〜第二話〜
「本当に大丈夫なのかい?」
玄関ホールで鞄を片手に、スーツ姿のロイは心配げに背後へと声をかける。
「大丈夫だって」
声をかけられた少年――エドワードはロイに借りたパジャマ姿で自分の部屋から出てくるとにっと笑って見せた。そのまま壁に手をつきながらも、しっかりとした足取りでロイのいる玄関ホールまで歩いてくると、
「ロイだって仕事あるんだし、あんまり長い間休めないだろう?」
「しかし……」
まだ心配げなロイにむかって、
「本当に一人で留守番ぐらいできるって。ほら、もう翼だってしまえるぐらいまで回復してるんだし」
そう言ってばさりと、片翼を出して見せた。エドワードの翼から落ちた白い羽根がふわりと一枚、玄関ホールの床に舞い落ちる。
「な?」
出していた片翼をしまいながら、にっこり笑ってエドワード。
「ほら、遅刻するぞ。ちゃんと働いて来いよお医者さん」
からかうようにそう言われて、ロイはしぶしぶ玄関の扉を開けた。
「……じゃあ行ってくるよ」
「おう」
「家の中の物は君の好きにしてくれていいから」
「うん。わかった」
まだ心配なのか、しきりに後ろを気にしながら仕事にいくロイの姿が見えなくなるまで見送ってから、エドワードは軽い足取りで家の中へと入った。
――夕方。
エドワードのことが気になったロイは、仕事を早めに切り上げて早々に帰宅した。
「ただいま」
玄関ホールを通り、荷物も置かずに真っ先にエドワードの部屋まで行くと、その扉をノックする。
コンコン。
しーん……
返事はおろか、物音すらしない。そっと扉を開けて中を覗き込むと、中はもぬけの殻だった。
「エド?」
エドワードの名前を呼びながら、部屋という部屋の扉を一つ一つ開けてまわる。
何度かその作業を繰り返して――ロイはようやく探している人物を見つけることができた。
「……こんなところにいたのか」
室内を覗き込んでロイはふっと口元を綻ばせた。
そこは屋敷の一番奥にある書庫。
エドワードは書棚から引っ張り出した本を床に高く積み上げ、その横にちょこんと腰をおろして熱心に本を読んでいた。
「…………」
ロイはエドワードの読書の邪魔をしないように静かに扉を閉めると、夕食の支度をするためにキッチンへとむかった。
「……ド」
「…………」
「エド! 聞いているのか?」
「へっ?」
大きな声で名前を呼ばれ、エドワードははっと本から顔を上げた。
あの後も、ずっと書庫の床に座り込んで本を読んでいたらしい。大きな声で名前を呼ばれて、はじめてロイが帰ってきていたことに気がついた。
「あっ、ロイお帰り」
「ただいま、エド」
ロイはやれやれと肩をすくめると、エドワードを促して立ち上がらせる。
「なにを熱心に読んでいるか知らないが、先に食事にしよう」
「うん」
二人でキッチンのテーブルにつき、食事をしながらロイが尋ねた。
「それで、一体なにを熱心に読んでいたんだい?」
「あ……うん。帰る方法がないかなって思ってさ」
「帰る方法?」
聞き返してくるロイに、エドワードはこくりと頷き、
「オレ翼が片方ないからさ、自分ひとりじゃ飛べないんだよ。だから飛べなくても帰れる方法ってないかなーって思ってさ。ロイの家、本がたくさんあったからどこかにのってないかな? そーゆーの」
「……ッ」
一瞬だけ――どこか痛みを我慢しているような顔をしたロイを不審に思って、エドワードがおずおずと名前を呼んだ。
「……ロイ?」
その声にはっと我に返った。
「そ、そうだな……探してみないことにはなんとも言えないな」
「……そっか」
がっかりとした様子のエドワードに、
「私もできるかぎり協力しよう」
そのロイの言葉にエドワードの顔が嬉しそうにぱっと輝いた。
「本当!? ありがとうロイ!」
風呂上り。黒髪から滴る雫をタオルで拭きながらなにげなく廊下の奥に目を向けると、書庫から明かりが漏れていた。
「まだ本を読んでいるのか……」
そっと扉を開けて中を覗き込むと、本を握り締めた格好でエドワードがうつらうつらと船をこいでた。
「やれやれ」
ロイは書庫の中に入り、持っていたタオルを自分の首にかけると、眠っているエドワードの手から本を抜き取った。書棚に本を戻してからエドワードを起こさないように――そして出たままの背中の翼と、怪我に注意を払いながら――その小柄な身体を横抱きに抱き上げた。
起こさないように、そろりそろりとエドワードの部屋へと少年を運ぶ。背中の怪我に負担がかからないようにベッドへうつぶせに寝かせて、そっと毛布をかけてやる。
「………………」
しばらく、蜂蜜色の髪を撫でながらエドワードの寝顔を眺めていたが、
「……君も、私の元から去っていってしまうのだな」
――ロイはつらそうに、ぽつりとそう呟いた。
→ It continues.