いコートに目をとめたロイが立ち止まった。エドワードもつられて立ち止まる。
「あの赤いコート。エドに似合いそうだな」
「えっ? いいよ、いいよ色々買ってもらってるんだし」
 ロイの指差すほうを見てから、エドワードはぱたぱたと手を横にふった。
「いいから、いいから」
 ロイは先ほど買った本をエドワードに預けて、さっさと一人で店へと入っていってしまった。
 ――しばらくして。
 箱に収められた、あの赤いコートを片手にロイが店から出てきた。
 エドワードに預けていた本を受け取り、それから、買ったばかりのコートの入った箱をすっとエドワードの目の前に差し出して、
「私からのプレゼントだ。受け取ってもらえるかい?」
 そのロイのセリフに、エドワードは真っ赤になりながらこくりと頷くと、おずおずとその『プレゼント』を受け取った。
「あ、ありがとう。ロイ」


 家に帰ったエドワードは、早速あの赤いコートが入った箱の蓋を開けてみることにした。
 リビングのテーブルの上に箱を置いてそっと蓋を開け、キレイにたたまれて箱に収められているコートを取り出して広げる。
「わー……」
 ため息のような声が、思わず口からもれた。
「いい色だろう?」
「うん!」
 コーヒーの入ったカップを両手に一つずつ持ってリビングに入ってきたロイにそう聞かれ、エドワードは嬉しそうに頷いた。
 袖を通してみると、袖の長さも着丈もちょうどいい。
 鏡の前でくるっと回ってみせるエドワードを見ながら、ロイは口元に笑みを浮かべた。
「よく似合うよ。エド」
「そっかな」
 少しテレながら、ロイのほうを振り向くと、コートの表面の生地に手のひらを滑らせながら、
「ありがとうな、ロイ。大事にするよ」
 そう言ってエドワードがにっこり笑うと、ロイも嬉しそうに笑った。
 そのロイの笑顔を見て、エドワードもなんだかすごく嬉しくなった。


→ It continues.